第39話 捕獲

 夕食後、食堂を借りて恒例の飲み会が始まった。

 最初の乾杯以外は理沙と麻衣子、十三人の男子達は水の烏龍茶割り( 焼酎のふりをして、焼酎の瓶に水を入れていた )を飲み、来るべき深夜二時に備えていた。


 結局、二・三年男子は全てナンパ男達の捕獲作戦に参加することになった。女子も明らかに美和と無関係の者のみ話しをつけ、作戦に参加する者にはノンアルコールを、参加しない者にはアルコールを作るよう、酒を作るブースに入ってもらう。

 男達は、自分達のサークルの女子に不埒な行為を行おうとする奴らは許せないと、異常な団結力と盛り上がりを見せていた。また、その異様な高揚感にアドレナリンが放出されたのか、酔っぱらっていないのにハイテンション状態になり、本当に酒を飲んでないのか優に確認されたほどだ。


「林さん、徳田さん」


 飲み会が終盤に差し迫った頃、美和が、ビールの缶を三つ持ってやってくる。


「なに? 」


 酒豪の理沙は、少しなら飲んでも全く問題ないのに……と思いながらも、水で薄められた烏龍茶をチビリチビリやっていた。


「あの、乾杯しない? 」

「なんで? 」


 理沙は、飲めないストレスで不機嫌この上ない。

 麻衣子が、そんな理沙を突っつく。ここは飲んだふりをして、睡眠薬を飲んだと思わせなければならないところだ。


「あの、私、前の飲み会の時に徳田さんに失礼なこと言ったりして、仲直りしたいなって」


 仲直り……って、別に麻衣子が何か言ったりしたりした覚えはないのだが?

 とりあえず、美和が手前に持っていたビールを二つ受け取った。

 プルトップは開けてあり、たぶん睡眠薬が入っているのだろう。

 それにしても、どっちを飲むかわからない状態で渡すなんて、二つともに薬が入っているのだろうか?


「あ、麻衣子はサッポロのが好きでしょ? 」


 理沙が、美和の手にあったビールを奪うと、麻衣子が受け取った一つと交換した。


「はい、いいでしょ? 」


 理沙がニヤニヤ笑いながらアサヒのビールを美和に渡すと、美和の笑いがひきつって見えた。

 この表情を見る限りは、二つともに薬が入っていたらしい。

 睡眠薬入りのビールは理沙と美和の手に、たぶん薬なしビールは麻衣子の手に渡った。


「りいちゃん、ちょっと? 」

「あ、ちょって待ってて」


 理沙は、拓実に呼ばれてビールを持ったまま走って行った。こちらに背を向けたまま拓実と話し、戻ってきた途端にビールをグビグビ飲んだ。


「飲み過ぎだって注意されちゃったよ。いいじゃんね? って、ごめん! 乾杯の前に飲んじゃった」


 理沙が舌をペロッと出すと、美和は理沙のビールを確認してニッコリ微笑んだ。それは、本当に楽しそうな笑顔で、美和が企んでいることを思うと、麻衣子は背筋が寒くなる気がした。


「いいよ、じゃあ、改めまして乾杯。徳田さん、これから仲良くしてね」

「ああ、こちらこそ……」


 美和は、口をつけたもののビールを飲み込んではいない。麻衣子も一応飲んだふりだけした。

 理沙のみが飲みきり、一瞬で缶が空になる。


「林さんお酒強いのね。トイレ行きたくなっちゃったから、ついでに缶を捨ててきてあげる」


 美和は理沙から空き缶を受けとると、缶を持ったまま食堂を後にした。


「理沙、大丈夫? 」


 理沙はニヤリと笑うと、拓実の方を振り返った。


「すり替えたから大丈夫。証拠の品は、ばっちり押さえたよ」


 それからしばらくして飲み会は終了し、一年生が後片付けで食堂に残った。

 この間に、二・三年男子はスタンバイしているはずだ。


 理沙のベッドには拓実が、ベッドの下には優と三年が一人、カーテンの中に三年が二人、ユニットバスに二年が二人、残りは目の前の慧の部屋にスタンバイし、拓実の笛の音で105号室に雪崩れ込む手筈になっている。


 片付けをしている最中、理沙がわざとらしく大きな欠伸をした。目を擦り、眠たいふりをする。


「なんだろう? いきなり眠気が……。あ~ふ」

「大丈夫? こっちはもう大丈夫だから寝たら? 私、部屋まで連れて行こうか? 」


 美和が、寝落ちしそうなふりをした理沙の腕をつかんだため、麻衣子が慌てて理沙に肩を貸す。

 今、美和に部屋に行かれたらまずい。


「あたしが連れて行くわ。同じ部屋だし」

「渡辺、こっちのテーブル元に戻すの手伝って! 」


 慧に呼ばれ、美和の顔がパッと輝く。麻衣子ではなく、自分の名前が呼ばれたことに、満足気な表情が浮かんだ。


「今行くわ! 」


 声を弾ませて走って行く美和は、上機嫌過ぎるほどだった。



 片付けも終わり、すでに各自の部屋に戻り眠りについたであろう深夜二時、廊下をソロリソロリと歩く人影があった。

 カチャンと音がし、裏口の鍵が開けられる音がする。そして、またソロリソロリと廊下を歩き、階段をギシギシ登って行く音がした。

 その様子を、ドアの隙間から動画で撮っていたのだが、鍵を開けた人物は気がついていなかった。


 その十分後、キーッと音がし、裏口の扉が開いた。


「シッ! 静かに! 」

「おめえの声のがうるせーよ」


 入ってきたのは三人。

 二人は昼間のナンパ男だが、もう一人は似た感じの男で、手にはビデオカメラを持っていた。


「まじで女子大生とヤれんだろうな? 」

「ああ、ビデオ撮ってくれたら、おまえにもちゃんとマワすからさ」

「チッ! 三番手かよ! 」

「文句言うなよ。ヤれるだけいいだろ」


 男達はボソボソ喋り、105のドアを開けた。


「くれえな! 電気つけるか? 」

「バカか? 起きちまうだろ」

「茶髪の方だ。とりあえず。縛っちまおうぜ」

「もう一人は? 」

「眠剤で寝てるはずだから、ほっといても大丈夫じゃね? 」


 男達はベッドの脇までくると、寝ている人間を確認するように覗き込んだ。

 その途端、理沙の素早い突きが男の顔面を捕らえた。

 笛の音が鳴り響き、ワラワラとサークルの部員が現れた。

 ビデオカメラを持っていた男はとっさに逃げ出そうとドアに走り寄り、ユニットバスから出てきた二年生に取り押さえられた。

 顔面を押さえながら、鼻血まみれの男はカーテンから飛び出した三年に縛り上げられ、残りの一人はベッド下の優に足を捕まれた状態で理沙の跳び蹴りの餌食になった。


 あっという間の出来事で、106号室に待機していた麻衣子達が部屋に入った時には、すでに男三人は縛り上げられており、なぜか拓実と優に理沙が押さえ込まれていた。


「たあ君、優君、離せよ! まだ殴り足りないんだから! 」

「りいちゃん、過剰防衛になっちゃうからダメ! 」

「女の子レイプに来て、ビデオに撮影しようなんて奴ら、あばら骨バキバキにしたって構わないんだよ! 」

「それはダメ! 警察呼んでもらったから、後はお巡りさんに任せようね」


 三年の一人がペンションのオーナーに声をかけ、捕まえた三人を見たオーナーが110番したのだ。


 日本の警察は有能で、通報からほんの数分でパトカーが二台やってきた。

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