第183話 ハロウィンSS『いたずらするぞ』
十月三十一日、月曜日。
トリックオアトリート、お菓子くれなきゃいたずらするぞ――普段ならば聞かないそんな言葉が、このハロウィンの日には至るところで横行する。
その言い文句は当日にしか聞かないけれど、コンビニやスーパーなどは十月に入った時点で既にこの日を予見させるような振る舞いをしており、至る所にオレンジと黒の飾りつけをして、消費者の財布の紐を緩ませようと奮闘していた。
しかし高校生っていう年代は、いたずらする側なのか、される側なのか――微妙なラインだな。成人式を迎えていないという意味では間違いなく子供なのだけど、お菓子をくれないと駄々をこねる年齢でもない。
まぁ今年ばかりは、俺がどちら側に立つのか明らかなのだけど。
普段通りに学校に登校すると、昇降口、廊下など、校内にはいつの間にかハロウィンの飾りつけがされていた。カボチャやドラキュラのイラスト、どこからか誘拐されてきたマネキンは、フランケンシュタインの格好をさせられていた。
教室に辿り着いてクラスメイトの高田にこれはいったいどういうことなのかと聞いてみたところ、どうやらこの飾りつけは生徒会を主体にして、土日に部活だった生徒たちが行ってくれたらしい。
学校全体でイベントを楽しみたいのか、それとも特定のひとりを喜ばせたいだけなのか……俺から気まずそうに視線を逸らす高田の様子を見るに、後者のようにしか思えない。
小日向はこういうの、喜びそうだもんな。
明らかに他のクラスより豪華に飾りつけがされている二年C組の教室内を眺めながら苦笑していると、テッコテッコと上機嫌にカボチャを被った小日向がやって来た。
顔は隠れているけど、カボチャの中身なんて身長、身振り、そして隣にニコニコした冴島がいることから容易に想像できる。ちなみにカボチャはぬいぐるみのような質感で、モコモコしていた。
「ジャックオーランタンだな」
「うぉっ!? 景一いつの間に!?」
「さっき来た」
「ぬるっとした答えだな……おはよう」
景一は「おはよう」と返事をしながら、俺の隣の席に腰を下ろす。そしてさきほどまでの俺と同じように過剰に飾りつけがされた教室内を見渡しながら、「気合入ってるな……」と顔を引きつらせていた。
「今日は小日向が貰ったお菓子だけでハロウィンパーティができそうだな。遠目で見えたけど、昇降口のところなんて芸能人が来たレベルの騒ぎだったぞ」
「ははは……」
小日向の人気を考えると、それぐらいにはなりそうだな。
トリックオアトリートの呪文を唱えることもなく、小日向のもとには続々とお菓子が吸い寄せられている。ちなみにそのお菓子たちは、冴島が持っている小日向の通学バッグに収納されていた。荷物持ち、お疲れ様です。
「クラスメイトたちは平気だろうけどさ、智樹はちゃんとお菓子を渡さないと小日向にいたずらされるぞ~」
からかいの成分を多分に含んだ笑みを浮かべて、景一が言う。
「んなこと当然わかってる。家ならまだしも学校で変なことされたら恥ずかしいからな、きちんと対策済みだ」
いつ小日向が俺に声を掛けてきてもいいように、俺の制服のポケットにはミルク味のアメとバタークッキー、そしてチョコが二つずつ入っている。合計六個だ。
小日向は今日俺に間違いなく例の呪文を唱えてくるだろう。
しかしそのことだけを考えて、ただお菓子を用意するのは小日向初心者である。付き合いがそこそこ長くなってきた俺からすれば、その考えは甘いと言わざるを得ない。
俺の予想では、彼女の「トリックオアトリート」は一回で終わらないと思うのだ。
そして俺の手持ちのお菓子が無くなった途端、奴は牙をむく。といわけで、俺は残機を六つ準備したわけだ。それ以上の回数だった場合、俺は賭けに負けて小日向の餌食となる。
被り物のカボチャを左右に揺らしながらクラスメイトとの交流を終えた小日向は、いよいよ身体をこちらに向ける。そしてテッコテッコと腕を大きく振りながらこちらへやってきた。冴島も自分のことのようにニッコニコと嬉しそうな表情を浮かべ、小日向の後ろからついて来る。
「おはよう景一くん! 杉野くん!」
「うっす、二人ともおはよう」
「おはよ――カボチャの小日向は可愛いけど、それちゃんと足元見えてんのか? 転ぶなよ?」
小日向は景一に顔を向けてコクリと頷き、そして俺を見てコクコクと頷く。くりぬかれたカボチャの目の部分から、楽しそうな笑みを浮かべている小日向が見えた。
小日向は俺の前に立つと、ふすふすしながらスマホの操作を始める。
さっそく来たか――そう思い、俺はゆっくりと自らのポケットに手をスッと差し込んだ。景一や冴島だけでなく、クラスメイトの全員が小日向の動向を見守っている――ような気もする。
急激に静かになった教室で、小日向が俺にスマホを提示。
『いたずらするぞ』
「はいはい、お菓子――って、え? お菓子は?」
『いたずらする』
「いや、だからお菓子をくれないと――って奴だろ?」
『お菓子はいっぱい貰った』
「そりゃそうみたいだけど……これはいらないの?」
俺は小日向の暴走に動揺してしまって、制服のポケットから六つある全てのお菓子を取りだして机の上に並べた。きらりと目を光らせた彼女は、素早い手つきでそのお菓子を回収して自分のポケットに突っ込むと、
『いたずらするぞ』
と、再び同じ言葉を打ち込んだスマホを見せてきた。
俺の残機、小日向の攻撃を一度も回避できずに消えていった件。
「あのですね小日向さん……ハロウィンは『お菓子くれなきゃいたずらするぞ』って言うし、お菓子上げたらいたずらはされなくて済むんですよ?」
『でもいたずらしたい』
「そんなご無体な……。ちなみにいたずらって何をするつもりなんだよ」
ひくひくと頬を動かしながら小日向に聞いてみる。もはや彼女のいたずらは誰にも止められそうにないので、とりあえず処刑内容を知りたい。
俺の質問に対し、彼女はふっすーと気合の入った鼻息を吐く。そしてスマホを操作。
『こちょこちょする』
「ま、マジか……どうしてもやりたい?」
『こちょこちょするぞ』
譲る気配が微塵も感じられないんだが。
ここで断って彼女の機嫌を損ねれば、ここまで飾りつけを頑張ってくれた人に申し訳ないんだよな……。KCCの思い通りに動くのは癪だけど、小日向の望みだし、一年に一回の行事だからしかたないか。
「……わかりましたよ。ただ、学校ではダメだからな?」
そう言うと、小日向は嬉しそうにコクコクと頷く。そしてカボチャをスポッと頭から外して、俺の胸にぐりぐりと頭突きをかました。楽しそうで何よりです。
どうやら俺が小日向のいたずらを回避することは、俺の性格上最初から不可能だったみたいだな。
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