第138話 キス……されてしまいました(書き直しました)

 どれくらい、唇が重なっていたかわからない。

 一瞬だったかもしれないし、数秒だったかもしれない。


 以前、佑の部屋でキスされそうになった時は、拒絶できない何かが麻衣子の中にあったが、今回はそういうのではなかった。


 正直、酔いで思考が低下しているせいもあったが、あまりな出来事に身体が硬直してしまったのだ。

 奈良は、そんな身動きしない麻衣子を、奈良の気持ちを受け入れたと思ったようで、麻衣子を強く抱きしめた。


「な……奈良君。はな……」


 離してと言いかけた口を、三回目のキスで塞がれる。

 口を開きかけていたためか、すんなり奈良の舌が麻衣子の口の中に入ってきて、それを押し戻そうとする麻衣子の舌と絡み合う。


 濃厚なキスに、麻衣子の思考は完璧にストップしてしまい、身体の力が抜け、奈良の舌を受け入れてしまう。


 いつの間にか川辺の土手に横たわり、麻衣子の手は奈良の首に回っていた。

 奈良は激しく麻衣子の唇を貪りながら、優しく麻衣子の身体に手を這わせ、首筋をなぞり、肩をかすめ、脇腹をまさぐる。洋服の中に手が入ってきそうになった時、麻衣子は無意識にその手を押し留めていた。


「ヤバい。初めてはちゃんとした場所でって……」


 奈良がガバッと起き上がって、頭を抱えた。

 麻衣子はボーッとしたまま、そんな奈良を見上げる。


 今……、何があった??


 奈良が手を差し出し、麻衣子を起き上がらせる。


「ごめんな……。次はもっと場所を選んで、記念になるように……」

「ちょっと待って! 」


 麻衣子の思考がクリアになり、奈良の言葉を遮った。


「あたし……ごめん! その、奈良君のことは初恋で、嫌いじゃないから拒めなかったけど、彼氏いるの」

「知ってる。杏里ちゃんに聞いてたし。だから、焦らず今の自分のことをもっと知ってもらおうって思ってたんだ」

「知ってた……の? 」

「ああ。別に、最終的に俺のこと選んで貰えればって思ったし、焦るつもりはなかったんだけど、ついうつむいた徳田が艶っぽくて」


 うつむいたのは、居心地が悪かったからで、奈良を誘ったつもりはなかった。

 つい欲情に突き動かされるまま、奈良を拒絶することなくキスを受け入れてしまったが、奈良を選んだわけじゃない。

選んだ訳ではないが、拒絶しなかった。

 

 それは、勿論初恋の人だし、好きだと思う気持ちが少しはあるとか、いくらでも言い訳はできるが、実のところ欲情に駆られただけ……だと痛感していた。


「ごめん……選ぶも何も、彼氏と別れるつもりはないの」

「何故? 」


 何故?

 自分とベラ噛んでおいて何言ってるの? ……ってことだよね?


 麻衣子は恥ずかしさで顔を上げることができなかった。


「何故って……」


 まさか、あなたとは欲情の赴くままキスしてしまいました……とも言えず、言葉を濁す。


「徳田の彼氏には会ったことないけどさ、そんなに徳田が執着するくらいいい奴か? 」


 それを聞かれると……。


 最初は合意もなく初めてを奪われたわけだし、好きだとか全く言ってくれないし、ってか日常会話すらあまりないし。浮気もされたし、付き合う前はセフレがうじゃうじゃいたみたいだし。家のことは全くやらなくて、いつもゲームしてるかSEXしてるかで……。


 なんか、酷い奴かも…。


 でも、そんな慧だからたまに見せる照れまくりの愛情や、分かりづらいヤキモチなんかを目の当たりにすると、妙に愛しいという感情が湧いてくる。

 何より、素の麻衣子でいられる。ドキドキはないが、日常の中に慧がいて、それが当たり前すぎて……。


「いるのが当たり前っていうか、四年目になるし」

「でも、あんまり徳田のこと大事にする奴じゃないんだろ? 浮気もされたって聞いた」

「まあ、そんなこともあったけど」


 全く、杏里はどこまで奈良に喋っているのか?


 奈良の顔がまた近付いてきて、今度はしっかりと顔を避けて奈良の唇から逃れる。


「だから、彼氏と別れないんだってば」

「まだ、今はね。それでもいいよ」

「は? 」

「とりあえず、俺のこともよく見てよ。色んな面でよく知ってもらって、それから返事もらえればいい」

「返事も何も……」

「俺は、昔から徳田のことが好きで、付き合う女の子も徳田に似た子が多くて、だからずっと徳田のこと引きずっていたんだろうな」

「そんなこと……」


 奈良の思う麻衣子に似た子って、本当に麻衣子に似ているのだろうか? 奈良の思い出の中の麻衣子は、本当の麻衣子とは違う気がした。


「徳田のことが好きだ。でも、返事はまだいらない。俺のこともっとよく知って」

「知っても、彼氏と別れるつもりないってば」

「それはわからないよ。じゃ、先にみんなのとこに戻るな」


 奈良は走って行こうとして、途中で戻ってきた。


「……? 」

「忘れ物」


 麻衣子にキスすると、軽く抱き寄せる。


 慣れちゃダメなんだろうが、あまりにキスをし過ぎて、感覚が麻痺していた。


「早く、俺を選べよ」


 今度こそ走って行ってしまう奈良の後ろ姿を見て、麻衣子はこれは何がどうなった?? と深刻に悩む。

 奈良には彼氏がいることも、別れるつもりがないことも伝えた。

 その上で、奈良はもっと自分を知れば自分を選ぶと思っているようだ。


麻衣子は深いため息をつくと、皆のいる方へ歩いて行った。


 この後のバーベキューはほとんど記憶になかった。そんな麻衣子の様子を、杏里だけは伺うようにチラチラ見ていた。


 ★

 16日の朝、麻衣子は新幹線で帰ることにした。

 一緒に車で帰ると、時間がみれなくてバイトに遅刻したら困るからと理由をつけたが、本当は狭い車内でまた奈良と並びで座ると気まずいからだ。


 杏里が麻衣子のスマホから新幹線のチケットをとってくれ、麻衣子は早々にアパートを出ると、一人で駅に向かった。

 奈良からは頻繁にラインが届いていたが、麻衣子は当たり障りのないことしか返さなかった。


 駅につき、新幹線のチケットを受け取り、新幹線に乗車する。朝一の六時台の新幹線だったせいか、自由席だったがなんとか席に座ることができた。

 二人席の一番後ろでホッとしていると、ギリギリで乗車してきた人が席いいですかと言ってくる。どうぞと顔を上げると、そこには奈良の笑顔が……。


「なんで?」

「いや、徳田が新幹線で帰るって聞いたから。ほら、あれから話せてなかったし」


 あれからというのは、昨日のバーベキューの……あれだろう。


「ああ、うん」


 麻衣子は、なるべく窓際に寄り、奈良から距離をとろうとする。

 そんな麻衣子の様子を見て、奈良は眉を寄せる。明らかに警戒していたし、まだ手を出すには早かったのかもしれないと後悔したが、いまさらである。


「あのさ、あんまり警戒しないでよ」

「別に、そういいわけじゃ……」

「じゃあ、いいよね? 」


 奈良は手をつないでくる。

 もう、ああいう手段でアピールしてしまった手前、それを押し通すしかないだろう。


「あのね、本当に困るの」


 面と向かって告白されたのは矢野と奈良だけであるが、矢野はもう少しスマートというか、紳士的なタイプで、断ってもちゃんと理解して諦めてくれたが、奈良は響かないタイプというか、思っていた以上に自信家で押しが強い。

 嫌いではないから、本当に困るのだ。


 何とか手は振りほどいたものの、奈良は肩を叩いたり頬をツンツンしたりと、とにかくスキンシップが多くて困った。

 ここまでくると、ドキドキよりも困惑の方が強い。あまりに強引なのも、度が過ぎると引くというか……。


 新幹線が東京駅につき、荷物を下ろそうと立ち上がると、奈良が素早く荷物を下ろしてくれた。


「あ……りがとう」


 距離が近くて、麻衣子はすぐにしゃがむ。まさか、こんなとこでキスされることはないだろうけど、あまりに近い距離だったから、つい警戒してしまった。


 いやいや、こんなとこでね?


 自意識過剰女みたいだと反省する。


「徳田」

「うん? 」


 見上げたところを、上からキスされそうになる。


「だ……ダメでしょ! こんなとこで! 」

「なるほど、場所選べばいいのか」

「そうじゃないから」


 麻衣子がグッと決意して奈良の手を振りほどくいたが、奈良はそんなにダメージを受けた感じもなく、麻衣子の荷物を持って新幹線を下りた。


「奈良君、荷物くらい自分で持つから」

「いいって。なあ、朝飯食って行こうぜ。腹減ったよな」


 荷物を奪い返そうと、奈良の回りをウロウロしていると、後ろから聞きなれた声がした。


「何やってんだ? 」


 振り返ると、相変わらずの仏頂面で慧が立っていた。


「慧君?! 」


 こんな早くに、しかも新幹線のホームって、何でこんなところにいるの?!


 麻衣子はポカーンとして慧を見つめ、しばらく誰も声を発せず、立ち尽くした。

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