第114話 ミスコンテストで恋人宣言?

 何だ何だという間に、麻衣子は両側から抱えられるように連れ去られ、野外ステージに引っ張り上げられた。

 引っ張られている最中、ミスコンに出場して下さいとかなんとか言われたが、たいした説明もなく、了承もしたわけじゃないのに、気がついたら狭いステージの上だった。

 ステージの上には、ド派手な衣装を着た男子学生がマイクを片手に立っており、その後ろには麻衣子のようにレイをかけられた女子が三人立っている。


「ハイ! お次のエントリーの方がいらっしゃいました! 学部と学年と名前お願いします! 」


 いきなりマイクを突きつけられ、麻衣子は戸惑った表情を隠せない。


「学部、学年、名前をお願いします! 」


 あまりに近くに寄られ、一歩後退りながら麻衣子は聞かれたことに答える。


「経済学部三年、徳田麻衣子です」

「はい! 三年の麻衣子さんですね! いや、お美しい! では、好きな食べ物、趣味、彼氏の有無についてお聞かせ下さい! 」


 ステージと客席が近く、最前列にカメラをかまえた男子がズラリと並んでおり、下から凄い勢いでシャッター音が聞こえる。

 麻衣子はズボンを履いていたからよかったようなものの、ミニスカートならかなりヤバいアングルではないだろうか?


「麻衣子さん! 答えて下さいってば」


 イライラしたような司会者の口調に、麻衣子はムッとしつつも、沢山の人に見られているし、とりあえず答える。


「好きな食べ物はお寿司です。あまり食べられませんけど。趣味は……特にありません。彼氏はいます」

「彼氏いるんですね! そりゃ残念! 何年付き合ってるんですか? 告白はどちらから? 」

「三年ちょいです。告白は……内緒です」

「こんなにお綺麗なんだから、きっと彼氏さんからなんでしょうね。何人目の彼氏さんですか? アハハ、ぶっちゃけ経験人数聞いてるようなもんですかね? いや、彼氏の人数イコール経験人数じゃないか? 」


 司会者の下品な笑い方に、麻衣子はさすがに答える気もおきずに、黙って司会者を睨み付けた。


「この際、彼氏の人数じゃなく、経験人数聞いちゃいましょうか?あ、セクハラで訴えないでくださいよ」

「……」

「じゃあ、初体験の年齢でもいいですよ」

「……」

「……やだなあ、ノリじゃないですか。では、エントリーナンバー四番、徳田麻衣子さんでした」


 四番徳田麻衣子と手書きで書いたプラカードを持たされ、麻衣子は後ろに下がらされる。


 どうやら、飛び入り参加有りのミスコンらしいが、あまりに人数が集まらないから、主催者側が無理やり可愛い子をキャッチしてきているらしい。


 プラカードを返して壇上を下りることはできるが、司会者の必死っぽい額の汗を見て、不愉快だが残ることにする。

 あれだけ失礼な質問をしたのも、何とか時間伸ばしをしたかったからみたいで、今もくだらないことを喋りつつ、次の人が用意できるまで何とか間を繋ごうとしているようだ。

 壇上からは、さっき麻衣子を連れてきた男女が、あっちこっちへ走り回っているのが見えた。客席の後ろでは、慧がブスッとした顔で腕組みして立っているのも見える。


 司会者が時間繋ぎにプラカードを持っている女子に話しかける。前の三人は仕込みなのか、下ネタな質問にも愛想良く答えていた。


「四番の麻衣子さん、彼氏との馴れ初めは? 」


 さっき、麻衣子が下ネタには答えなかったからか、麻衣子にはソフトなネタを振ってくる。


「大学のサークルが同じで」

「なるほど、友達から恋人にって流れですね。こんな美人な彼女なら、彼氏もイケメンなんでしょうね? 」

「どうでしょう? あたしには素敵に見えますけど」

「ノロケですか? いや、麻衣子さんがミスコンに選ばれたら、是非彼氏さんにも壇上に上がっていただきたいですね」


 慧の仏頂面がひきつったような気がした。まあ、遠いからよくは見えないが。


「あ、次のエントリーの方がいらっしゃいましたね。次は二人組ですか? おお! お二人共、可愛らしい感じじゃないですか? こちらの彼女、学部と学年、名前お願いします」

「早宮高校一年、冴木杏里」

「おお! 高校生ですか! JKってやつですね! 」


 愛想良く笑いながら答えているのは杏里で、その隣りにはなぜか佑が立っている。


 ミスコンテストだよね?


「じゃあ、隣りにいるのはお姉さんかな? 隣りのボーイッシュな彼女、自己紹介よろしく」


 司会者は佑にマイクを差し出し、杏里は隣りでニヤニヤ楽しそうに見ている。佑は一瞬誰に言われたかわからなかったようだが、マイクを目の前にして、やっと理解したようだ。


「ぼ……僕は男だ! 」


 真っ赤になって叫ぶ佑に、司会者は唖然としつつ、これは面白いと思ったのか、すぐに質問を開始する。


「いやー、そこらの女の子より可愛いじゃないですか! 化粧は趣味ですか? 」

「違う! サークルで仮装喫茶をやってて、その仮装で化粧しただけです」

「仮装ですか? いや、絶対そっちの道に進んだ方がいいですって! 皆さんもそう思いませんか? 思うでしょ? 」

「思わな~い!」


 客席にマイクを向けて「思うーッ!! 」と返答してもらおうと思ったんだろうが、横から杏里がマイクを取り上げて先に叫んでいた。


「女装が似合うってことは、それだけ顔が整ってるってことじゃん。あたしは美人が増えるより、断然男前がいっぱいいた方がいいな。女性の皆さんもそう思わないですか~? 」


 会場にいた少ない女子から、パラパラと「思う、思う!」と声が上がる。


「それに、佑が女の子になったら、あたしも困るし」

「困るって、お二人の関係は? 」


 杏里は、うーんと腕を組む。

 ぶっちゃけセフレだけど、そんなことを公言するものでもないし、何より後ろには姉の麻衣子がいる。麻衣子には可愛い妹として見られたい。


「……彼氏……みたいな? 」

「なるほど、美女美女カップルというわけですね! それは失礼しました。そりゃ、彼氏に女になられたら困りますもんね! 」


 次にエントリーする人がバタバタと決まり、佑と杏里は二人ワンセットで後ろに下がらされた。


「杏里、佑君と付き合ってるの?! 」

「いや、まあ、何て言うか……」

「やだ、佑君も早く言ってよ! 」


 佑は、何とも微妙な表情で笑う。

 ステージでは勝手に進行していく中、麻衣は一人盛り上がっていた。


「佑君サークルでもモテるし、こんな場所だけど、カップル宣言できて良かったね」

「佑、モテるの? 」

「女友達が多いだけだよ」


 佑は慌てたように言い訳する。

 そんな佑をふ~んというようにチロリと見た杏里は、まあいいやとつぶやくと、麻衣子の腕をとった。


「やっぱり、麻衣子お姉ちゃんが一番可愛いと思う。ミスはお姉ちゃんだよ」


 いやいや、一番可愛いのはあなたですから……。


 謙遜でも何でもなく、杏里は麻衣子が世界一可愛いと思っており、それは小さい時から父親から刷り込まれていたせいもあった。

 毎日麻衣子の写真を二人で眺めては、麻衣子は何て可愛いんだろうと言っていた。もちろん、忠直は一度だって麻衣子と杏里を比べたこともなければ、杏里が可愛くないと思ったことはなかった。同じように愛情を注いでいたし、スキンシップもとっていた。

 ただ、毎日可愛いねと口に出して杏里に言っていたわけではなく、一番可愛いのはお姉ちゃんと杏里が思い込んでも仕方がなかった。

 杏里にしてみても、卑屈に思っていたわけではなく、自分もかなり可愛いがお姉ちゃんは別格! ……だったわけだ。


「ね、佑だってそう思うでしょ?」

「まあ、二人共可愛い……んじゃ……」


 麻衣子は初恋の相手だし、杏里は今一番気になっている女の子だし、どちらがと聞かれても困る。佑からしてみれば、今は杏里がちょい上……なんだけど、そんなことは言えない。


「あたしは化粧映えするだけ。杏里が一番可愛いよ」

「お姉ちゃんだって! 」


 美しき姉妹愛?


 そんな言い合いをしているうちに十人の審査員による投票が終わり、ミスの発表が行われた。


「今年度、ミス聖和は……エントリーナンバー五番、佑君です!…… すみません、フルネーム教えて下さい 」


 佑の頭にティアラがかぶせられ、赤いマントを羽織わされる。こそっと司会者にフルネームを聞かれ、佑は断固拒否していた。


「順ミスは徳田麻衣子さん! 」

「ハイ?! 」

「特別賞に冴木杏里ちゃん! 」

「意味わかんな~い! 」


 杏里はさっさと壇上から下りると、慧を見つけてちゃっかり隣りにやってくる。

 壇上では拒否する佑に無理やり賞品授与をしており、その隣りで麻衣子はオロオロしていた。


「おまえ、佑と恋人宣言しちまったけど、それでいいわけ? 」

「どっちでもいいんだけどさあ、めんどいのは嫌だなあ」

「どっちでもって……」


 慧も最初似たようなことを麻衣子に言い放ったことなどすっかり忘れ、最低な奴だな…… と呆れ顔をする。


「別に、とりあえずは一番お気にではあるけど、今のバイト辞める気ないし、彼氏になって束縛とかされても困るもん。そういうのなければ、彼氏でもいいけど」

「うわあ、可哀想! あいつ、おまえのせいで、彼女持ちのレッテル貼られたのに。女近寄ってこなくなるぞ」


 杏里は、プーッと頬を膨らませる。


「じゃあ彼氏でいいよ。」

「じゃあって、失礼な奴」


 杏里は、ベエッと可愛らしい舌を出す。


「ねえ、お兄さん。今日みんなで夕飯食べようよ」

「ああ、いいけど、うちには泊まんなよ」

「泊まんないよ~だ! で、いつもの居酒屋? お姉ちゃん達のバイト先の」

「いや、今日は……駅前の回転寿司でも行くか」


 三年麻衣子と付き合ってきたが、寿司が好きだなんて聞いたこともなかったし、一緒に行ったこともなかった。


「何? リッチじゃん」

「たまにならいいんじゃん」

「お兄さんのおごり? 」

「お前は相田にでもおごってもらえ」


 杏里は、壇上から下りてきた麻衣子に走り寄り、麻衣子の腕にしがみついた。


「今日はお兄さんのおごりでお寿司だって! 」

「えっ? 」

「だから、お前は相田におごってもらえって。いや、別に麻衣子の好物だからじゃないからな。たまたま食べたくなっただけで……」


 久しぶりに耳を赤くしてごちょごちょ言っている慧を見て、麻衣子は嬉しそうに笑い、そんな麻衣子を見て、ほらやっぱりお姉ちゃんが一番可愛いじゃんか! と、杏里は一人麻衣子至上主義を貫き通した。

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