第228話 名前呼び
朝っぱらから小日向にキスされまくり甘えられまくりという状況に陥ったため、真冬であるというのに身体はぽかぽかと温かい。暖房のせいだということにしておこう。
さて、本日の予定といえば夕方から夜にかけてさつきエメラルドパークへ行き、それ以外の予定は皆無だ。この時期は暗くなるのが早いし、クリスマスだからといって夜遅くまで出歩いていては親も心配するだろう。未成年である俺たちは、補導される心配もあるしな。
そんなわけで、あちらには夕方の六時半頃到着を目安として行動することにする。
イルミネーションを見た後に食事でもいいのだけど、それだと遅くなりすぎる可能性があるので、行く前に食べることにした。
さらにそこへ移動時間を加えると、だいたい四時ぐらいに家をでれば良い計算となる。
時刻は朝の十時。場所は寝室のベッドからリビングのこたつに移動した。
「……クリスマスっぽいことをしたほうがいいのかもしれないけど、昨日パーティしたからなぁ」
これ以上いったい何をしろというのか。誰か教えて。
景一や彼女ができたという薫や優は何をするんだろうなぁとぼんやり考えていると、キッチンから小日向がトレーを持ってテコテコと歩いてきた。
「ありがとな」
「…………(コクコク)」
小日向が持ってきてくれたのは、インスタントのコーンスープ。クルトンは後入れなので、カリカリのまま表面に浮かんでいた。
小日向が俺の隣にいそいそと腰を下ろし、コーンスープを一口飲んだところで声を掛けた。
「小日向はこのままエメパに行くまでのんびりしたい? それとも、どこか観光スポット的なところ行きたい?」
俺としては正直どっちでもいいが……どちらかを絶対に選択しろと言われたら、のんびりする方を選ぶ。
思い出に写真は撮っておきたいなぁとは思うけど、それはエメパに行ったときのほうがいいものが獲れそうだし、今日みたいなイベントの日に外出すると、場所によっては人が多すぎて人酔いしてしまいそうなのだ。
エメパは土地が広いから、そこそこ人が多かったとしても密集するようなことはないしセーフ。
「のんびりする」
俺の問いかけに対し、小日向はふんすと鼻息を吐いてからそう言った。
「智樹人酔いする」
そしてさらに、そんな言葉を付け加えてきた。
ちょうど俺がそのことを考えていたところにそんなことを言い出すものだから、思わずポカンとしてしまった。
「あ、あぁ。人が多いとそうなる可能性もあるけど、別に気にしなくていいんだぞ?」
「私はできる嫁」
「いや嫁は違うだろ! ――だけどまぁ、ありがとな」
お礼を言って、頭を撫でる。すると彼女は気持ちよさそうに顎を上げて目を細めたのち、俺の太ももの上に頭を乗せてごろごろしはじめた。
俺の顔を見上げながらふすふすしたり、俺のお腹に鼻をくっつけたりしている。
さっそくのんびりモードに突入したらしい。相変わらず甘々だなぁ小日向は。
俺も後ろに片手を突き、空いた手で小日向の頬っぺたをムニムニして楽しんでいると、小日向がハッとした表情を浮かべる。
実にコミカルで可愛い。
「今日、私は智樹の彼女になる」
「まぁ、お前が断らなければそうなるんだろうな」
実質もう彼女みたいな存在ではあると思うけど。
「明日香って呼ぶの?」
……気付いてしまったか。俺が密かに小日向を驚かせようとしていた計画に……っ!
「……そのつもりです」
これまで俺はずっと、小日向のことを名字で呼び続けてきた。
俺と小日向は、おそらく名前で呼び合っても不自然がないほどに親しい関係だと思う。
じゃあなぜ未だに名字で呼んでいるのかというと、完全にタイミングを逃してしまったというのもあるし、ここまで来たなら告白という節目で呼び方を変えようと思っていたのだ。
しかし、ひらがな三文字を口にすればいいだけなのに、なぜこうも気恥ずかしくなってしまうんだろうなぁ。
……あれか。たぶん小日向やその周囲に、『俺と小日向は親しいぞ』と宣言しているように思えるから、恥ずかしく感じるんだろうな。そう考えると『今更じゃね?』と思わなくもない。
俺と比べて小日向は随分と早い段階で『智樹』呼びに変わったよなぁ。
「小日向は俺を名前で呼ぶときさ、恥ずかしいとか思わなかった?」
そう聞いてみると、小日向は片目を瞑り、人差し指と親指で『ちょこっと』というジェスチャーをする。可愛い。
「勢い大事」
「なるほどね……勉強になります」
名前呼びの先輩に敬意を払い、敬語で対応すると、小日向は自慢げにふんすと鼻を鳴らす。
小日向の場合、もうちょっと勢いを抑えたほうがいいんじゃないかなぁと思ったのは、ここだけの話ということで。
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