第63話 まさかの好き発言
「慧君、今日政に夕飯食べにこない? 」
「なんで? 」
「いや、たまにはいいかなってだけだけど……」
「あそこ行くと、常連の人達と話さなきゃなんないからうぜー」
「……そっか」
講義が終わり、帰り支度をしている時に、さりげなく清華という女性のところへ行かないように、バイトしている居酒屋へ夕飯を食べに来ないか誘ってみた。
「何?麻衣子のバイト先、行ってみたいんだけど。松田君、一緒行こうよ。たあ君もくるだろうし」
「ああ? やだよ。おまえらと一緒なんて。おまえ、バカみたいに飲むだろ? 」
理沙が話しに入ってきて、慧を夕飯に誘ってくれた。
「失礼ね! 別に普通よ! それより何? うちらと飲みにこれないような予定があるわけ? 例えば女に会ったりとか? 」
「バカか?! そんなんあるかよ! 」
「じゃあ、行くよね? 行くでしょ? 行かなかったら、女に会うんだって見なすよ! 」
「わかった、わかった」
慧は諦めたようにうなずくと、ちょっとトイレと言いながら席を立った。スマホはズボンのポケットに入っているようだった。
「連絡するつもりかね? 」
「……さあ 」
麻衣子がため息をつくと、理沙が麻衣子をギュッと抱きしめた。
「しんどいね。全くあのバカ!こんないい女がそばにいるのに、何考えてるんだろう! 」
昨日のメールのことは、理沙と美香には言ってあった。
理沙が慧を誘ったのも、浮気を防止しようとしてくれたからだろう。
麻衣子達がそんなやり取りをしていた時、トイレの個室に入った慧は、スマホをいじっていた。
自分の行動が読まれているとも知らずに。
慧:今日、先輩達と飲みに行くことになった
清華:私との約束は?
慧:無理! 悪いな
清華:私も一緒しようかな。
慧:意味わかんねえ
清華:なんで? 別によくない?
慧:よくない! 彼女のバイト先に飲みに行くし
清華:ふ~ん。でも、今日会いたいんだけど。今日じゃなきゃダメなんだけど。
慧:悪いな、また
清華:なら、大学に行くからね。
慧:もう帰るし、きてもいないから
清華:今日会いたいんだってば!
慧:しつけえよ、また今度な
慧は今までのラインの会話を消去し、スマホをポケットにしまう。
確かに以前からわがままなところはあったが、こんなにしつこくはなかった。
あいつ、何か変わった?
ってか、めんどいな。
少し距離を置いた方がいいのかもしんない……。
昨日はしばらく楽しもうか……なんて考えていたはずが、コロッと考えが代わる。まあ、清華に対する感情が、それぐらいどうでもいいものになっているということだろう。
久しぶりに会って懐かしかったのと、麻衣子以外の女が目新しく感じられ、ついつい誘われるままに抱いてしまったが、あまりにしつこくされると、面倒くさくなってしまう。
第一、あまり大学にこられたら麻衣子にいつバレるとも限らない。あくまでも、麻衣子にバレないように清華との関係を続けてもいいかなと思っただけで、あまりに清華がグイグイくるようなら、この関係は望ましいものではなかった。
慧がトイレから出て教室に向かうと、理沙から連絡を受けた拓実も教室に来ていた。
拓実は、微妙な表情で慧に手を上げる。
まあ、自分が慧の浮気をバラしてしまったようなものだから、慧には顔が合わせづらいというか……。
それとなくバレてることを伝えようかとも思ったのだが、理沙に口を出すな! と強く言われているため、慧には何も言えずにいた。
大学を出て、慧の部屋で麻衣子のバイト時間まで時間を潰した。何気に理沙はゲームマニアで、慧と二人で任天堂スイッチで盛り上がり、六時過ぎに居酒屋政に向かう。
麻衣子はバイトに入り、慧達は奥の座敷に陣取り、麻衣子のバイトが終わるまで三人で飲み続けた。
「松田君、いや、松田! 」
「あんだよ? 林、からみ酒かよ」「あんたね、そのうち麻衣子に愛想つかされて捨てられるんだから! 」
「意味わかんねえよ」
「ほう?! 自分の胸に聞いてみ? 」
「りいちゃん! 悪いな、松田。りいちゃん酔っぱらったみたいだから先帰るわ。とりあえず、今までの会計はしとくから」
拓実は理沙を抱えるように立たせると、何か耳元で囁いた。理沙はシュンとなり、帰ると言って拓実に連れられて店を出て行った。
「慧君、あと三十分だから、もう少し飲んでて」
麻衣子に声をかけられ、慧はカウンターに移動すると、ビールを片手にスマホをいじりだした。
スマホを見て、慧はギョッとする。
着信十五回、メール七回、ラインも見ると二十回以上入っていた。
異常としか思えない。
内容は、今すぐ会いたいというものばかり。彼女よりも自分を優先するべきだという、意味不明なことまで書いてある。
「意味わかんねえ……」
二年半前まで、こんな奴じゃなかった。
病んでる……のか?
「何がわからないの? 」
仕事が終わったのか、エプロンを外した麻衣子が隣りに座る。
慧はさりげなくスマホをふせたが、麻衣子はそれを見逃してはいなかった。
「終わった? 」
「うん。あたしもちょっと飲もうかな。賄い、一緒食べない? 」
正直、食欲がないというのが本音だ。
「ああ、そうだな」
二人で賄いのブリの照り焼きをつつきながら、ビールで乾杯した。
二人で飲むのは久しぶりだ。
「おまえ、いい女だよな」
「はい? 慧君、酔ってる? 」
「そりゃ酔ってるさ」
慧は、麻衣子をじっと眺める。
大学入学当初は、ただのケバいだけの姉ちゃんだったのに、今じゃ化粧もかっこもナチュラルになり、逆に女っぷりが上がった。
常にテキパキ家事や掃除をしており、料理の手際もよく味も最高だ。
バイト三昧なのは、自分の遊ぶ金じゃなくて、生活費だっていうんだから、どんだけ親孝行なんだよって話し。
たまに親にプレゼントするんだって、家電とか買って送ってたりもする。
考えれば考えるほどいい奴だ。
「やだ、どうしたの? 慧君おかしいよ」
「だな……。俺、おかしいよな」
こんないい女がそばにいるのに、俺何やってんだろ?
慧は頭を振って、立ち上がった。
「帰るぞ」
「うん」
麻衣子はテーブルを片付け、大将に挨拶する。
慧も会計をすませ、二人で店を出た。
「ほら、行くぞ」
珍しく、慧が麻衣子に向かって手を差し出した。
麻衣子が手を繋ぐと、慧の方から恋人繋ぎをしてくる。
きっと、かなり酔っぱらっているんだろうな……と、麻衣子は慧の顔を見上げた。
慧は、吸い寄せられるように、そんな麻衣子の唇にキスをする。
「ちょっと……、人いるから」
「わりい、なんか、すげえキスしたくなったから」
「外は止めようか」
「なんだよ! 今、おまえのこと抱きたいのに! 」
「い……家まで我慢しようね」
今にも発情しそうな慧を、なんとかマンションまで連れて帰る。部屋の鍵を開けようとしている時、慧は麻衣子の後ろから抱きつき身体をまさぐる。
「ちょっ……、鍵が……」
なんとか鍵を開けて部屋に入ると、慧は激しく唇を求めてきた。
麻衣子も、それに答える。
「麻衣子……好きだ」
麻衣子は慧から唇を離すと、マジマジと慧を見た。
「なんだよ? 」
「初めて……言われた」
「何が? 」
「好きだって、初めて言われたよ」
「そうか? 言わなくてもわかんだろ? 」
「わからないよ! 」
麻衣子の目から涙が溢れる。
「ああ? 何で泣くかな! 」
慧は、洋服の袖でごしごしと麻衣子の涙を拭く。
「やだ、洋服に化粧ついちゃうじゃん。洗濯しても落ちにくいんだから止めてよ」
「おまえな、人が親切に拭いてやってんのに! 」
「なら、泣かせなきゃいいでしょ」
「何だよ、好きって言ったらダメなんかよ! 」
「そうじゃなくて!! 」
てっきり、慧は麻衣子と別れるつもりなんだと、その覚悟での浮気だと思っていたから、ここにきての好き発言に、麻衣子の頭はぐるぐるしてきた。
「ちょっと待って……。なんか少し考えたいかも」
「ああ? 何をだよ? 」
麻衣子は部屋の電気をつけると、キッチンにいって水を一杯飲み、慧は家に帰り次第ヤりまくろうと思っていたのを肩透かしくらったようになり、ムスッとしてソファーに座った。
麻衣子はそんな慧をキッチンから眺め、腹を決めることにした。
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