第113話 学祭デート
「おまえ、もしかして、杏里が初めてだったりする? 」
「な……な……」
動揺を通り越して表情をなくしてしまった佑に、追い討ちをかけるように慧は続ける。
「なら、おまえの手には追えないだろ? あいつ、麻衣子と正反対っつうか、どっちかっつうと夜の世界で成功するタイプだよな。あんま、貞操観念がないっていうか……」
まるで少し前の慧のように……。
杏里に似たタイプの匂いを嗅ぎとっているのは慧だけではなく、杏里もまた慧に同じ匂いを感じていた。それを確認するために、慧に迫ったりもしたのだが、慧が運良くのってこなかったため、麻衣子の彼氏として、ギリギリ及第点を与えたのであった。
そんなこともあったため、慧は杏里の女のとしての本性にも気づいており、真性の男ったらしの杏里と、見た目女慣れしているだけの佑では、佑に荷が勝ちすぎていると思われた。
「そんなこと! いや、まあ、でも今のところは僕だけで我慢してくれてるし……」
今のところ僕だけで……ってことは、いづれは誰かとヤるかもしれないと思っているというわけで、つまりは二人は恋人というよりはセフレに近い関係なのかと、慧は理解した。
「まあ、二人がどんな関係でもかまわないけどよ」
「なら、ほっといて下さい! 交代が来たから僕行きますね! 」
佑は交代のメンバーがやってきたのを目にすると、着替えるのも忘れて飛び出して行こうとする。
それくらい、龍之介と杏里のことが気になっているのだろう。
「おまえ、せめて着替えていけよ。それと、龍之介さんだけど、結婚を考えてる
「えっ? 」
「まあ、いい男だから心配になるのはわかるけど、龍之介さんのタイプは杏里じゃないから安心しろ」
「何言ってるんです! 杏里ちゃんくらい可愛かったら、誰だってタイプなんて関係なく好きになっちゃうかもしれないじゃないですか! 」
慧は佑の頭の中にお花畑を見た気がした。
一般的に見ても、確かに杏里は可愛いし、ヤりたいと思う男の方が多いかもしれない。ただ、あまりに自由奔放過ぎる面も多々あり、ちょっと毒々しいというか、好きになるか……と言われると、ちょっと無理だろ? と思わなくもなかった。
教室についている準備室でとりあえず着替えだけした佑は、化粧も落とさずスマホ片手に飛び出して行った。
「あれ? 佑君、もういっちゃったの? 」
女子の更衣室は部室になっているため、部室で着替えてきた麻衣子と理沙が戻ってきた。
「ああ、化粧も落とさずすっとんでいったぜ」
慧も黒鳥の飾りを取り、着替えを始める。
「ちょっと松田君、ここにいるのは麻衣子だけじゃないんだけど?」
「ああ? 何? 俺の裸見て発情したりするわけ? 」
普通の女子なら、うつむきながら赤くなり、「やだあッ! 」とか言うのかもしれないが、相手は理沙である。
理沙は逆に慧をガン見して、大袈裟にため息をついた。
「たあ君の見慣れてるからな。特に何も感じない」
「なんか、それも失礼だな」
拓実は顔だけじゃなく、身体もイケメンであることは確かだが、身体だけならそんなにひけはとらない自信はあった。
もちろんテクニックも。
「何が失礼なの? 」
後ろからスーツ姿の拓実が顔を出す。休日出勤だったらしく、カチッとしたスーツをきて、髪も整えられていた。
「今来たんすか? 林の仮装見れなかったんじゃ? 」
「うん? まあね。でも、家でゆっくり見せてもらったから」
なんか、背中に鞭の跡とかついてそうだなと思いながら、さすがに肌色のスパッツを脱ぐ時は後ろを向く。ボクサーパンツ一丁になった慧は、サクサクとジーンズとTシャツに着替える。今までピタッとしたかっこうをしていたせいか、ダボッとしたズボンが凄く楽に思えた。
「女ってさ、窮屈だよな。ストッキングとか気持ち悪いし、ブラはきついし」
「そう? 慣れるとしてないと気持ち悪いくらいよ。」
「ええ? 私はないほうがいいけどな」
「そりゃ、大きさの違いじゃ……」
慧が言いかけて、理沙に追いかけ回される。
「でも、まいちゃんのメイド服を見れなかったのは残念だったな」
「集合写真なら、教室に貼ってありますよ」
「まじで? なら後で見てみよう」
「麻衣子のスチール写真ならサークルのブログにアップするよ」
「えっ? やだ止めてよ」
そう言えば、ポーズをとらされてプロマイドのような写真を数枚撮られたような……。
「じゃ、後ろ姿ならいい? 」
「まあ、後ろ姿なら……。みんなで写ってるならいいけど、一人はイヤよ」
「わかったわかった。じゃあ、私はたあ君と回ってくるから」
仲良さげに出て行った理沙達の後ろ姿を見て、麻衣子はチラリと慧を見上げる。
「慧君は……回る? 」
去年は学祭にすら参加しなかった慧だ。帰るとか言いかねない。
「ああ? めんどいな」
「……だよね」
一年から学祭には参加している麻衣子だが、慧と回ったのは一回もない。一度くらいは、二人で回ってみたい……というのが、麻衣子のささやかな夢でもあった。けれど、予想通りの返事に、麻衣子は力なく微笑んだ。
残念そうな麻衣子を見て、慧は頭をボリボリとかく。
はっきり言って、すぐに家に帰ってゴロゴロしたい。こんなに立ちっぱなしで仕事をしたのは、夏合宿の終わりに一日龍之介のとこでバイトして以来だ。まあ、あれよりは楽ではあったが、疲れているのも事実で。
「まあ、少しだけなら……」
「いいの?! 」
麻衣子の表情が明るくなり、慧の腕を引っ張る。
ほとんどデートもしない、休みの日は家でゴロゴロH三昧。それが当たり前みたいになっていたから、慧と学祭を回るなんてデートっぽいことに、ついつい麻衣子のテンションは上がる。
声もワントーン高くなり、常に笑顔の麻衣子は、二割増し可愛く見えた。
麻衣子はそれなりに整った顔立ちはしていたが、かなり化粧により盛っている部分も多く、その魅力は顔の綺麗さよりも、セクシーな体型によるところが大きかった。フェロモンが見えたら、きっと麻衣子の身体から煙たっているんじゃないかというくらい、男性を引き寄せてやまなかった。
そんな麻衣子が、今日はやけに可愛らしく見えた。いつもなら、麻衣子のその魅力的な胸や足に振り返る男達が、今日は麻衣子の顔を見て、「あの子可愛くない? 」と振り返っている。
ついでに慧を見て、「何だよあの男? 兄弟か? 彼氏なわけないよな」などと、陰口をたたいているのが聞こえ、慧はわざとらしく麻衣子と恋人つなぎをする。「なんなら、キスして見せてやろうか?」など、くだらないことを考え、一人ほくそ笑む慧だった。
「慧君、人前で手をつなぐのとか、嫌なんだと思ってたよ」
「別に、好きでも嫌いでもねえよ。ただ、暑苦しいとは思うけどな」
それを嫌だって言うんだと思うけどな……と思いながら、麻衣子はあえて手をつないだまま歩いた。
途中、野外ステージで軽音部のライブがあったり、講堂では演劇サークルが現代劇をしていたり、写真サークルと美術サークル合同の作品展を観賞したりと、他のサークル活動を見るのも楽しかった。
途中、射撃をしている杏里と佑を見かけ、声をかけた。
「龍之介さんは? 」
「なんか、生物サークルの研究発表に興味持って、よくわからない話しをし始めたから、生物サークルに置いてきたよ」
そういえば、大学院で微生物の研究をしていると言っていた。
一見アウトドアな龍之介だが、興味あることはとことん突き詰める学者肌な面もあり、家を継いで海斗と共同経営する夢と、好きな研究をとことん掘り下げたいという欲求に揺れているところらしい。
「ほら、行くぞ」
「ああ、うん。またね」
慧にしては珍しい気づかいを見せ、麻衣子の手を引っ張って佑達から離れる。
「ね、もしかして、あの二人付き合ってる? 」
麻衣子の微妙な勘違いに、慧はさあなとつぶやく。
「あんま口出しすんなよ」
「なんでよ。一応、お姉ちゃんなんだけど」
「一応な」
下手に杏里に面倒くさいことを言うと、あの関係が破綻しないとも限らない。佑が今の関係を需要している限り、下手に口出ししない方がいいだろう。
セフレ歴が長い慧には、杏里の心情が手に取るようにわかり、まだセフレから恋人に昇格するには、ワンピース足りていないように思われた。
麻衣子は、慧のことに関しては妙に鋭いところがあるというのに、他の恋愛には疎いところがある。
そんなところに、たまにイライラしなくもないが、今回は自分達にベクトルが向かっている恋愛ではないので、余裕を持って見ることができる。正直、杏里と佑がどうなってもかまわないのだが、佑が杏里にフラれて麻衣子に戻ってきても困るため、多少の後押しというか、邪魔だけはしないでおいてやろうと思っていた。
「佑君なら、杏里を安心して任せられるんだけどな」
「理想を押し付けるなよ」
「わかってます。ちょっと思っただけよ」
二時間ほど二人で学祭を回っていただろうか、そろそろ限界と家に帰ろうぜと麻衣子に言おうとした時、いきなり後ろから麻衣子にレイがかけられ、よくわからないことをベラベラ喋っている男女に麻衣子が拉致られた。
慧は、ただポカンと空になった右手を見て、慌てたように引っ張られていく麻衣子にの後を追った。
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