第73話 やれやれだぜ



「あれ? 明日香っていつもバッグに折り畳みんむぐぅ」


 景一、冴島ペアと合流し、上履きからローファーに履き替え、いざ外に出ようとしたところで冴島が何かを言いかけた。そしてそれを小日向が全力で阻止しようと口を塞いでいる。


 聞こえなかったことにしたほうが……いいんだろうな。うん。俺は小日向の通学バッグに折り畳み傘が常備されていることなんて知らない。


 まさか本当に俺と相合傘をしたいがための策略だったとは……父親ともよくやっていたのだろうか?


 ともかく、俺は小日向の頑張りが無駄にならぬよう、敢えてキョトンとした表情を作りつつ、少し離れたところで二人のじゃれ合いを景一と眺めていた。


「智樹のことだから聞こえていないんだよな?」


 と、イケメンリア充が苦笑しながら聞いてくる。


 こいつはたぶん俺が知らないフリをするということを理解しているのだろう。さすが長い付き合いなだけはある。やはり貴様、俺のファンだったか。


 だから俺もこいつが全てわかっているていで、


「なんのことだ?」


 とぼけた返事をするのだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 傘は私が持つ! 持つったら持つ!


 そんな雰囲気で俺から傘を奪いとった小日向。俺は代わりに小日向からバッグを奪い、身体をくっつけた状態のバカップル全開で帰宅することに。カップルではないのだが。


「歩きにくくないか?」


「…………(ぶんぶん)」


 小日向は両手で傘を持ち、身長差のある俺が窮屈な思いをしないように少し高めに傘を掲げている。可愛くて仕方ねぇ。


 ウキウキで足元がおろそかになっている小日向の代わりに、俺は彼女が水たまりに足を突っ込まないよう誘導する係である。手は繋いでいないけど、彼女は磁石のように俺に密着しているので、左右に動けば一緒に移動してくれる。


「そういえば生徒会長が校門前で倒れてたね」


「副会長もだな。昇降口で血を流してたぞ」


 前方を歩く初々しいカップルは、それぞれの傘をさして楽し気に会話をしている。内容はアレだけど、なんだか幸せそうな雰囲気が漂っている気がする。付き合いたてということを知っているからそう見えるだけなのかもしれないが。


 それにしても、出会った当初の二人の様子から考えると、意外だよなぁ。


 景一は俺のために怒ってくれて、「無視していい」とか「態度悪すぎ」などと言っていたのに……雨降って地固まるってやつだろうか。


 まぁ冴島自身、中身は景一と同じ友達想いのやつだったわけで、シンパシーを感じたのかもしれないな。


「そういえば小日向はさ、俺の第一印象ってどんな感じだった? ほら、一年の終わりに学食の前でちょっとだけ話しただろ?」


 さすがに忘れているということはないと思う。

 なにしろこの件がきっかけで冴島が暴走し、俺たちは関わることになっていったのだから。お互いにとって、印象深い出会いだったはず。


 俺の問いに対して、小日向は立ち止まって斜め上を見上げる。どうやら考えているようだ。

 やがて、傘を両手に持ったまま俺のことを見たり、自分の制服を見たりと視線を彷徨わせ始める。あぁ、スマホに文字を打ち込みたいってわけね。


「別に今すぐ聞きたいってわけじゃないから、今度教えてくれよ」


「…………(コクコク)」


 小日向が「わかった」と言うように頷いたのを確認してから、俺たちは後れを取り戻すべく速足で歩き始める。必然的に動きが荒くなるので、密着もより一層激しくなった。


 平常心――? 片思いの子にこれだけくっつかれて、相合傘をして俺の住むマンションに向かっているのだ。そんな言葉、辞書から消えてしまったよ。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 マンションに着くと、俺は全員にタオルを渡してから自分は制服からジャージへと着替えた。家主の特権である。


 で、いつもならばゲームをするところなのだが、どうやら景一たちの間でも第一印象についての話題が上がっていたらしく、こたつ布団の取り払われたテーブルを囲んで話すことに。囲むと言っても、二対二で向き合っている状態なのだけど。


「その節は大変申し訳ございませんでした」


 まず始めに、冴島がテーブルに額を押し付けて俺に謝罪していた。

 冴島は俺のことを悪評通りの人間と思っていたのだから、まぁ第一印象は最悪だろう。

 彼女は顔を上げて、苦い表情を浮かべたまま話を続ける。


「今回のことで本当に反省したよ~。噂を鵜呑みにしちゃいけないって勉強になりました。今度からは自分の目できちんと確かめます」


 そう言って、再度冴島は頭を下げる。景一もその隣で、苦笑しながら「それがいい」と同意していた。


「それはもう十分謝ってもらったからいいって。そんなことより、お前たちはどうなんだよ。こうしてめでたく付き合ったわけだし、気になるんだけど」


 暗い話題をいつまでも引っ張っても楽しくないので、俺は明るい話題へと方向転換を試みる。


「智樹が苦手そうだなぁ――って思ったかな。だけど、それと同時に友達想いの奴なんだろうなぁとも思った」


 まず景一が冴島に対しての印象を述べる。たぶん他にも容姿に関してとかあったのだろうけど、それについてはおそらく先程の帰宅中に二人でイチャイチャと話していたのだろう。打ち上がって爆発しろ。


「私も似たような感じかな。景一くんは杉野くんを守るナイトって感じ? 最初に怒られたとき本当に泣きそうになっちゃったけど」


「泣きそうというか、泣いてたな」


「も、もうっ! 言わなくてもいいじゃんっ!」


「はははっ、悪い悪い。でも野乃もそれだけ反省してたってことだろ?」


「それはそうだけど……」


 ……こいつら、俺たちがいるってこと忘れてないかな?


 いつの間にかお互いに下の名前で呼び合っているし、こいつらの周りの空気がぼんやりとピンク色に着色されているように見える。眼科に行くべきだろうか。


「やれやれだな、小日向」


 肩を竦めて隣の小日向に小声で話し掛けると、彼女は俺にピトリと身を寄せて「まったくだ」といった雰囲気でコクコクと頷く。うんうん、いちゃつくなら二人きりの時にやってほしいよな。


 俺は小日向に密着されていることや、現在進行形で小指をニギニギされているという事実をそっちのけに、そんなことを思うのだった。



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