第148話 まさかの反対?

「えー?! なんでぇ? お兄さんの人格はともかく、話しはいい話しだよ? 」


 麻衣子の放心状態を解いたのは、杏里の驚いたような声だった。


「おまえに俺の性格云々を言われたくない! 」


 慧はムッツリ言いながら、自分達の結婚が反対されたことを理解して、より表情を曇らせた。


「そうだよね。麻衣子に結婚なんて早いよね」

「忠直君は黙って」

「忠直しつこい! 」


 再度二人にきつく言われ、忠直はすっかりしょげてしまう。

 しかし、麻衣子にはそんな忠直に気を使う余裕はなかった。ひきつったように笑うと、紅茶を一口飲む。


「反対も何も……、まだ正式な話しじゃないんだし」

「そうね。でも、慧君の家はあんたにそんな話しをしている訳でしょ? 」

「まあ……、でもどこまで本気か……」

「うちの親は本気だぞ」


 だから、慧君、口閉じようか?!


 麻衣子は慧の腕をつねり、胸の中で大きなため息をつく。


「ちなみに、なんで反対か聞いてもいいすか? 」

「そうね。それは聞く権利があるわね。まず、家の格差かしら」

「格差? だから玉の輿でいいじゃん」

「片やお医者さん、片やパートの片親家庭。釣り合う訳ないわ。麻衣子が恥ずかしい思いをするでしょ」

「今は両親いるけど? ……アハ、より悪いか。父親ホストだもんね」


 杏里の明るいディスりに、忠直は見るからに落ち込む。


「たとえ慧君のご両親がよくても、親戚や近所の方は? 」

「そんなの気にする奴いないけど」

「慧君がそう思ってるだけよ。人の陰口ってのは本当に怖いわ。麻衣子が将来辛い思いをするかもしれないなら、あたしは賛成できない。……でも、それは将来の話しで、別にお付き合いを反対している訳じゃないんだから、そんな顔しないで。ほら、お昼でも食べに行きましょう。杏里ちゃん、何が食べたい? あたし、色々調べてきたのよ。ここなんてどうかしら? 」


 この話しはこれでおしまい! と言うように、麻希子は表情を和らげて、杏里にスマホの食べログを見せていた。


 その後イタリアンを食べに行ったのだが、麻衣子は沈みがちに、慧はムッツリと、杏里と麻希子だけは楽しそうに時間は過ぎ、夕飯は忠直宅で五人で鍋を囲んだ。


「じゃあ、帰ろうかしら」

「うちで雑魚寝でもいいじゃん」


 杏里が麻希子を引き止める。


「また明日の朝くるわ」

「あたし、明日明後日はバイトだから」

「バイト? 年末までやるの? 」

「だって、こっちにいるわけだし、いいかなって。休みは三十一日と一日だけだけど。今日は休みとったけどさ」

「あんた……、働き過ぎじゃない? 」

「今は大学もほぼ休みみたいなものだし、そんなに大変じゃないよ。仕事するようになったら辞めなきゃだし、働けるうちに働いておかないと。だから、昼も入れてもらってるの」

「昼? 」

「昼間は定食だしてるのよ」


 生活費は自分で賄わないといけないくらいにしか仕送りできてないのだから、バイトをするなとは言わないが、さすがに働き過ぎではないかと思った。


「昼夜賄いが出るから、ラッキーなんだよ」

「じゃあ、明日お昼食べに行ってみようかしら」

「止めてよ。恥ずかしい」

「あら、何で? 慧君、一緒にどう? 」


 そこで慧を誘うか?! と麻衣子はギョッとして麻希子を見てしまう。

 はっきり言って、朝の結婚反対発言から、慧の機嫌は猛烈に悪い。よく夕飯まで付き合ってくれたと思う。さらに明日、しかも麻衣子はバイトでいないのに、麻衣子の家族とご飯とか、そこまで親しくもなっていないではないか?


「いいっすよ」


 さらに目を丸くする。


 今何て?


「いいの?! 」

「ああ、別にやることないし、部屋にいんのも嫌だし」

「じゃあ決まりね。行く前に連絡するから、携帯用番号教えて」

「いいっすよ」


 目の前で、スマホの番号を交換し、なぜかラインIDまで交換している。

 そして、仲間外れは嫌とか意味不明な発言で忠直とも……。


 その夜、麻衣子は美香(実際は慧と麻衣子)のベッドで、麻希子は麻衣子(昔麻衣子が独り暮らしをしていた時に使っていた)の布団で、間のロールカーテンを開けて眠りにつこうとしていた。


「……ねえ、麻衣子」

「うん? 」

「慧君って、ぶっきらぼうだけど、いい子ね」

「うん」

「今日だって、正直あたし達と付き合うのは嫌だったでしょうに、夕飯まで一緒にいてくれて。……あれ、あなたのためよね? 」


 慧の性格を考えると、すぐに帰らなかったのは意外だ。

 おまえとは付き合うけど、家族は別! 何て言われようが知ったこっちゃない。そう言って部屋を出て行ってもおかしくなかった。というか、その方が慧らしい。


「そう……かな」

「そうよ」


 しばらく沈黙があり、てっきり眠ったと思った麻希子が口を開く。


「でもね、あんたが苦労するのは確実。うちなんかとは比べられないくらい豪邸じゃない? 」

「まあ、大きかったね」


 お手伝いさんまでいたし。


 これは黙っておく。


「食べてる物だって違うでしょ」

「まあ……」


 確かに、食べたことないくらい柔らかいステーキや、回らないお寿司など、本当に初めて頬が落ちるような食事を食べさせてもらった。


「あたし達とは、生きてきた世界が違うと思わなかった?」

「そりゃ……。でも、慧君はあたしの作ったご飯もしっかり食べてくれるし、好き嫌いも減ったし、あたしの昔のボロいアパートだって、なんの抵抗もなく連泊してたし」

「ウッ、ウウン! 」


 麻衣子は言い過ぎたと、言葉を止める。


「連泊は聞き捨てならないけど……まあいいわ。慧君は無頓着な方かもしれないけど、回りは違うわよ。お母さんは嫌よ。娘さん、玉の輿にのりましたね……なんて言われて、笑ってられないわ」


 そこで麻衣子は納得してしまった。


 そうか、あたしが……とか言いながら、母親が我慢できないんだ。自分が蔑まれてるようで、慧君のおうちに比べてあなたはって比較されてるようで、だから反対するんだ。


 母親に対する元からの苦手意識もあったかもしれないが、麻衣子は純粋に麻衣子を心配している麻希子に、ひねくれた考えしか浮かばなかった。しかも、一度そうだと思うと、それが真実のように思われてくる。


「あたし、これから先も慧君と付き合うと思うし、その先に結婚があってもいいと思ってる。今すぐしたいとは思わないけど、恋愛と結婚は別とか考えられないよ」

「でも、あんたが……」

「おやすみ! 」


 麻衣子は寝返りをうって壁の方を向くと、しばらく白い壁をにらみつけたまま動くことはなかった。

 背中に大きなため息を感じながら、やっぱり母親は母親だったんだと、覚めた気持ちがジワジワと広がっていった。


 ★

 同じ頃、慣れない部屋でやはり眠れない一夜を過ごしていた慧は、狭いワンルーム(六畳はあるのだが)の床で、ゴロゴロしていた。

 ベッドに入る気にもなれず、暖房MAXで床に毛布を敷き、上掛けは足元に丸まっている。


 まあ、結婚がどうのと言っても、まだ実感があるほど話しを詰めているわけでもなく、親はごちゃごちゃ言っているが、まだ先……でももし結婚するなら相手はこいつだろうなという意識が根底にある程度だった。

 でも、付き合うのは面倒だ! ヤれればOK! という以前の慧からしたら、もういつ結婚してもいいんじゃね? というレベルなのかもしれない。


 麻衣子の親だからこそ無視できないというか、なんとかしなきゃなとは思うし、だからこそ超ウザイのに一日意味のわからない東京観光にも付き合った。


 明日もかあ……。


 好きな女の家族だから好きになれるとも限らない。嫌いと言うには知らないが、よく知らない赤の他人と過ごす苦痛ったら……。


 あいつ、よくうちに泊まったよな。


 初めて麻衣子が自宅に来た日のことを思い出す。


 自分は特に気を使ったりしなかったし、いつも通り過ごしてたから、かなり居心地が悪かったはずだ。それなのに、うちの家族にすげえ好かれたんだから、あいつの対人スキルって神だな。


 麻衣子には絶対内緒だが、何気に麻衣子のことをリスペクトしている慧だった。



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