【Web版】無口な小日向さんは、なぜか俺の胸に頭突きする
心音ゆるり
第一章 小日向さんは頭突きする
第1話 小動物を助けた
自販機をあさる小動物を見た。
「……何をやってんだ」
色々と表現が間違っているかもしれないが、少なくともその光景を見た瞬間に俺はそう思ってしまったのだ。
周囲に共感してくれる人物がいないかと辺りを見渡すが、昼休みを過ぎて役目を終えた学食付近に生徒がいるはずもなく、五限と六限の間の少ない休み時間に、教室から遠く離れたこの自販機を目指す生徒はほぼいない。
俺みたいに人混みが嫌いだったら話は別だけども。
で、その自販機をあさる小動物はというと、数メートル後ろで立ち止まっている俺にまったく気付く様子はない。いまもなお、その小さな体躯をせわしなく動かしている。
彼女の名誉のために言っておくと、おそらく飲み物を購入しようとして小銭を自販機の下に落としてしまったのだろう。つい先ほどお金が落ちる音が聞こえたし、自販機の下を覗き込もうとそわそわしているし。
「どうしたもんか」
このままでは同学年の女子生徒が地べたに頬をこすりつけて、小銭を拾う所を真後ろから眺める羽目になってしまうかもしれない。
そんな光景を背後から眺めるのは、相手がスカートであることを考慮すると色々とまずい気がする。また変な噂がたつとまずいし。
俺は一つ大きく深呼吸して、拳をぎゅっと握ってから大きく一歩踏み出す。彼女のすぐ隣まで近づいて、横から声を掛けた。
「小日向、だよな。金落としたのか?」
小動物の名前は
彼女は同じ桜清学園の一年で、明日の終業式と春休みを消化すれば、共に二年に進級する。同じクラスでもない俺が彼女の名前を知っているのは、小日向が学年で――いや、学校で特別に有名な存在だからだった。
俺の声に反応して、こちらをじっと見上げる小日向。その表情からは一切の感情も読み取れず、機械的で冷たい印象を受ける。作り物かと思えるほどの端正な顔立ちも、その冷たさに拍車をかけてしまっているのかもしれない。
「いくら落としたんだ?」
問いかけるが、返答はない。しばしの沈黙のあと、彼女は興味を失ったように俺の目から視線を逸らし、自販機の方に顔を向けた。
噂には聞いていたけど……本当に喋らないんだな、こいつ。
小日向がこの学校で有名になった理由は、第一にその小柄すぎる体躯だろう。
身長はぎりぎり140センチあるぐらいで、俺と比べると30センチ以上小さい計算になる。俺と小日向が向かい合えば、彼女のつむじが視界に入るような身長差なのだ。
小さい身体、そして色素が薄いショートボブの髪を見れば、たとえそれが後姿であったとしても、学園の生徒ならば小日向だと断定するだろう。
「10円か? 50円か?」
俺が問いかけると、彼女は自販機に視線を向けたまま顔を横に振る。
彼女を有名たらしめたもう一つの要因が……だれも彼女の声を聞いたことがない――という、都市伝説じみた理由だった。
友人の景一から聞いた話によると、小日向は絶対に口を開くことはないが、イエスかノーで答えられる質問をすると首を振って反応するらしい。その話を思い出して彼女に問いかけたのだが……どうやら成功したようだ。
「じゃあ100円?」
続けて問いかけるが、再び首を横にふる小日向。
「500円か」
俺の言葉に、彼女は表情を変えないままコクコクと頷いた。
ふむ……なるほど。
落としたのが500円だったならば、俺でも多少の恥を我慢して拾おうとするだろう。小日向が自販機の前で右往左往していた理由に納得し、俺も腕組みして彼女と同じように頷いた。
俺はポケットから財布を取りだして、ひょいと500円玉を摘みだす。
「今日ここの掃除することになってるから、お前の500円は俺が代わりに拾っておいてやる。だからほれ――」
そう言って人差し指と親指に挟んだ500円玉を小日向の眼前に持ってくる。
すると彼女は、再び抑揚のない顔を俺に向けた。
「手を出してくれないと渡せないんだが」
どこかぼうっとしている小日向に対し、俺は言葉を追加する。すると、彼女は言われた通り俺の前に手を差し出した。
両手で水を掬うような形なのだが、二つ分の手の平なのに面積は小さい。俺はその小さな手のひらの上に、ぽとりと500円玉を落とした。
手のひらに置かれた金色の貨幣を見つめる小日向を横目に、俺もさっさと自分の用事――つまり飲み物を購入する。果汁100%のグレープジュースだ。マイブームなのである。
紙パックに入ったそのジュースを制服のポケットに乱暴に突っ込むと、俺はそのまま回れ右――教室へと向かって歩き出した。だって時間にそんな余裕ないし。
「お前もさっさと買うモノ買って教室に戻れよ。授業遅刻するぞ」
俺の言葉を受けて、コクリと小さな顔を上下に動かす小日向。
この一連の出来事に対し、小日向がどういう風に思ったのか、俺にはわからない。だって彼女は喋らないから。
だが、俺としてはどう思われようと別に構わなかった。
口を開かない小日向は、俺のリハビリには持ってこいの相手なのだから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「というわけで、500円回収っと」
放課後、俺は学食の掃除を終えたあと、小日向が落としたお金を回収することに成功した。彼女が嘘をついているとは思わなかったが、実際に手に取ると安心する。
学生にとって500円という大金はとても貴重だ。バイトである程度収入があるとはいえ、一食分は大きい。
俺が自販機の下をほうきで掻き出す様を学食の窓から眺めていた調理師の朱音さんは、「ふーん」と興味があるのかないのかわからないような声を漏らした。
「じゃあ
なんだその感情の籠っていないような言い方は。祝うならもっと気持ちを入れろ!
「別に話せないってわけじゃないですよ。自分から関わろうとしなかっただけで、相手から話しかけられたら普通に答えます。そもそもそんなことじゃ喫茶店のバイトなんてできませんから」
「それもそうか。そもそも女の子の私と話せてるもんね」
ふんふんと鼻を鳴らしながら頷いた朱音さんは、だらしなく窓の桟に頬を乗せて話を続ける。朱音さんの『女の子』発言に関しては無視することにした。だって朱音さん、母さんの妹なんだからそれなりに年とってるし。
「まぁ君が前に進もうとしているなら、それはいいことだ! お姉さんは応援するよ! というわけで、今日の掃除の報酬はハンバーガーとカツ丼とラーメンのスペシャルどんぶりにしてあげよう!」
「混ぜるなバカ叔母」
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