第61話 真っ黒でした

 麻衣子は、美香と理沙とお茶をしながら、さっき校門ですれ違った女性のことを考えていた。


「まい、聞いてる? 」

「あ、ごめん、何? 」

「もう! さっきからボーッとしてるけど、なんかあった? 」

「どうせ松田君が何かやらかしたんじゃないの? 」


 理沙の言葉に、麻衣子は曖昧な微笑みを浮かべた。


「何? とうとう浮気された? 」

「松田君が一年近く浮気しなかった方が快挙だって」

「いや、まだ決まったわけじゃないから……」


 麻衣子は、二人に慧の浮気を疑う根拠を話した。半分は考えすぎだよ! と言われるのを期待して。


「うわ~ッ! 真っ黒じゃない?しかも自分の誕生日にって、どんだけ自分にプレゼントあげてんのよって話し」

「私、松田君に聞いたげようか?ことと次第によっては、無理やり吐かせても……」


 理沙が拳を握りしめ、空気を切り裂くような正拳突きをきめる。


「いや、それは洒落にならないから止めとこうか。傷害事件になっちゃうから。でも、やっぱりアウトかな? 」

「「アウトでしょ! 」」


 理沙と美香は同時に答えた。


「あ、ごめん、ラインきた」


 理沙がスマホに目を落とし、眉をひそめた。


「たあ君からなんだけど、松田君が校舎裏で女子とイチャついてたってよ! 」

「なにそれ?! 」


 理沙が拓実先輩に電話をかけた。


『たあ君? 今のライン何? 』

『いや、松田が可愛い女の子とイチャついてたってだけだけど? 』

『うちの大学の子? 』

『いや、違うみたいだな。同郷って言ってたよ』

『どんな感じの子』

『どんなって、あんまりしっかり見てないけど……。黒髪ストレートで、ちょいタレ目のくっきり二重だったかな。全体的にフンワリしたお嬢様っぽいイメージで……巨乳だな。童顔に見えるけど、あれは僕より年上だね。たぶん人妻。結婚指輪してたから』


 見てないと言うわりには、しっかり特徴とらえてますけど……。


 麻衣子の中で、さっきの校門の女性と一致する。


「人妻~ッ! あいつ、本当に見境ないな! 」

「麻衣子、真っ黒だよ! 松田君……いや不倫ゲス野郎、ボコらないと気がすまない! 」

『りいちゃん? 今誰といるの?』


 スマホを握りしめてギャーギャー騒ぎだした理沙に、電話の向こうで拓実がオロオロしているようだった。


『ねえ、りいちゃんってば! 』

『ああ、たあ君、情報ありがとう! またね』


 一方的に電話を切る理沙に、すぐさま拓実から着信が入る。

 理沙は迷わず着信拒否すると、スマホを鞄にしまいこんだ。


「いいの? 」

「いいの、いいの。たあ君だし」


 理沙の拓実先輩の扱いがぞんざいだ。

 まあ、優劣で言ったら、理沙が100%尻に敷いているからだろう。

 ここまで強気でいける理沙が羨ましかった。

 麻衣子と慧では20%80%くらいだろうか? いや、最近は30~40%くらいには好かれ度合いが上がってきたかなと思っていたが、もし本当に浮気をしたのなら、それは麻衣子の思い上がりだったのかもしれない。

 どんどん気分がダウンしていく。


「どうする? さっき会ってたってことは、今浮気の真っ最中だったりしない? 」

「電話してみようよ! 」

「でないんじゃない? 」


 二人は当事者の麻衣子よりも怒りを顕にしているが、麻衣子は正直途方に暮れていた。

 昨日、釘をさしたはずだ。

 つまりは、麻衣子と別れるつもりの浮気だろうか?


 もし本当に別れるとしたら、まず住まいを確保しないといけない。

 引っ越しもただじゃない。

 敷金礼金、引っ越し費用。

 三ヶ月分くらいのお金がないといけない。

 もし家電とか新しくしないとなら、もっとかかる。

 しかも、時期も悪い。三月の末なんて、もういい物件はうまってしまっただろう。


 麻衣子はため息以外出てこなかった。


「私らで不倫ゲス野郎叩きのめしてあげるからね! 」


 どうやら理沙は、腕力に訴える気満々らしかった。


「まずは証拠集めないとじゃない? 電話なんかしたら、証拠隠すだけだよ」

「そっか、美香頭いいね」

「理沙が直接的過ぎるんだよ。」

「麻衣子がバイトの時とか浮気し放題なわけだし、その時に松田君をはればいいんじゃないかな? 」

「いいね! 」

「待って! ちょっと様子見たいかも。あたしも、まだ心の整理がつかないって言うか……」


 先走って行きそうな二人に、麻衣子はストップをかける。

 一週間後には春休みに入るし、もし浮気確定で別れるとしても、先立つものを用意し、物件もチェックしておかないといけない。


「じゃあ、あたしバイト行かないとだから……」

「うん、何かあったら相談してね! 私らは麻衣子の味方だからね! 」

「そうだよ、まい。男は松田だけじゃないし、いくらだって次はあるんだから」


 麻衣子は困ったように微笑むと、自分の分のお金をテーブルに置いて店を出る。

 バイトの時間にはまだ早かったが、一人で考えたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る