第14話 予想外のエロ

「なんかさ最近、まいの雰囲気変わったよね? 」

 美香が教室で化粧をなおしながら言った。

「そう? どんな風に? 」


 化粧はナチュラルにしたし、日サロにも行くのを止めた。

 何より、ミニスカートを履くのを止めたのが大きいだろう。見た目のイメージで痛い目に合った麻衣子は、今までよりも露出を控え目にすることを心掛けていた。

 ただ、高校時代の地味な自分には戻りたくなかったので、あくまでナチュラルを目指してみた。


 すぐヤレそうな女は脱却できたはずだと、前より落ち着いて見えるよと言われるだろうと期待して、美香に視線を向ける。


「うーん、一言で言うと、エロい……かな」

「はい? 」


 予想外の返事に、麻衣子は唖然としてしまう。


「そうそう、身体のラインが入学した時よりエロいよね。フェロモン出てる感じ」

 多英も話しに入ってくる。

「胸もでかくなったんじゃない?


 沙織がいきなり後ろから麻衣子の胸を揉んだ。


「ウワッ! すっごい柔らかい!

なにこのフワフワ! 」

「あたしにも触らせて」


 多英も手を伸ばしてきて、二人とも遠慮なくニギニギする。

 男子生徒の無言の視線が集中した。


「なんか特別にマッサージとかしてるわけ? 」

「なんもしてないよ。もう、いいでしょ。触るのストップ! 」


 それにしても、まさかのエロ?

 ミニスカート止めたのに?

 ナチュラル目指してエロいってどういうこと?


 そういえば、モテ期か!?

というくらい、最近声をかけられることが増えた。ナンパ的なものもあれば、意味なく同級生やサークルの先輩に話しかけられたりとか。


 この面子がお世辞を言うとも思えないし……。

 魅力的ととれば喜んでいいんだろうけど……ムムム。


 多英と沙織にしたら、エロは最高の褒め言葉なんだが、彼女達の主観がどこにあるかが問題になるわけで、それは麻衣子のそれとは対極にあるのは間違いなさそうだ。


 微妙な表情の麻衣子に、美香は一瞬話したそうにしたが、話しをこの夏新作のマスカラに変えた。

 多英と沙織も化粧ポーチを広げ、この夏のオススメはあれだこれだと話し出す。


 彼女達にとって、基本、男・ファッション・コスメ以外は興味はないのである。


 講義が終わると、さっき話していたコスメを買いに行くと、多英と沙織は教授が教室から出ていくより前に、さっさと帰り支度をして出ていってしまった。


「まい、この後の予定は? 暇ならお茶しない? 」

「バイトだけど、少しなら時間あるよ」

「行こ、行こう」


 美香が麻衣子の腕を引っ張って教室を出て、駅近のドトールに向かった。


「まいさ、彼氏できたでしょ? 」

「彼氏? 」


 一瞬慧の顔が浮かんだが、麻衣子はすぐに否定した。ストローで氷をかき混ぜながら、アイスコーヒーに口をつける。


「彼氏はいないよ( 彼氏に近いセフレならいるけどね )」

「ウッソ! 絶対いるっしょ? だから化粧とか変えたんじゃないの? ほら、スカートも履かなくなったしさ。束縛系の彼氏なんかなって思ったし。それにほら、前はコーヒーじゃなくて紅茶派だったじゃん」


 飲み物はどっちでも良かったんだけど、慧がコーヒー派だからついコーヒーを飲むことが増えたかもしれない。彼氏じゃないから、彼氏の影響じゃないけどね。


「別に、両方好きだよ。最近はコーヒーが多いけどね。スカートは、彼氏とか以前の問題。この間さ、沙織達とカラオケいったじゃん。美香これなかったやつ」

「ああ、なんか乱パみたいになったって、多英が言ってたね。あの二人、まじでえげつないから。見境ないって言うか、人前でも平気でカラムから、こっちにもとばっちりがくるんだよね」


 美香がウンザリというふうに言ったため、麻衣子もブンブンうなずいた。


「そうなのよ! だからあたしスカート止めたの! 」


 意味がわからないという表情の美香に、この間のカラオケでのことを話した。


「ああ、なるほどね。あの二人武勇伝みたいに、二人相手にしたとか話してたけど、まいが逃げたからか。でもさ、まいもちゃんと最初に拒否った? 」

「えっ? 」


 美香は、酷いことされたねと同情するでもなく、麻衣子の態度に問題あるよとでも言うふうにため息をついた。


「林さん達はあたしも知ってるし、まあ手が早いっていうか、隙狙って触ってこようとするよね。でもさ、最初に拒否れば、そこまではしてこないよ。まいはさ、格好が問題じゃなくて、態度が問題なんだと思うよ」

「でも、多英達の知り合いだし、雰囲気悪くしたらって……」


 美香は、ロイヤルミルクティーを一口飲むと、チッチッチと指を振った。


「あの子達、そんなこと気にしないから。それに、ああいう奴等には、最初にガツンと言わないと。ヤリたい放題ヤラれ損てね! 」


 確かに、佐々木さんに最初べたべた触られた時も、林さんに髪を撫でられた時も、凄く嫌だったけど拒否らなかったかもしれない。


「そういうもんなの? 」

「そういうもんなの。あいつ等にしたら、可愛くやだァ~! はOKと同義語だから。愛想笑いなんかしてたら、ウェルカムだよ」


 そう言えば、沙織と多英はナンパされてラブホ言ったなんて話しはよく聞くけど、一緒にクラブとか行ってる美香のそんな話しは聞かない。

 多英達と同じタイプと思ってたけど、もしかしたら違うのかもしれない。


「あのさ、美香は多英達みたいなことはしないの? 」

「多英達みたいなこと? 不特定多数とHするみたいな? 」

「まあ、そんな感じ。ナンパされてその日に……みたいな」


 美香はゲラゲラ笑いだした。


「やんない、やんない。彼氏いるから。まあ、多英と彩香は関係なくヤリそうだけどね。あたしは彼氏で満足してっから、ああいうのは無理だ。多英達もわかってるから、あたしがナンパ無視してても気にしないしね」

「美香、彼氏いたの?! 」


 週末は多英達とクラブ三昧だったし、てっきり彼氏いないのかと……。っていうか、彼氏さん的には心配じゃないのかな?


「中学からの同級生。遠恋えんきょりれんあいなんだよね。あいつ、地方の大学行っちゃったから。まあ、たまに会うくらいがちょうどいいかな」

「中学から? 凄い長いね」

「まあね。あいつしか知らないってのはちょっとダサいけどね」


 珍しく美香が照れたように笑った。多英達よりは、全然美香に共感できた。美香になら、相談できるかもしれないと思った麻衣子は、おもいきって慧のことを話し始める。


「あのさ、実はね、彼氏はいないんだけど……」


 馴れ初めから今の関係まで、とにかく喋りきった。美香も黙って聞いていたが、麻衣子が話し終わると、美香は首を傾げる。


「それって彼氏なんじゃないの?

「いや、だって、どっちでもいいって言われたし。どっちって、彼氏かセフレかってことだよね? なんか、見た目はそんなじゃないんだけど、セフレとかいるみたいだし、あたしもその中の一人なのかな……って思うし」

「でも、毎日ヤッてるんでしょ?

「それはそうなんだけど……」


 麻衣子は、ほぼ空になったグラスの氷を無意味にかき混ぜ、小さなため息をついた。


「サークルの人って、うちの大学? 先輩? 」

「……同級生。美香も知ってるかも。松田慧君」

「松田? 」

「ほら、真ん中辺に座ってて、細めで銀縁眼鏡の」

「ああ! あの地味な集団の? にしても、またずいぶん真面目そうなのに手を出した……じゃない手を出されたね」


 信じられないと言うような口振りの美香に、麻衣子は大袈裟に手を振ってみせた。


「見た目だけなんだよ。けっこう口悪いし、おもいっきり肉食系だし。あたしが初めてなのわかってたらしいんだけど、何回もやるってあり得なくない? 」


 美香は、苦笑してそうだねとうなずく。


「まいは、松田君と付き合いたいわけ? セフレがいいの? 」

「そりゃ、好きか嫌いかって言ったら、好きかなあって思うし、他の人とヤッて欲しくないし、あたしも他の人はイヤだし……」


 美香は、モジモジとし始めた麻衣子の頬をつついた。


「なんだ、なら合コンとか行くの止めたほうがいいね。行っても、彼氏いるって言いなよ」

「彼氏じゃないのに? 」

「松田君に、彼氏がいいって言えばいいじゃん」

「えーッ! 今さらじゃない? 」

「いいんじゃん、どっちでもいいって言ったの松田君なんでしょ?

なら彼氏にしたって言えば、案外そうなんだってなるかもよ」

「かなあ? 」

「まあ、頑張んなよ。……にしても、あんたその見た目でバージンだったって……ないわ。」

「しょうがないじゃん! 高校までは超地味だったんだから。男の子ともあんま話したことなかったし」


 麻衣子は唇を尖らせて言う。


「まあ、そんなんなら、林さん達みたいなの相手にすんのはきつかったかもね。ところで、バイトは大丈夫なの? 」


 麻衣子はスマホの時計を見て、慌てて立ち上がる。


「ヤバ! ごめん、行くね」

「片付けとくからいいよ。バイト頑張れ。あと、松田君のことも頑張れ! 」

「多英と沙織には言わないでね。本人になんか言われても困るから」

「だね。あの二人、ちょいちょい無神経だかんね」


 麻衣子は、慧のことを相談できる相手ができて、気持ちがかなり軽くなった気がした。

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