第149話 母親とデート……ウザッ!
「慧君、次はお台場に行くわよ」
「……」
昼御飯を政で食べた麻希子と慧だったが、何故か食後も二人で行動していた。
忠直は夜の仕事のため、まだ寝ていると言うし、杏里は友達と約束があるとかで、麻希子の相手ができるのが慧しかいなかったのだ。
当たり前のように慧を引きずり回す麻希子は、麻衣子よりも杏里に似てる(血の繋がりはない筈なのに! )と思うのは、慧だけだろうか?
麻希子と杏里の馬が合うのが分かる気がする。
無人で動くユリカモメに感動し、フジテレビの展望台に登り、ショップを堪能し、パレットタウンの大観覧車に並ぶ。
まるで、デートコースだな、おい。
麻衣子とだって、こんなデートらしいデートはしたことがない。生まれてこの方、遠足以外でこんなに動いたのも初めてかもしれない。
「麻衣子とも来たの? 」
「いえ……」
もう、疲労でいっぱいいっぱいの慧は、話すのもうんざりだ。
「そう。東京にいれば、わざわざこないものかしらね。あれ、東京タワーかしら?! 」
レインボーブリッジの右側、かなり小さいが東京タワーが見えた。
「もっと右にはスカイツリーも」
「わっ! 本当だわ! 凄いわ、両方見えるのね。」
「反対は海っす」
「……凄いわ」
麻希子はかなり興奮しているようで、あっちを見、こっちを見、十五分以上観覧車に乗っている間、ひたすらあれは何かしら? とキョロキョロしていた。
「今度、麻衣子を連れてくるといいわ。あの子、高所恐怖症なのよ。知ってた? 」
「そうなんすか? 」
それは初耳だった。
それにしても、高所恐怖症の娘を観覧車に連れて行けとは、かなり無茶振りな母親である。
観覧車を降りると、乗る前に撮った写真が飾ってあり、購入をすすめられる。
もちろん写っているのは、ブスッとした慧と、満面の笑みの麻希子だ。写真を撮ったスタッフには、いったいどういう関係に見えただろうか?
「二枚ちょうだい」
麻希子は二枚購入すると、一枚を慧に渡す。
「記念に……ね」
貰って嬉しい物でもないが、とりあえず受け取っておく。
「あの子とは、こういう写真がないの。ほら、片親であたし働いてたじゃない? 休みもないくらいで、たまの休みは疲れてぐったりだし、あの子と二人で遊びに行ったことなかったのよ」
「うちもあんまないっすよ」
「そうなの? 」
思い返してみるが、まず父親と出掛けた記憶は皆無だ。病院などやっていると、いつ急患が運ばれてくるか、入院患者の容態が急変するかわからず、遠出なんかしたことはなかった。
母親は、女の子が欲しかったからというのではないだろうが、男の子の遊びが分からず、慧の面倒は兄任せであった。
そんな家庭環境であったことを話していると、麻希子はポツリとつぶやいた。
「そう。あなたも……」
麻希子と海浜公園の浜辺でたたずみながら、沈黙の中海を眺める。
ウォーッ!!
この状況が意味分からん!
麻希子はさっきから黙りで、寒さのせいか人のまばらな浜辺で、二人肩が触れあうくらいの距離で海を眺めているこの状況、相手が若い女なら、確実に肩を抱いてキスの一つでもしているところだろう。
何だってこんなとこで、恋人の母親とムーディーな雰囲気を醸し出さないといけないんだ?!
慧は頭を抱えたい衝動を我慢しつつ、麻希子が動くのを待つ。
「あの子、しっかりしているように見えるけど、けっこう抜けてるのよね」
「まあ、家事とかパーフェクトだし、なんでもそつなくこなすけど、しっかりはしてねぇな……って、すんません」
母親の目の前でけなしてしまったようになり、慧は慌ててフォローを入れようとする。
「かなり努力家だから、何でも最初からできるように見えっけど、実はそんなに器用じゃないっつうか、世間知らずで警戒心が緩かったり……。いや、面倒見いいから、本人は親切のつもりで、つけこまれたり……、一見しっかりしてるようには見えるけど……、いや、見た目はあれだけど、すげえ真面目で……」
話せば話すほどドツボにはまりそうで、慧は口を閉じてしまう。
その困ったような顔を見て、麻希子は吹き出してしまう。
「あなたは、麻衣子をちゃんと見てくれているのね」
麻希子は目尻を押さえ、こらえた笑いが溢れるようにクックッと笑う。
「そう、あの子は不器用なの。しかも、人を見る目もちょっと……ね。だから心配してたんだけど、あなたがそばにいるなら大丈夫そうね」
「いや、俺はあいつと違って、斜めに何でも見る癖があるから」
「あの子は真正面過ぎるからちょうどいいのよ。……はあ、本当、あなたがもうちょっと普通のおうちの子だったらね」
残念そうにため息をつく麻希子に、慧は憮然とした表情でつぶやく。
「普通っすよ」
「あたし達からしたら、雲の上よ」
「いや、マジでそんなたいしたことないってか、病院経営なんて赤字なんすから」
「そんなことないでしょ」
「うちは、土地とかも少しあるから成り立ってっけど、まじでヤバいすよ。人件費は高いし、機材とかちゃんと揃えようとすると、すぐに億単位の借金ができちまう。人件費を抑えるために、父親や兄なんかは休みなくフルに働いてるし。まあ、あいつらは仕事バカだから、好きでやってんのかもしれないけど」
「でも、回りから見たらやっぱりお医者様だわ。回りからは釣り合わない嫁をもらったって思われるわよ」
「釣り合うって意味わかんねえんだけど?! それなら今は多分俺がそう思われてるな。大学じゃ、麻衣子はかなり人気があって、なんで俺みたいなんと付き合ってんだって、面と向かって言われまくりだ。そんなの知るか! って返してるぜ。おまえは選ばれないんだよ、ざまあ!って感じ」
実際、男子に人気がありまくる麻衣子に言い寄ってこようとする奴は多く、特に自分に自信のある奴は、慧を真っ向から潰そうとしてきたりした。
その度に慧の毒舌が爆発し、自信は叩き潰され、ただの真面目な優等生だと甘く見ていた慧に、悪魔の舌が宿っていることを知ることになった。
つまるところ、自分は麻衣子に釣り合わない相手と卑下するのではなく、誰もが羨む女をいつでも抱けるのは俺だけだ、ざまあみろ!と、相手を足蹴にする……実際に蹴り飛ばしはしないが……そういう性格が慧であり、回りが羨むなら、それだけの価値が自分にはあるんだ羨ましいだろ! とふんぞりかえる訳だ。
万が一、麻衣子が玉の輿だと影口を叩かれるのなら、玉の輿にも乗れない自分を恨みやがれドブス!……くらいは言ってのけるだろう。
「麻衣子は……そんなにモテてるのかしら? 」
「まあ、なんでか……」
「長岡にいたときは、地味で目立たない子だったんだけど」
「あいつ、基本いい子だからな。あんたの希望通りの子どもを演じてたんだろ」
「……そうね、そうなんでしょうね。あたしは、父親も母親もしなくてはならなかったから、あの子には必要以上に厳しかったの」
「みたいだな。あいつ、入学当時は箍が外れてたからな」
「そうなの? 」
「あ……、やばっ! 多分内緒なやつだ」
麻希子はクスクス笑う。
「いいわ、聞かなかったことにする」
「……まあ、俺のこと知ってる地元の奴は、逆に俺なんかでいいの?って言うだろうな。親戚とかも、まあ……そんな感じだ。あんたが心配してる感じにはならねえよ」
自分の過去の御乱行をばらす訳にもいかず、慧はどうすれば麻希子に分かってもらえるか考えた。考えて考え抜いた末、ある提案をする。
「明日、俺に付き合ってもらっていいすか? 」
「明日? 明日もおばさんに付き合ってくれるの? 」
「まあ、俺が行きたいとこについてきてくれるなら」
「いいわよ。忠直君は年末まで仕事だし、麻衣子もバイトみたいだしね」
「じゃあ、明日、九時に迎えに行きます」
「楽しみだわ」
明日、少し遠出になるが、百聞は一見にしかず……である。
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