第137話 バーベキュー
帰省したその夜、六畳二間に麻希子と忠直、麻衣子と杏里に別れて寝た。
昔は奥は麻衣子の部屋、手前の居間兼ダイニングは寝る時だけ麻希子が布団を敷いていたが、今は麻衣子もいないから、奥の麻衣子のベッドで麻希子が寝ているらしかった。
なので、奥に麻希子達、手前が麻衣子達になったのだが……、襖で仕切られているだけなので、会話など駄々漏れで……。
親のラブラブな様子というのは、どうにもこっぱずかしいというか、できたら聞きたくないことNo.1だろう。
今までの麻希子はどこに行った?というくらいの変貌をとげており、部屋は片されていたし、何より見た目が変わっていた。髪は茶髪に、きちんと化粧もしており、何よりジャージじゃなかった。朝からきちんと身なりを整えた麻希子は、甲斐甲斐しく忠直に朝食を作っていた。
「麻希子お母さんって、可愛いよね」
「えっ?」
「なんか、忠直のこと大好きってのが丸分かりなんだもん」
「そう? なんか、あまりにいつもの母親と違うから、逆に心配っていうか、無理してんじゃないかって」
「そんなの、忠直もそうだよ。いつもはヌボーとして、あたしの手伝いなんかしないし、オンオフが凄まじく違うの」
それは麻希子もそうかもしれない。ただ、麻希子はあまりに見た目が変わりすぎだが。なんか、今までの麻希子の人格を全否定するような変貌ぶりで、違和感が半端ない。
「今日、バーベキュー行くんでしょ? 佑達誘っていいよね? 」
「もちろんよ」
麻希子は始終笑顔で、忠直の周りをウロウロしている。
「佑達? 」
まさか、また奈良もだろうか?
「あかりちゃんも休みらしいからさ」
「ああ、あかりちゃんね」
麻衣子はホッとしつつ、いや、会えた方が話しができるからいいのでは? と思い直す。
「奈良君とかは? 」
「奈良さん? 誘っていいの? お姉ちゃん」
「そりゃ、あんたがお世話になってるし、もし奈良君の迷惑じゃなかったらだけど」
「じゃあ、お姉ちゃんから誘いなよ。その方が奈良さんも喜ぶだろうし、来やすいんじゃん」
「わかった」
麻衣子は席を立ち、スマホを取りに行く。
ラインを開き、奈良にバーベキューを誘うラインを送った。
すぐに既読がつき、即決でお邪魔しますと返事がくる。
「奈良君も来るって」
「奈良君って? 」
麻希子に奈良の説明をする。
奈良は小学校の卒業生代表で答辞をしたため、麻希子の記憶にも残っていた。
「ああ、あの子ね。T大に入ったの。頭良さそうだったもんね」
「凄いいい人で、あたしの家庭教師をただでしてくれてんの。ウフフ、お姉ちゃんが初恋なんだって」
「あらあら……」
「杏里! 」
余計なことは言わないの! と杏里を嗜めるが、杏里はへっちゃらで話しを続ける。
「お姉ちゃんもそうなんじゃない? 」
「へえ、そんないい子が麻衣子にねぇ……」
「いや、昔の話しだし。それにあたしには慧君がいるから」
麻希子も慧のことを認めてくれていると思っていたから、慧を推してみるが麻希子は信じられないことを言い始める。
「あら、まだ結婚したわけじゃないんだから、柔軟にいかなきゃ。色んな男の子と付き合うのも大切よ。条件のいい子がいたら、そっちと付き合ったって、全然いいと思うわ」
「お母さん……? 」
色んな子と付き合うって、最近まで付き合うこと自体を拒否ってなかったっけ?
「麻衣子はまだ若いんだから、一人に決めることないのよ。とりあえず付き合ってみて、それから決めればいいと思うし。」
まさかの二股擁護?
麻希子の皮を被った他人としか思えない。
「お母さん、それお父さんにやられたらどうよ? 」
「あら、忠直君はその結果お母さんを選んでくれたんだもんねぇ」
ねぇッと顔を見合わせる麻希子と忠直に、麻衣子は頭を押さえる。
中年の恋愛はたちが悪い……。
ふと、忠直達と初めて(久しぶり)に会ったときの会話を思い出した。父親の職業を聞いた時、杏里はホスト兼ヒモ……って言っていなかっただろうか?
ホストの給料は麻衣子の学費に消え、生活費などは女の人に援助してもらっていると。しかも、明らかにホテル帰りのように、石鹸の香りを漂わせ、仮眠までとって。
ホストはまだよい(?)として、ヒモはいかがなものだろう?
そのことについて聞いて見たかったが、再婚してすぐに離婚じゃいただけないと、麻衣子は聞くのを我慢し、さりげない牽制の意味も兼ねて言う。
「あたしは、二股とか無理だから。基本、お父さんとは別の人種なの」
「麻衣子が冷たい……」
忠直は目を潤ませ、麻希子がそんな忠直の頭を撫でる。
「ご馳走さま。片付けはあたしがやるから」
麻衣子は食べ終わった皿を重ねると、流しに運んだ。
全く! 二股を推奨する親ってどんなよ?
★
「奈良君、手早いねぇ」
忠直が火起こしに手間取っていると、奈良が炭を置き直して、着火剤を使わずに素早く火をつけた。
「よく家族でバーベキューやったんで」
「だよね、家族といったらバーベキューだよね」
「いや、まあ、そうですね」
食い気味の忠直に、奈良は困ったように同意すると、野菜を切っている麻衣子の方へ移動してきた。
「手伝うことある? 」
「いや、もうすぐ終わるし。あっちであかり達と飲んでていいよ」
火がついたからか、まだ鉄板も温まっていないのに、麻希子達は肉を焼き始めていた。
支度をしながら飲み始めていたので、みなすでにホロ酔いだ。
「野菜を切るくらいならできるぜ。皮むいたりは無理だけど」
「じゃあ、玉ねぎを一センチ幅くらいに切ってもらおうかな」
「了解」
奈良は、麻衣子の隣りに立ち、不器用そうに包丁を使う。
この手つきなら、独り暮らしで全く料理をしていないというのも納得だ。
「上手、上手。じゃあ、次は人参ね」
皮をむいた人参を奈良に渡す。
「なんか、お姉ちゃん達新婚さんみたい」
野菜を取りに来た杏里が、後ろから声をかけてきた。
「変なこと言わないで」
「なんで? 俺は嬉しいなあ。一年の時、女子達が一時期ごっこ遊びにはまってたじゃん」
「ああ、あったね」
オママゴトよりも、より現実っぽい設定で遊ぶごっこ遊び。
実際の両親のやりとりを忠実に再現したり、先生達の何気ない会話を覚えていて真似したり、どちらかと言うとモノマネを取り入れたオママゴトだったように記憶している。
「あれさ、やってみたかったんだよな」
「そうなの? 」
「一部、すげえクオリティ高かったじゃん」
「何々? クオリティの高いごっこ遊びって? 」
杏里が、興味津々聞いてくる。
「現実の人間を真似たオママゴトかな。例えば、あたしが母さんの真似して、奈良君がお父さんの真似して、ほら、あれを再現するの」
肉を焼きながら、イチャイチャと二人の世界を作り出している麻希子と忠直を指差す。
「見てみたい! 」
「やあよ! あんなの、普通でも恥ずかしいじゃない」
「そうかな? 何歳になってもイチャイチャできるって羨ましいけど」
今でさえ、イチャイチャのイの字もない麻衣子と慧だから、自分が恋人と周りも憚らずにベタベタする姿を想像できない。
「うちの両親も、いまだに仲いいし、ああいうのは理想だけどな」
「あたし、そういうのわからない」
忠直と二人暮らしの長い杏里が言う。
「あたしも……かな」
おばあちゃんになっても手をつないで歩く……とか、憧れがないとはいえないが、有り得ないことだと思っている。
麻衣子は特に、男なんか! と麻希子に理想を打ち砕くようなことを言われて育ったので、慧みたいな男子が普通だと思っているふしがあった。
「そう……なんだ。好きな人とは幾つになっても手を繋ぎたいけどな」
矢野は幸せな家庭で育ったのだろう。理想が実際になると信じているようだ。
杏里が野菜を運ぶと、麻衣子達も炭台へ向かい、焼けた肉やフランクフルトなどを食べる。野菜も焼け始め、かなり酒も入ったところで、奈良が麻衣子に川原を探索しないかと誘ってきた。
杏里達を見ると、焼きそばはソースか塩かなどと、どうでもいい話しで激論を戦わせており、近寄るのも危険な感じがしたため、奈良の誘いにのることにする。
話しをするのにも丁度良いと思ったし。
「徳田はさ、将来の夢ってなんて書いたか覚えてる? 」
川辺の土手に座り、ビールを片手に昔話しが始まった。
「何、いきなり? 」
「いやさ、さっきのごっこ遊びの話ししてたら、思い出したわけ。他の女子がお母さん役とか、お父さん役とかやってるのに、徳田は先生の役とか多かったじゃん」
「ああ、お父さんってわからなかったし、夫婦の会話なんて聞いたことなかったからね」
「まあ、今になればそれもわかるけどさ、だいたいの女子はお母さん役やりたがって、将来の夢とか聞くと、可愛いお嫁さんとか答えるじゃん。徳田はさ、将来の夢って作文で、私は働く大人になりたいって書いてたんだぜ」
「そう……だっけ? 」
「最初はさ、先生になりたいのかと思ったんだよな。ごっこ遊びでも先生の真似がはまってたから」
先生になりたい……なんて思った記憶はないけどな。
確か、毎日遅くまで働く母親を見て、夢とかじゃなく自分もこうなるんだろうと思っていた。
「まだ小一じゃん。下手したら仮面ライダーになりたいとか言ってる奴がいる中で、働く大人って言っちゃう徳田って、かっこいいなって思ったぜ」
「いや、そんな大層な話しじゃないよ」
以前していた桜の話しもそうだが、麻衣子が覚えていないようなことで、奈良は麻衣子のことを過大評価しているような気がする。
葉桜を見上げてたたずむなんて、そんな殊勝な行いをした記憶もない。作文だって、お嫁さんとかお母さん、看護婦さんやパン屋さん、そういう現実的な将来の夢を語る友達の中で、なりたいものもなく、でも働かなくちゃくらいの気持ちで書いたに違いない。
そんな自分を、懐かしむような優しい目をする奈良に、前のようなドキドキよりも、居心地の悪さのようなものを感じて目を伏せた。
奈良の初恋だという麻衣子と、実際の麻衣子は何か違う。
奈良の手がわずかに麻衣子の手に触れ、引っ込める間もなく、奈良の大きな手に包まれてしまう。
「あ……あの」
「こうやって、徳田とはずっと手を繋いでいきたい」
告白された?
と、酔いで回らない頭が理解した時、視界が一瞬暗くなった。
何が起きたかわからない状態で身体がよろけ、奈良が抱き止めるように麻衣子を支える。
再度視界が暗くなり、今度は何が起きたか理解する。
さっきのかすめるような感触ではなく、しっかりと押し付けられる奈良の唇。
麻衣子は抱きしめられ、キスをされていた。
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