第115話 学園祭だよ 中西君

「いらっしゃいませご主人様! 」


 元気ハツラツ中西が、バニーガールのかっこうでふんぞり返っていた。

 女子達はキャーキャー言いながら中西の股関を指差し笑い、その笑い声が大きいほど、中西の裏打ちのない自信がメキメキと大きくなるのであった。


 今では、笑いをとるために中西の股関に詰めたティッシュはどんどんかさ増しされ、ボックスティッシュ一箱分あるのではないかというくらいコンモリしていた。


「いらっしゃい……ませ」

「いらっしゃいませご主人様……じゃないの?」


 口の端だけニンマリさせた樫井亜美が、中西の前にチンマリ立っていた。


「いらっしゃいませご主人様!ってか、おまえ何しにきたんだよ 」

「和兄、ここは喫茶店でしょ? 食べにきたに決まってるじゃない」

「なんで一人なんだよ?」

「お一人様は入ったらいけないの? 」


 亜美は大学でサークルにも入っていなかったし、積極的に友達を作っている様子はなかった。せっかくの学園祭、一人で回っているということは、真性ボッチということだろうか?


 中西は、壁際の席に亜美を通すと、誰にも聞こえないように小さな声で囁いた。


「おまえ、友達は? 一人で回ってんのか? 」

「そうだけど、いけない? 」

「いけなかないけど、つまらなくね? 」

「別に……和兄のくだらない姿も見れたし、まあいいんじゃない」


 前髪で見えないが、明らかに侮蔑の視線を浴びた気がして、中西は股関を押さえて前屈みになる。


「これがウケるんだよ! 悪いか! 」

「悪いなんて言ってないよ。ただ……明らかに詰め物だとわかるから、元はどんだけ……って思われるんじゃないかなって思っただけ」


 淡々と、中西のコンプレックスをえぐるようなことを言う。

 そう、今では無意味に自信満々に振る舞っている中西の、どうしても自信の持てない部分……、それが中西の股関についているナニであった。

 ナニ自体もお粗末な上に、すっぽりとかぶさっている皮……。そう、中西はヤりたくてもできない真性包茎君だった。

 もし包茎でなくても、一回関係したら二度目はないだろう……ってくらい、到底女性を満足させられないナニの持ち主だったりする。


「見たことない……くせに……」と言おうとして、この間バッチリ見られたことを思い出した。

 故に、語尾がゴニョゴニョ怪しくなる。


「見なくてもわかる」


 中西の目に絶望の色が浮かぶ。


 そうか……、自分の粗チンは普段でも明らかなのか!


「……ご主人様、ご注文は……」


 さっきまでの腰をフリフリご機嫌だった中西は姿を消し、意気消沈した中西が亜美の目の前に立っていた。


「和兄……男の価値は見えないとこにこそあると思う!……熊さんのオムライス一つ。あとアイスミルクティ」


 中西は、頭をハンマーで殴り飛ばされたような衝撃を受け、フラフラしながら注文を通しに行く。


 亜美は男は見た目じゃなく中身だと言いたかったのだが、中西は男は顔じゃなくて日頃隠されて見えないところ……そう! 股関のナニにある!! と言われたんだと思い込んだ。


 もしそうなら、自分の存在は滑稽でしかないではないか……? (中西が思っているのとは全く違う意味で、それは真実であるのだが)


 そして、ハッと思い当たる。


 サークルで歴代一のモテ男の拓実のナニも、麻衣子という稀に見るいい女を彼女にもった慧のナニも、女友達が一番多い佑のナニも、夏合宿の風呂場で見た限りでは、通常状態で思わず二度見してしまうほど立派な代物だった。


 女は、男の価値をアソコに見いだしているのか!!


 中西は、グオーッと唸ると、膝からガックリと崩れ落ちる。


 今までのハイテンションから、あまりの打ちのめされ方に、誰も声をかけることができなかった。

 そんな中西を眺めつつ、亜美は運ばれてきたオムライスを一口パクりと食べる。

 熊さんの形をしたチキンライスの上に、布団のように卵がかかっておりケチャップで卵の上にハートが書かれていた。


 自分がどれだけ中西に打撃を与えたか気がつかずに、亜美は美味しい~ッ! と頬っぺたを押さえる。


「中西君の知り合い? 」


 一人モリモリと食べていた亜美に、ボンテージに身を包んだ女が声をかけた。

 蝶の羽のアイマスクを外し、理沙がにこやかに亜美に笑いかける。


「まあ、そうです。家が隣りで」


 食べる手を止めることなく、理沙を見上げながら答える。


「へー」


 理沙は、無造作に亜美の前髪をかきあげる。


「目、悪くなりそう」

「視力は両眼共に1,5です」

「あれ、凄くいいんだ? てっきり視力悪いんだとばかり」

「昔から、目だけはいいですから」


 中西と亜美が話しているのを見た理沙は、誰もが気づいていない亜美の気持ちにピンときたらしく、ゲテモノ趣向のこの少女の素顔を拝んでみようと、声をかけてきたのだ。


「何で顔かくしてるわけ? 」

「別に、隠してないですよ。眩しいのが嫌いなのと、面倒なのが嫌なだけです」


 面倒……、顔を出してしまうと、全く眼中にない男共が群がってきて、話しをするのもうざったいのだ。亜美にとって、男は中西かそうじゃないかだけだ。そうじゃない人間は、亜美が生きて行く上で全くもって必要でない。


「ちょっとお着替えしてみない?」

「何故ですか? 」

「ここが仮装喫茶だからよ。お客様も仮装する喫茶なわけ」


 確かに回りを見ると、客が仮装して写真を撮りまくっていたりする。

 亜美はフム……と考えた後、最後の一口を食べて立ち上がった。


「わかりました。それがここの決まりなら従います」


 理沙はニマッと笑って、亜美を着替えブースに連れて行った。

 黒い暗幕で仕切られたスペースに亜美を突っ込み、メイド服を手渡す。


「背中、ファスナー上げれる? 無理なら声かけてね」


 麻衣子などが着れば超ミニのエロエロメイド服も、背が低く子供体型の亜美が着ると、膝上10センチくらいの上品な感じになる。レースのハイソックスも、レース部分は隠れてしまう。


「あ、いいね。じゃ、こっちでメイクね」


 暗幕から顔だけ出した理沙は、亜美が着替え終わったのを確認すると、今度はメイクブースに引っ張っていく。


「髪の毛ほどいて可愛くして」

「わかりました! 」


 一年女子の美容部隊が、亜美の回りを取り囲んで化粧を開始する。あっというまに、髪はユルフワに整えられ、前髪は斜め編み込みでスッキリと顔を出され、ピンクベースの化粧を施される。仕上げにピンクのグロスを塗られ、プルルンとした唇が出来上がる。


 回りがざわつくほどの仕上がりで、まさに美少女がそこにいた。


「中西く~ん! カモン」


 理沙は、口笛を吹き中西を呼んだ。


「理沙先輩、犬じゃないんだから」

「手叩いた方がよかった? じゃじゃ~ん!さて、これは誰でしょう? 」


 亜美を中西の前に立たせ、さあ驚けとばかりに中西の反応を見る。

 中西はキョトンとしていたが、それは亜美の変身具合に驚いているのではなく、理沙が何を大袈裟に言っているのかわからないというような表情だった。


「亜美でしょ? 何か違います?」

「そう、君の幼馴染みの亜美ちゃんだ! これを見て、何か言うことはない?! 」


 中西はムムッ……と考えこみながら、亜美をジイッと見る。


「……メイド服を着ている? 」


 理沙がイラッとしたように中西を睨む。


「髪の毛! 化粧! 」


 顔はすっきりと出ていて、いつも見えない黒目がちの大きな目がパッチリと見えている。マツエクしてるのか?! というくらい長くフサフサの睫毛が、ゆっくりと瞬いた。


「ああ……、そういえば、なんか七五三の時の亜美っすね。でも、何か違います? 」


 他人が見たら、さっきまでの亜美と今の亜美では全くの別人にしか見えないのだが、中西には全く響いてないらしい。

 下手したら、幼稚園くらいの亜美のイメージのままで、中西の目には成長した亜美は映っていないのかもしれない。


 亜美は、ムッとしたように眉毛を寄せたが、その表情すら愛らしかった。

 ユルフワにセットしてもらった髪をきつくおさげに結いなおし、その小さい身長でできる限り中西を威嚇するように睨み上げる。

 前髪だけは編み込まれていて下ろせないから、表情が丸わかりになってしまう。


「亜美に化粧は似合わないっしょ。」

「和兄に言われたくない! 和兄なんて、そのチャラけた茶髪やピアス、一個も似合ってないくせに!」

「お子様な亜美には、この男の色気はわからないっしょ」


 バニーガールのかっこうで、股間に詰め物をした状態で、美少女に上から目線で話せる中西の思い込みの激しさに、この場にいる人間はみな感心せざる得ない。

 亜美は地団駄を踏む勢いで、だからこの顔もなんの役にもたちゃしないんだと、より自分の見た目になんの意味も見いだせなくなる。


 この二人は面白いかも……と、理沙は亜美をサークルに勧誘しようと心に決めたのであった。

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