第62話 決定的証拠

 ラブホの帰り、慧は電車に乗りながら窓の外をボーッと見ていた。

 麻衣子のバイト先の居酒屋が見え、なんとなく視線を落とす。やはり浮気をしてしまったという罪悪感がどこかにあるのかもしれない。

 ただ、昨日今日と立て続けにしたことにより、うまくばれずにいくんじゃないか? という、楽観的な気分になっていたりもした。

 すでにバレているとも知らずに。


 マンションに帰ると、まずシャワーを浴びた。

 浮気の痕跡を消すためであるが、ラブホテルで風呂に入ってこなかったのは、シャンプーの香りがかわるかもしれないと思ったからだ。

 そこまでは慧の考えも良かったのだが、やはり詰めがあまかった。

 まず、今までどんなに麻衣子のバイトが遅くなっても、先にお風呂に入ってることがなかったこと、着ていた洋服をそのまま洗濯籠にいれたままにしたことなど……。

 慧は麻衣子が帰るまで、スマホの着信やラインの履歴などをチェックし、清華からのものは全て消去した。


「ただいま……」


 麻衣子がマンションに帰ると、慧は寝転んでゲームをやっていた。


「お帰り」


 麻衣子は、チラリと慧を見る。

 部屋着に着替えており、すっかりくつろいでいるようだ。


「お風呂、入ったの? 」

「ああ」


 慧は、ゲームの画面から視線を外すことなく答える。


「そう……、あたしシャワーしてくる」

「ああ」


 いつもなら一緒に入りにくる慧が、立ち上がる気配もないのを見て、麻衣子はズーンと気分が下がるのを感じた。


 脱衣所に行くと、洗濯籠に無造作に慧の洋服が脱ぎ捨てられてあった。

 シャツを手に取り、深く匂いを吸い込む。


「はあ……」


 ため息と一緒に吸い込んだ息が漏れる。

 やはり、同じフローラルの香りがした。香水を直にふりかけたんじゃないかというほどくっきりと香る。

 麻衣子は洗濯機に洋服を突っ込み、洗濯を開始する。いつもなら、夜中に洗濯機を回すことはないが、どうしても耐えられなかった。


 シャワーだけですぐに出ると、まだ洗濯中の洗濯機の中にタオルだけ入れた。麻衣子の洗濯物は、洗濯籠に残っている。一緒に洗う気にはならなかった。


「慧君、この間お母さんからの電話で、春休み帰ってこいって言ってたけど、どうするの? あたしも一緒にきなよって誘われたけど」

「ああ? めんどいな。おまえ、バイト休みあるの? 」


 麻衣子は髪を乾かしながら、スマホのスケジュールを確認する。


「30から1日までなら休みにしてるけど」

「じゃ、それで帰るって言っといて」

「あたしが? 」

「ああ、おまえもくるでしょ? なら、連絡しといてよ」

「まあ、いいけど……」


 もしかすると、これで会わなくなるかもしれないわけだし、慧の母親にはよくしてもらっているから、ちゃんと挨拶しておいた方がいいかもしれない……と思った麻衣子は、連絡しとくとだけ慧に言った。


 その夜、慧は麻衣子を一回だけ抱くと、疲れたようにすぐに爆睡してしまった。


 いつもなら三回はするのに……。


 麻衣子はマンジリともせず、慧の横で横たわっていた。

 慧の愛撫も淡白だったし、麻衣子も心ここにあらず……というか、ただ義務のように受け身でやり過ごした。

 こんなに気持ちののらないSEXは初めてだった。


 麻衣子は、洗濯をしていたことを思い出して、ノロノロと身体を起こした。慧は起きる気配すらなく、気持ち良さそうに布団を抱えている。


 何回ついただろうため息を吐き出しながら、麻衣子はベッドから足を下ろした。

 脱衣所に向かおうとして、慧のスマホがピカピカ光っているのが見えた。いつもなら消音になっていても、バイブは設定しているはずなのに、全く無音で光っている。

 テーブルに無造作に置かれているスマホを手に取ると、着信が入っていた。


 清華……?


 暗がりの中、女の名前がスマホに浮かび上がっていた。着信はすぐに切れ、しばらくしたらメールが届く。

 麻衣子は、慧のスマホと自分のスマホを持って脱衣所に入った。


 慧のスマホにはロックがかかっていなかった。

 いちいち面倒くさいからという理由で、慧が設定していなかったのである。

 メールを開くと、友達のフォルダーの中に新着が一件入っていて、メールを開かなくても、フォルダーを開いて三行だけ見れる内容で十分だった。


 宛名、清華……さっきの電話の着信と同じ名前だ。


 さっきは凄く良かったよ💓明日はうちに来て。こなかったらまた迎えにいっちゃうから。いっぱいHしよ……


 その後は内容を見ないとわからなかったが、今日大学にきたのが清華という女性で、今日Hしたのは確定だった。そして、たぶん明日も……。


 麻衣子は、自分のスマホでその画面の写メを撮った。

 その途端に涙がボロボロと落ちる。


 証拠……掴んでしまった。


 これを慧につきつければ、浮気の証拠として別れることが決定してしまう。

 きっと、麻衣子が慧が浮気した証拠があるから別れようと言えば、ふーんわかった……とでも気楽に別れることだろう。その覚悟があっての浮気だろうから。


 麻衣子は、慧が浮気をしたという現実も辛かったが、慧が麻衣子と別れてもかまわないと思っていることが何より辛かった。


 麻衣子は手の甲で涙を拭くと、濡れてしまったスマホも洋服で拭いた。慧のスマホをテーブルに戻すと、脱衣所に戻って、浴室に洗濯物を干し、浴室乾燥のスイッチを入れた。

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