第四章

第121話 母親達からの電話

 クリスマスパーティーも無事終わり、中西の隠れた才能が開花した年末となった。

 クラブでDJの仕事もこなせるのでは? というくらい、選曲のレパートリーも多く、繋ぎもスマート。盛り上げ方も抜群で、クリスマスパーティーで貸しきった箱のマネージャーが、バイトで回さないか? と言ってきたくらいだった。


 まあ、そんな中西の特技はさておき、三回目の年の瀬を迎えることになる麻衣子と慧は、年末をどうするかでもめていた。

 慧は、麻衣子を連れて実家に帰る気満々で、麻衣子はどこにも行かず、バイト三昧の予定だった。


「また盗撮魔みたいんが現れたどうすんだよ」

「この間解決したでしょ? 」

「わかんねえよ。まだ盗撮熱が覚めてない奴もいるじゃん」

「ああ、亜美ちゃんね」


 すでに盗撮でもなんでもなく、亜美は毎朝麻衣子の写真を撮りに来ていた。

 麻衣子のファッションを勉強したいから……と言っていたが、身長も違い過ぎるし、麻衣子と同じ格好が似合うとも思えない。

 実は図書館での盗撮も亜美だったらしく、あの盗撮騒ぎの後、怖がらせてすみませんでした……と謝罪してくれた。

 その後、中西の暴挙を未然に防いでくれたわけだから、感謝以外のなにものもない。改めて写メを撮る許可を申し込まれ、渋々承諾したため、今では堂々と盗撮( ? )しているわけだ。


 中西はというと、亜美の制裁を恐れてか、最近ではあまりしつこくからんでこなくなった。

 だからといって、二人の仲に進展はないようで、いまだにお隣りさん……どちらかと言うとSexlessの熟年夫婦みたいな安定感をかもし出した他人……以上の関係ではないらしい。


「三十一日から二日までは休みだろ? 」

「そうだけど、夏休みならまだしも、年末や正月に人の家に泊まるってどうなのよ? 」

「うちはウェルカムだとさ。母親がうるせーんだよ。麻衣子連れてこいっつって」

「そりゃありがたいけどね、やっぱりこの時期は敷居が高いよ」


 再三、麻衣子を連れて帰ってらっしゃいと、母親の紗栄子からメールや電話がきて、正直ウンザリしている慧だった。麻衣子がウンと言わなければ、帰るまでしつこく言われ続けるのかと思うと、スマホの電源を切りたくもなる。


「ところで、おまえんちは連絡こないわけ? 」

「うち? どうかな? そう言えば連絡ないな」


 大学に入ってから、一年に一回帰れるか帰れないかということもあり、バイトで忙しいと思っているせいか、帰ってこいともあまり言われなかった。

 高校までのギッチギチの束縛から一転して、あまりの放置ぶりに戸惑いがないわけではない。


「あ、ちょっとストップ! 電話だ」


 麻衣子は、あと少しでイキそうという慧にストップをかける。


「マジか! 」


 慧は、ため息をついて麻衣子の上からどき、ゴロンと横になった。


 ほぼ日常会話レベルでSEXしている二人にとって、電話よりSEXを優先する……ということはないのである。


 着信を見ると、タイムリーにも麻衣子の母親だった。


「はい、はい 」

『麻衣子? あんた、年末は帰ってくるの? 』


 会話までタイムリーだ。


「バイト入れてるから帰らないつもりだけど」

『元旦くらい休みじゃないの? 』

「……その辺りは休みだけど? 」

『なら帰ってきなさい。ちょっと話しがあるのよ』

「話し? 電話じゃ駄目なの? 」

『駄目! とにかく帰ってきなさい。で、いつこれる? 三十一日からこれる? 』


 決めつけてしまうのは昔のままだ。麻衣子の都合や予定は関係ないらしい。


「行けて、日帰りか一泊だよ。電車代がもったいないよ」


 いつもなら、そうねと言うところだが、よほど麻衣子に話したいことがあるのか、帰ってきなさいの一点張りだ。

 部屋の片付けもしたいから、休み一日はこっちにいたいと言ったが、結局押しきられて三十一日に帰ることになった。元旦の夜に帰ることで話しをつけたが、大掃除が年明けてからってどうなの? と思ってしまう。元から綺麗好きだから、特に汚れてはいないのだが、家具を動かしての床掃除や換気扇の掃除など、いつもできないところの掃除をしようと思っていたのに。


「ってわけで、実家に帰省しないとだわ」

「ま、それはそれでしゃーないよな。うちの親にはそう言っとくよ」


 きちんと用事があり、断る分には問題ない。これで、母親の電話攻撃は終わるだろう。


「うん、謝っておいてね」


 慧はさっそくさっきの続きにとりかかる。

 あと一歩……だったが、すっかり素の状態になりつつあった。麻衣子に頑張ってもらい、さあ続きを……と思ったところで、今度は慧のスマホが鳴る。


「ウーッ!! 麻衣子、続けてて」


 慧は、股関のナニが元気になっている状態で電話に出て、さらにそれを維持しておくようにと麻衣子に無茶振りをする。


「何だよ! 今忙しいんだけど」

『何よ、どうせ大したことしてないんでしょ? で、まいちゃんとお正月は帰ってこれるの? 』

「無理だって。麻衣子は実家に帰るらしいぜ」

『ええ?! うちにも一日くらいこれないの? 』

「無理だろ? あいつ、バイトびっちりだもん」


 明らかに、電話口で落胆している様子が見てとれる。


「まあ、俺はちょびっと帰るからさ」

『あんただけならいいわよ……』

「ああ? なんじゃそれ? 」

『それなら美鈴さん達と旅行行くから。誘われてたんだけど、まいちゃんがくるならと思って、断ってたのよ』


 美鈴とは、慧の兄の婚約者だ。

 母親とこんな会話をしつつ、元気な状態を保て! というのが無理な話しで、麻衣子の努力虚しくシオッとしてしまう。


「じゃあ、帰らないからな」

『そうね。まいちゃんこないならそうしてちょうだい』


 プツンと通話が切れ、慧は大きなため息をつく。


 昔から、女の子が欲しいとほざいていた母親だ。兄はしょうがないとしても、慧が産まれた時は心底落胆したらしい。子宮の病気で三人目は諦めなければならず、さらにその後の妊娠も不可能になり、紗栄子は息子達の嫁に大いなる期待をしたのだ。娘としたかったことを、息子の嫁で果たそうとしていた。

 本当は髪を結ったり、可愛らしい服を着せたりしたかったのだが、さすがに大人にそれは叶わないので、一緒に買い物に行ったり、食事に行ったりで代用していた。

 だから、まいちゃんまいちゃんと用もないのに東京にきたり、休みのたびに帰ってこいとうるさいのだ。


 まだこっちは結婚が決まったわけじゃないのだから、兄嫁(婚約者だが)でやれよ! と思わなくもないが、美鈴は衣食住に無頓着なタイプのため、たぶん張り合いがないのだろう。その分、麻衣子への執着が半端なかった。


「慧君、帰らないの? 」


 話しを聞いていた麻衣子は、続きはおいておいて、そろそろバイトに行く支度をしなくちゃと、ベッドから起き上がった。


「だな。おまえがこないなら帰ってくるなだと」


 麻衣子は苦笑する。


「お母さん、いつから旅行なの?」

「俺が知るわきゃないだろ」


 確かに、会話には出てこなかったようだ。


「一日くらいなら泊まりいけるかもだけど、そのために旅行キャンセルさせたら悪いよね」

「ほっときゃいい」


 慧も続きは諦めたようで、ベッドでゴロゴロしながらスマホゲームをいじりだす。


「正月、うちくる? 」

「気が向いたら……」


 慧は、麻衣子の方を見るでもなく答える。


 全く、SEXしてないと会話がないって、普通のカップルもそうなんだろうか?


 慧以外知らないから、比べようもない。


「洋服くらい着なよ。いくら暖房きいてても風邪ひくよ」

「……ああ」


 麻衣子は洋服を着て化粧をなおし、いまだ素っ裸の慧に行ってきますと言うと家を出た。

 盗撮事件の時は送り迎えをしてくれていた慧も、今は玄関先にも出てきやしない。

 不満はないが、少し寂しい気もしつつ駅までの道を一人歩いた。

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