第149話 お嫁さんごっこ
俺と小日向――そしてたまに景一と冴島を加えながら勉強を進めて、ようやく中間考査が終わった。勉強嫌いな小日向を机に向かわせるのには苦労したが、そのおかげで俺も小日向もいつも以上に点数が取れたと思う。
試験中は帰宅するのが早かったけど、当然翌日の科目を勉強するので遊んでいいわけではない。小日向は勉強しなければいけないことに不満を示していたが、その分毎日俺の家に来ていたので暴れ出すようなことはなかった。もとから暴れ出すようなやつでもないけども。
そして試験最終日、最後の科目を終えたころ、机に突っ伏している小日向の頭からは煙が出ているような幻覚が見えた。
彼女は手をダランと前に投げ出して、顔の前面をテスト用紙にべったりとくっつけている。後ろからその光景を見ている俺としては、答案用紙がよだれで汚れていないか不安で仕方がなかった。
「智樹、今日遊ぶ?」
試験から解放されたクラスはいつもより騒がしい。時刻は昼の三時前だけど、残りはHRだけだからな。嬉しくなる気持ちもわかる。
そんななか、後ろの席の景一に声を掛けられたので、俺は身体ごと振り返った。
「いいぞ。といっても、俺はこのあと学食の掃除をするから、時間はちょっと遅くなるからな?」
本日は金曜日、つまりは学食の掃除日である。今日も今日とて晩御飯を頂戴せねば。
「わかってるわかってる。俺と野乃も加勢するからさ、ぱぱっと終わらせようぜ」
「……それはありがたいが、食事は人数分もらえないかもしれないぞ?」
小日向にもたまに手伝ってもらうが、時間短縮はできても食事は増えない。小日向自身が断っているってのが一番大きな理由だけども。
「俺は家でご飯でるから気にしなくていいよ。ただ早く遊びたいだけ」
まぁそういうことならありがたく手伝ってもらおうか。
おそらく小日向もいつも通り手伝ってくれるだろうから、労働力としては四倍――十五分ぐらいで終わらせていいか朱音さんに確認してみるか。
「小日向は――」
どうする? と聞こうとして前方を見ると、彼女はいつの間にかこちらを向いていて、さっさかさっさかほうきで床を掃くような仕草をしていた。どうやら試験の疲れからは回復したようで、張り切った様子で手を動かしている。リズム感いいですね。
「小日向も手伝ってくれるか?」
「…………(コクコクコク!)」
いつもの頷きより勢い五割増しだ。勉強漬けの反動なのか、それとも――、
「君ね、なにか対価要求しようとしてないかい……?」
「…………(ぷすーぷすー)」
俺の問いに対し、小日向は視線を斜め上に逸らしながら吹けない口笛を吹く。どうやらなにかを企んでいたらしい。わかりやすすぎて可愛い。
まぁ、彼女はここのところずっと頑張っていたし、なにかしらご褒美をあげてもいいかと思っていたところだ。俺は肩を竦めてから「何が望みだよ」と聞いてみた。
すると彼女は、ちらっと俺に目を向けてから、身体をもじもじと動かし始める。どうやら口にするのが恥ずかしい系の頼みらしい。もともと小日向は喋らないのだけども。
さて、小日向の要望ってのはなんだろうなぁ。
その後、小日向は俺に要求を提示することはなかった。しかし確実に何かを企んでいるようで、時折俺のことをジッと見てはニヤけている。……いや、これはわりと平常運転かもしれないな。
まぁそれはいいとして。
冴島と景一、そして小日向の協力によって掃除はスピーディーに完了。俺の家に集合してから、夜の七時までゲーム三昧だ。普通に遊んでいるだけなのだが、なぜか背筋に悪寒を感じる原因は――やはり小日向の『要求』が気がかりだからだろう。
いつも通り景一と冴島を見送ったのち、ここから小日向が帰る八時までは二人きりの時間――と思っていたのだが、なぜか俺も小日向に追い出されてしまった。
「俺、家主なんですが……」
厳密には親父だけども。
小日向に『唐草と野乃を見送ってきて』と言われたので、大人しく俺はマンション前まで出てきて、ニヤニヤしながら俺を見るカップルコンテストの優勝者たちと別れる。
俺が家を出てから、長めにみても五分程度だ。この短時間でいったい彼女は何をするつもりなのやら……。
「ん?」
エレベーターで五階を目指していると、スマホが通知で震える。景一か冴島が何か忘れ物でもしたのだろうかと思ったが、通知欄には『小日向』の文字。チャットを開いてみると、そこには「ただいまって言って入って」と書かれていた。
「何がしたいんだろうか小日向は……」
変な要求じゃないから、別にこれぐらいやってもいいんだが。ひとりで帰宅したときもたまに言うし。
扉を開けた瞬間に驚かせてくるとかじゃないだろうな……ビックリ耐性はそこまでないんだけども。
そんなことを考えながら、俺は恐る恐る自室である506号室の扉を開き、「ただいま」と口にした。
するとそこには、
『おかえりなさい! あなた!』
学生服の上から、ピンクのエプロンを身に着けた熊がいた。いや、祭りで獲得した熊さんのお面を付けた小日向だけども。
彼女は右手にキッチンから拝借したであろうお玉を装備しており、左手にはフリップの様に大学ノートを掲げている。
彼女は茫然として無言になっている俺に構うことなく、ぺラリとページをめくった。
『ごはんにする?』
『おふろにする? それとも――』
そして小日向は一拍溜めて――というか、ふすーと息を吐いてから、
『あ・す・か?』
そんな言葉の書かれたノートを提示してきたのだった。
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