第181話 三日目、夜



 土産話もそこそこに、景一と冴島は病室から去っていった。


 病人である小日向は通常のスケジュールのまま行動することはできないので、食事の時間やお風呂の時間は別枠――というか、大きな会場を使うことはできず、普通のホテルのように個室のものを使うことになるらしい。


 万が一、集団感染みたいなことになったら大変だしな。仕方がないだろう。


「ふむ……しかし俺はどうすべきなんだろう」


 気持ちとしては、小日向とこのまま二人の時間を過ごすのも悪くないと思っている。


 特に割り振られた仕事があるわけでもないから、班員たちに迷惑がかかるようなことはないだろうし、このまま小日向に一人の時間を過ごさせるのは可哀想だ。


 だけど、俺や小日向の我儘だけで好き勝手にしていいかと問われれば、それは否なわけで。


「…………(ぶんぶん)」


 小日向は「やだやだ」とでも言うように、首を振りながら俺の小指を掴んでいる。


「俺もできることなら残りたいけどなぁ、勝手に寝室を移動するわけにはいかないだろ?」


 俺の家だったら二人で寝ることなんて日常茶飯事なのだし、もっと言ってしまえば二人で風呂に入ったことだってあるのだ。だけどそれを知らない学校の先生方からすれば、常識的に考えて許可できないことだろう。


 どうしようかなぁと苦笑しながら頭を働かせていると、席を外していた養護教諭が病室に帰ってきた。彼女は無言でスタスタとこちらにやってきて、小日向に体温計を手渡してから、顎を動かして使用を促してくる。


 小日向の身に着けている浴衣がはだけそうになったことなどは割愛するとして、結果としては三十七度ジャスト。順調に熱は下がってきているようだった。


「気分は悪くないか?」


「…………(コクコク)」


「食欲はあるか?」


「…………(コクリ)」


「そこそこってところか。じゃあ杉野と一緒に寝たいか?」


「…………(コクコクコクコクコクコク!)」


「わかった。ついさっき二人のご家族に確認したうえ、職員会議で二人の同室での就寝が許可された。熱も落ち着いてきたことだし、五分後に別室に案内するから、準備をしておけ」


「…………(コクコクコクコクコクコク!)」


「風呂は別々に入るんだぞ?」


「…………」


「そんな拗ねた顔をするな――杉野も班で使っている部屋から荷物を持ってきておけよ」


「何を当たり前のように話を進めてるんですか……俺の意思をせめて確認してください」


 こちとら現状の話についていくのでやっとなんだよ。家族に連絡とか職員会議とか、どうなってんだいったい。


「私はこれでもまだ耐性があるほうだが、それでも今の小日向を見て拒否なんてできないぞ? お前にはそれができるって言うのか?」


「…………無理かもしれません」


「じゃあ文句を言わずにさっさと準備をしろ。食事も部屋でとるようにしているからそのつもりでな」


 そう言うと、用事は済んだと言わんばかりに養護教諭は俺たちから離れ、デスクの前に置かれたチェアにどかりと腰を下ろした。なんだか苦労人っぽい雰囲気を感じるな――KCCの相手を日常的にしているのだから、そのせいかもしれないが。


 もしかしたら先生の中にもKCCが何人か混じっていたり――いや、それはさすがに考えすぎか?



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ~~とある養護教諭の憂鬱~~


「予想はしていたけど家族ぐるみの仲だったか……風呂まで許可するとは思いませんでしたが、学校としてはさすがに許可できませんよ」


 私がそう言うと、十以上の教師の視線が一斉にこちらに突き刺さる。


「私は! 小日向たんが! 悲しむ顔なんか見たくない!」


「教頭先生のおっしゃる通りです。私も彼女たちが一緒にお風呂に入ることを推奨いたします。輸血パックの在庫も潤沢なのですから、恐れることはなにもありません」


 こいつらは教師をやっている自覚があるんだろうか……なんで一番生徒と関わることが少ない養護教諭である私が、教頭と学年主任に一般常識を説かなければならんのだ。


「あのですねぇ……お二方以外も不満そうな顔をしていますが、小日向と杉野に許可を出すということは、二人以外が同じ状況になった時も許可しなければいけなくなるんですよ? 杉野は理性を強く保っていますが、他の男子も同じとは限りません」


「むぅ……それはたしかに」


「血液の量だけを心配しておりましたが……そういう問題もありますね」


 普段ならば頼りになる二人なのだけど、小日向が絡むと一気にIQが低下するのはなぜだろう。そういう病気なのだろうか。だとしたら私の領分なのかもしれないけど、正直診たくない。


「では小日向と杉野には同室の許可、そして風呂はNGということを伝えておきます。よろしいですね? 三十分以上会議しているんですから、もうこれを最終決定としますからね」


 私がそう言うと、教師たちはしぶしぶと言った様子だが、たしかに頷いた。


 まるで拗ねた子供を相手にしている気分だな……小日向が絡む時は、なぜ毎回四面楚歌のような状況になってしまうんだろう。私もKCCに入会すれば、この胃の痛みはなくなるのだろうか?


 



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