第220話 うわぁ……知ってる人しかいねぇ
俺たちは親子亀のように二段重ねになった状態で読書にいそしんだわけだが、小日向がいくら軽いとはいえ高校生一人を背中にずっと乗せたままだとさすがに苦しい――のだけど、結局俺は耐え抜いた。
だって女子に向かって『重いから降りて』とは言えないだろ。それぐらいのデリカシーぐらい、女子と関わりの少なかった俺だって持ち合わせているもんだ。
予定の時間まで読書をしている途中で、親父からメールが届いた。クリスマスプレゼントを振り込んでおいたから、週明けにでも確認しておいてくれとのこと。親父が選んだプレゼントももちろん嬉しいのだけど、自由に使える現金は正直ありがたい。親父としても、俺の誕生日とクリスマスが近いから選ぶのが大変だろうし、ウィンウィンである。
俺と小日向のクリスマスプレゼントはというと、実はもう話し合って決めてある。
お互いにクリスマスと誕生日が近かったから、それぞれプレゼントを用意するのはやめようということになったのだ。その代わりといってはなんだけど、明日はショッピングモールに繰り出して、お互いの部屋着をそれぞれ購入予定だ。おそろいで。
まぁそれはいいとして。
予定の時刻が迫ってきたので、俺たちはそれぞれ外着に着替えてからマンションを出る。
小日向は白、そして俺は黒のダウンジャケットを身にまとい、雪がゆらゆらと降り注ぐなかバス停に向かって歩き出した。
「朝よりは少しあったかいな」
「…………(コクコク)」
耳も手も完全防備の小日向は、俺の左手をギュッと握っている。雪の感触を楽しんでいるのか、彼女の視線は足元に向かっていた。
「誰かと歩いてる時ならいいけど、下ばっかり見てたら電柱にぶつかるぞ?」
「智樹、まえ見てて」
「はいはい」
他人任せなのはどうかと思うけど、頼られているということで嬉しく思ってしまう。
少しだけ見える彼女の横顔は楽しそうだし、めずらしく声も出している。
いったいこの街に彼女のファンがどれほど潜んでいるのかわからないけど、雪が赤く染まらないことを祈っておこうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
小日向とバスに乗って、それから少し歩いて、俺たちは目的地である喫茶店【憩い】に到着した。時刻は三時五十五分。我ながらバッチリな時間だ。
窓から見える店内はクリスマス仕様の飾りつけが施されており、予定より早い時間に来たにも関わらず、すでに結構な人の姿が見えていた。
……ふむ、おかしいな。
てっきり俺たち四人の他に、店長の知り合いが二、三人ぐらい来るものだと思っていたのだけど、どうみてもパッと見ただけで十人以上の人が店内で話している。
店長のお店を使わせてもらう身だから文句は言えないが、せめて事前通知ぐらい欲しかったな……知らない人ばかりのところで行うパーティだと、ちょっと身構えてしまうし。
「……ん、いや、ちょっと待てよ?」
ちらほらと見える人影の顔を確認してみると、なぜか全員見覚えのある顔をしている。
「あれ、もしかして生徒会長か……? って、白木副会長もいるし」
しかもその二人と話しているのは、俺の記憶違いでなければ修学旅行で一緒になった蛍ヶ丘女子な気がするし、テーブルのセッティングをしている女性は、なんだかスキーのインストラクターを務めていた時田さんのような気がするし、飾りつけの風船を膨らませている男性二人は、アラウンドでバドミントン対決をした大学生に見えないこともない。
「県外から来るかよ普通……」
この人たちの共通点がすぐに理解できてしまい、俺はそっと自らのこめかみに手を置いた。ちょっとクラクラしてきたぞ。
俺のことを心配しているのか、小日向が繋いだ手をにぎにぎしながら見上げてくる。「大丈夫だ、問題ない」と渋い声で返事をすると、ちょうどそのタイミングで入り口の扉が開いた。
「おーい! 寒い中二人でいちゃついてないで、さっさと中に入れよ智樹! 中の人みたら、絶対びっくりするぜ!」
さわやかな笑顔で声を掛けてきた景一は、きっらきらのパーティハットをかぶっており、その帽子に負けないぐらい白い歯が輝いている。後ろからはひょっこりと冴島が顔を出して、「私の知らない人もいるけど、明日香は全員知ってるんじゃないかな?」とニコニコしている。もう窓からだいたい見えちゃったよ。
「店長、絶対やばい奴ら寄せ集めたよなぁ!? こいつらがぶっ倒れたところで俺は知らんぞ!」
「平気平気、なにせ保健室の先生も来てるからな!」
「なんでだよ! いやほんと、なんでだよ!」
しかもその養護教諭はというと、俺たち二年C組の松井先生と苦笑いで話をしていた。何度でもいいたい、なんでだよ!
「いやー、店長さんの人脈ってスゴインダネー」
俺のツッコみを受け流すように、冴島が棒読みでそんな言葉を口にする。
きっと彼女もわかっているのだろう。
これは単なる店長個人の人脈ではなく、KCCという組織のつながりであると。
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