第78話 へへへ



 学校の授業を終え、帰宅。

 景一はモデルの仕事で、冴島も「今日は二人っきりがいいんじゃない?」と俺の家にくることを辞退したため、俺と小日向の二人きりである。


 冴島としても景一がいないのであれば俺の家に来てもしかたないだろうし、まるでカップルのような振る舞いを見せる俺たちと一緒に遊んでも息苦しくなってしまうだけだろう。すまん。


「歩きにくくない? それ」


「…………(ぶんぶん)」


 いつもなら校門を出た所で小日向は小指を握るのだが、今日の彼女は一味違う。


 終礼が終わり、教室から出ようとする時点ですでに俺の小指は彼女に拘束されていたし、敷地内を出るときには、がっしりと俺の腕にしがみついていた。時折辺りを警戒するように見渡すそのそぶりから、まるで「これは私の!」と主張しているかのようだ。はいはい杉野智樹はあなたのものですよ。


 そんな体勢で歩くものだから、当然俺の腕には柔らかなふよふよとした感触が伝わってくる。しかしそれを指摘する強いメンタルは持ち合わせていないので、俺はおとなしくその幸せを享受するしかなかった。ありがとうございます。


「別に俺は逃げたりしないんだがな」


「…………」


 冷静を装いつつ、小日向を安心させるためにそんな言葉を掛けてみるが、それに対する返答はない。何があっても離さないという強い意志を感じる――気がしなくもない。


 まぁ、マンションの中に入って他の視線が無くなれば、たぶんいつも通りに戻るだろう。


 あまり周囲を意識してこなかったであろう小日向には、きっと視線の種類を見分けるのが困難なのだと思う。


 もし小日向に「この視線全部すげぇほんわかしているから、別に俺のことを狙ってるわけじゃないぞ」と真実を話せば、すこしはこの状況もマシになるかもしれないが――俺も思春期の男子高校生であり、小日向に好意を抱くひとりの男である。


 その事実を口に出さずに胸に秘めてしまうのも、仕方がないことじゃないかな。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 予定が狂った。


 家に入れば小日向の嫉妬っぽい様子も収まると思っていたのだが、人の目が無くなったことで逆に彼女の独占欲らしきものは加速。下校時に俺の腕をホールドすることでさえ、どうやら彼女の中では控えめな主張に位置しているらしい。


 家に帰ってきて、俺が制服からジャージに着替えようとすると、小日向も俺の自室にくっ付いてきた。着替えるから部屋の外に出て欲しいと言ったのだが、彼女は俺の言葉を聞かずにダブルベッドへダイブ。そのままちょいちょいと俺を手招きした。


 あまりに可愛らしい様子の小日向に苦笑してから、言われるがままベッドに腰を下ろすと、彼女は俺の腰にしがみついてきて、今度は布団に入るように催促する。それに従うと、彼女は布団に潜った状態で俺の腹に抱き着いてきて、スリスリと頭を俺の胸にこすりつけ始めた。


 付き合っていないとは到底思えない行動である。これは例えパパでもおかしくね?


「それ楽しい?」


 横を向き、肘を突いた状態で小日向に問いかけると、彼女はコクコクと頷く。楽しいらしい。


 ……うーん。


 過去に小日向に好きな人がいて、その人に対する小日向の行動がどんなものだったのかがわかれば、今の彼女の行動が異性に対するものなのか、家族に対するものなのか判別できそうなんだけど……そういう話、聞いたことないんだよなぁ。


「小日向ってさ、中学校のころとか小学校のころとか、好きな男の子いた?」


 猫のように頭を擦りつけてくる小日向の頭を撫でながら、彼女の過去について聞いてみる。ふるふると首を横に振ったので、どうやらそういう人はいなかったらしい。嬉しいような残念なような複雑な気持ちだ。


「そういうの、興味無い?」


「…………」


 小日向は俺の問いに対して、頷こうとしてから、停止。ポケットからスマホを取りだしてから『無かった』という短い文章を見せてきた。


 …………なるほど。過去形ってことは、今はそうとも限らないってことね。


 そういうことならば悪評まみれといえど、俺も少しぐらい期待してもいいんじゃないだろうか。彼女が俺を父親としてじゃなく、異性として見ている可能性を少しぐらい引き上げても、いいんじゃないだろうか。


 なにしろ、彼女と一番親しくしている異性は俺で間違いないのだし。

 俺に見つからないように男と会っているというのなら話は別だが、小日向は隠しごと苦手そうだからなぁ……その可能性は薄いか。


 だけどもしそうだった嫌だなぁとぼんやり考えていると、小日向がこちらをジッと見上げてくる。これは何かを聞きたい時の目だな。


「俺はどうなのかって?」


「…………(コクコク)」


「小学校は女子と対立していたし、中学では苦手意識が凄かったからな。恋愛どころじゃなくて、そもそも話すらまともにしてなかったよ。だから小日向と冴島が初めての女友達って言っちゃっていい感じだな」


 一応小学校の時の女子とも多少の関わりはあるけれど、あれはおそらく罪悪感から俺に話しかけているだけであり、仲が良いかと問われれば首をひねらざるをえない。

 少なくとも、休日に会おうとは思わないかな。


「ま、下校中に腕に抱き着いてきて、帰宅するなり布団に潜って抱き着いてくるような女子なんてまずありえないよな。そんな警戒心皆無な女子がいるっていうなら、目の前に連れてきて欲しいもんだ。説教してやらないと」


 冗談めかして俺がそう言うと、小日向はピクリと身体を震わせてからモジモジと身体を動かし始める。さすがに自分のことだと理解しているらしい。


 しばらくもぞもぞと動いていた小日向は、俺をチラッと見上げてから、いたずらがバレた子供のように「へへへ」とでも言うように笑って――――笑って!?

 いま小日向、笑ったよな!?


「…………天使かよ」


 俺は初めてみるその小日向に、「表情が戻ってきた」だとか「告白に一歩近づいた」だとか考える前に、圧倒的可愛さに打ちのめされて、思わずそんな言葉を漏らしてしまったのだった。


 笑顔の小日向、KCCには絶対見せられないな。


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