第15話 バイト先で
「まいちゃんってさ、彼氏とかいるの? 」
最近よくくるサラリーマン達が、ビールのお代わりを注文した時に聞いてきた。
林達とはタイプは違うように見えたが、若干スーツ恐怖症になってしまった麻衣子は、おもわず身構えてしまう。
「いやまあ、いるような、いないような……」
「なんだよそれ? 」
「あれ、あの真面目そうな兄ちゃん、彼氏なんじゃないの? 」
以前、麻衣子達にビールを奢ってくれた常連のおっちゃんが話しに入ってきた。
「まあ、どうなんでしょうね? 」
「なんだい、はっきりしないな。なんなら、おっちゃんが立候補しちゃうよ。」
「アハハハ、奥さんいる人はダメですよ。」
麻衣子は、常連のおっちゃんの軽口に笑いながら、サラリーマン達をスルーして注文を通しに厨房へ入った。
最近、バイト先でもちょくちょく連絡先を聞いてくるサラリーマンが増えた。麻衣子は冗談で返していたが、けっこうしつこい人もいて、常連のおっちゃんのような人がいると、正直ありがたかった。
バイト上がりの時間になり、カウンターに座るおっちゃんの横で賄いを食べる。
「まいちゃん、おっちゃんが一杯奢っちゃる」
「いつも悪いです」
「いいから、いいから。大将、まいちゃんにビールね」
ありがたくビールをもらい、麻衣子は賄いを食べ終わる。
「じゃ、ご馳走さまでした」
「気をつけて帰り」
「はい。また明日? 」
「ハハハ、それじゃあ明日もこないとだな。また明日」
麻衣子はおっちゃんに挨拶すると、皿を厨房に運んで大将に声をかけ、裏口から出ていく。
「まいちゃん」
表通りに出ると、さっきのサラリーマンの一人が立っていた。
確か、矢野さんだっけ?
「矢野さん、どうしたんですか?
」
「あ、名前覚えててくれた? 嬉しいな」
「最近、よくいらしてくれるから」
見た目は少し慧に似ているかもしれない。茶色の縁の眼鏡に、黒髪ストレートで、あまり洒落っけはなさそうだ。
酔っているのか、かすかに頬が赤い。
「あのさ、さっき彼氏いないって言ってたじゃん? その、立候補したいっていうか、友達からでいいから、考えてもらえないかな?
」
「……彼氏はいないけど、気になってる人はいる……かな。だから、ちょっと……」
「ちょこっと遊びに行ったり、そういうのもダメかな? 最初は全然友達で構わないから。これ、僕の名刺。怪しくないから」
名刺には
名刺の裏に、走り書きのようにスマホの番号とメールアドレス、ラインIDが書かれている。
「あのさ、まずはラインでやりとりしてもらえないかな? 僕のこと知って貰って、遊びに行ったりとかはそれからでも全然構わないし」
「まあ、ラインくらいなら……」
常連さんになりそうだし、無下にもできないと、ラインのみ教えた。
「じゃあ、ラインするから。既読無視は止めてね。凹むから」
「はあ……」
「じゃ、気をつけて。お疲れ! 」
矢野は満面の笑みで、店に戻っていった。
悪い人には見えなかったし、ラインくらいなら大丈夫だよね? ……と、矢野のアドレスを登録していると、ラインが入ってきた。
矢野:お疲れ! 気をつけて帰ってね。またラインするね。おやすみ(^-^)/
麻衣子:おやすみなさい(^o^)/~~
麻衣子が返事をすると、すぐに既読がつき、可愛いスタンプが送られてきた。
男の人と、こんなふうにラインのやり取りをするのは初めてだった。慧のラインやメアドは知っていたが、毎日会っているし、わざわざラインすることもなかったからだ。
なんか新鮮……かも。
ラインの画面を見つつ、麻衣子は慧にラインをうってみようと思い立った。
麻衣子:今バイト終わったよ。
なんか、絵文字も恥ずかしいし、スタンプもどうかと思い、おもいっきりシンプルな文面になってしまった。
しばらく画面を見ていたが、既読もつかず、もちろん返信もない。
気がつかないのかな?
アパートにつくと、麻衣子の部屋の電気がついていたから、慧は部屋にいるようだった。
外階段をカツカツ音をさせて上り、玄関の扉に手をかけると、鍵が開いていた。
「ただいま~。鍵開いてたよ」
「開けといたんだよ。バイト終わったってラインきたから」
布団に転がって携帯ゲームをしながら、慧は起き上がることなく答えた。
「だって、既読ついてないじゃん」
「バカか?ライン開けなくても読めんだろ」
「バカはないでしょ!返事くらいくれてもいいのに」
慧はめんどくさそうに布団から起き上がると、風呂入るぞと先にユニットバスへ向かった。
そこにラインの着信音が鳴った。
矢野:おうちについたかな?遅いからちょっと心配(;o;)
麻衣子:つきました。
矢野:良かった(^-^)/ じゃ、今度こそ本当にお休み(-.-)Zzz・・・・
麻衣子はおやすみなさいのスタンプを送った。
「なにやってんだよ。早くこいって」
素っ裸の慧が、風呂場から顔だけ出す。
狭いユニットバスだというのに、毎日一緒に風呂に入るのがマストになっていて、慧は絶対麻衣子を待っているし、麻衣子が風呂に入る時は、なぜか当たり前のように一緒に入ってくる。
ホント、この関係ってなんだろう?
麻衣子は、いつも通り慧に頭を洗ってもらい、身体を洗われつつ一回戦に突入し、慧のことも洗いつつ二回戦を終了し、風呂に入ったとも思えない疲労感にグッタリしながら慧に頭を乾かしてもらっていた。
「慧君、今日さバイト先でね、リーマンに名刺もらっちゃった」
「あ~? なんて? 」
ドライヤーの音で聞こえなかったのか、慧は大きな声で聞き返した。
「だから、リーマンにね、ライン交換しようって、名刺渡されたの」
「おまえバカなの? 」
慧がドライヤーを止めて、麻衣子の髪をブラシでとかしだした。
「バカって何よ? 」
慧は、大きくため息をついてみせる。
「この間、リーマンにヤラれそうになったんじゃないのかよ? で、またリーマンなわけ? 」
「あれは……。矢野さんは全然タイプ違うし。常連さんだから断れないし」
「フーン、こりない奴」
慧はブラシを置くと、布団にゴロンと横になった。
それだけ?
もっと何かないの?
「遊びに行こうって誘われちゃった。最初は友達でいいからって」
「そう。……で? 」
慧は麻衣子に背中を向けていて、どんな表情をしているか見えなかった。ただ、口調はそっけなく、興味なさげに聞こえる。
「……それだけだよ」
麻衣子も慧の横に背中を向けて横になった。
慧はごそごそ向きをかえると、麻衣子のことを背中から抱き締めた。
わずかな期待が麻衣子に生まれる。
サラリーマンなんか相手にするなよって、言ってくれるかな?
少しはやきもちやいてくれるかな?
けれど何も言うことなく、慧は麻衣子の胸を揉みだし、パンティの中に手を入れた。
「こっち向けよ」
慧は麻衣子を上向きにすると、かなり激しく唇を合わせてきた。
「どうして欲しいか言えよ」
「バカ! 知らない」
「なに? リーマンにヤラれてきた? 」
「そんなことしないって」
「おまえイキやすいし、イッたら無防備になるからな。すぐヤラれちまいそうだな」
「バカなこと言わないでよ」
「じゃあさ、俺のこと突っぱねられる? 」
慧は麻衣子に身体を重ね、三回戦に突入する。多少イラついた気持ちがあったからかもしれない。慧は麻衣子に優しくできなかった。
慧がやり過ぎたと気がついたのは、終わった後だった。麻衣子は涙をこらえるように震えて慧に背中を向ける。
「おい、大丈夫か? 」
「知らない! 」
麻衣子は布団に顔を押し付け、慧の方を見ようとしない。乱暴なセックスは麻衣子の心を傷つけていた。
やっぱり、ただのセフレなんだ!
彼氏がいい……なんて言えないよ。そんなこと言ったら、絶対拒否られて終わりだ。
セックスをしている時の慧と、していない時の慧は全くの別人だった。セックスに対してはアグレッシブというか、最中の方が会話もするし、麻衣子への当たりも柔らかい。が、普段は会話するのもつっけんどんだし、麻衣子に対して興味ないように見えた。
それに、異常なほどに面倒くさがりだ。
身体を重ねれば重ねるだけ、麻衣子の気持ちは慧に傾いていくのだが、慧はただのセフレとしか考えていないのか……と、麻衣子はただただ虚しくなった。
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