第60話 浮気相手とラブホテル
あいつ、何であんな話ししたんだ?
慧は昨日の夜の会話を思い出しながら、もしかしてバレた?! と、ドキドキしていた。
移り香のことも、背中の傷のことも、全く気づいていなかった慧は、バレるはずがない! と、たかをくくっていた。
あれからスマホの着信音を切り、バイブもなくした。いつ清華から連絡がくるかわからなったからだ。
ただ、着信時ライトがつくことだけは失念していた。
午後の講義の最中、慧はなんとなくスマホをチェックしていたら、ラインが入っていることに気がつく。
清華からだった。
慧はさりげなく隣りに座っている麻衣子を横目で見る。
授業中のみ眼鏡をかけている麻衣子は、熱心に黒板を写していた。
麻衣子から見えないようにラインを開く。
清華:今日会いたいな。
慧:今、授業中
清華:何時に終わるの? 終わったらうちおいでよ。
慧:16時だけど、今日は無理
用事があるわけではなかったが、さすがに二連チャンはまずい気がした。
なんとなく麻衣子の言動も気になるし、浮かれて清華に会ってたらいずれバレてしまうかもしれない。それは非常にまずい! 麻衣子と別れる気などないのだから。
「慧君、ノートとりなよ」
いつの間にかノートを書き終わっていた麻衣子が、慧のことをジッと見ていた。
慧はさりげなく身体をずらし、スマホを見ていたのを隠そうとする。その動きが不自然であることに、慧は気づいていない。
「テストの時はおまえのノート借りるからいい」
「貸さないよ。……嘘だけど」
講義が終わり、みなバラバラと教室から出ていく。今日はサークルの集まりはないし、後は帰るだけだ。
麻衣子は、夕方から居酒屋のバイトが入っている。いつもなら一度家に帰るが、今日は美香と理沙とお茶をしてから直に行くと言っていた。
一緒する?と誘われたが、女だけのところに男が一人混じっても居づらいだけだからイヤだと言っといた。
第一、美香も理沙も遠慮がないからあまり近寄りたくない。
麻衣子の引っ越しを手伝ってもらってから、妙にこの二人がつるみだしたのだ。
「松田君、帰って一人で何すんのよ? 」
「別に。ゲームでもしてっかな」
「なら、お茶すればいいのに」
「やだよ! おまえらうるさいから」
「あ、松田のくせに失礼じゃん!」
「松田のくせにってなんだよ? 」
途中までは一緒だからと、慧は麻衣子達と教室を出て、理沙にギャーギャー言われながら、校門までの道を歩いた。
校門まであと少しというところで、慧の足が止まった。
「俺、忘れ物したっぽい! 取りに戻るから、おまえらは行けよ」
慧は、校門に立っている人物をギョッとしたように見たが、その女の右手が上がりそうになるやいなや、すぐに視線を外して回れ右をして校舎に走った。
麻衣子達は怪訝そうに慧を見たが、すぐに喋りながら校門を抜けた。その際、校門にいた女性とすれ違った麻衣子が、わずかに眉を寄せる。
嗅いだことのある香り。
麻衣子は振り返って見たが、女性は校舎の方へ歩きだした後だった。
慧は、校舎を曲がるまでいっきに走ると、立ち止まって校門の方を向いた。麻衣子達は校門を抜けて出るところで、清華がにこやかに微笑みながらこっちに歩いてきていた。
「慧君ひどいわ。顔見た途端逃げ出すなんて」
「バッ! 大きな声で呼ぶなって! ってか、なんでここにいんだよ? 」
「だって、きてくれないって言うから、会いに来たのよ」
慧は清華の手を引っ張って、校舎の裏へ連れて行く。
「大学に彼女いるって言ったじゃん。彼女にバレたらやばいでしょ」
「あら、同郷の知人って挨拶するわよ。ダメなの? 」
「ダメに決まってるだろ?! 」
同郷の女の知り合いなんて、セフレしかいないし、麻衣子の認識だって同じだろう。
「もしかして、さっき一緒に歩いていた女の子達の中にいるわけ?どの子? 」
「いいだろ、誰だって」
「教えてくれてもいいじゃない」
清華は頬を膨らませ、身体をすり寄せてくる。
「……まあいいわ。とりあえず、行きましょ」
「行くってどこに? 」
「い・い・と・こ・ろ」
清華が慧の耳たぶを噛むしぐさをした時、 いきなり名前を呼ばれ、慧は硬直してしまう。
「松田? 」
ゆっくり振り返ると、女の子を数人引き連れた拓実が立っていた。
「拓実先輩」
拓実は理沙と付き合うようになってから、他の女子に手を出すことはなくなったが、常時数人の女の子をはべらかすようになった。
不特定多数が相手なら浮気ではないそうだ。
「見たことない女の子連れてるね」
「ああ、うちの大学じゃないですから。同郷の知り合いで……」
「そうだよね。 こんな可愛い子、知らないはずないと思ったんだ」
「あら、お上手ね。慧君のお友達? 」
「先輩。ほら、行くぞ」
清華が余計なことを喋らないように腕を引っ張り、清華は拓実にヒラヒラと手を振った。
「で、どこに行くんだよ? 」
「フフフ……」
電車に乗り、慧の駅を通り越し、昔麻衣子のアパートがあった駅も越える。
「清華のマンション?」
「違うわ」
清華の家の一つ前の駅で下りた。
清華は楽しそうに慧の腕に腕を絡め、豊満な胸をわざと押し付けるように歩く。
ついた場所は、二軒のラブホテルが並んだあの場所だった。
「入ろ? 」
清華が、麻衣子と入ったラブホテルに入ろうとしたため、慧は慌ててもう一軒のラブホテルに清華を引っ張る。麻衣子の誕生日に入ったラブホテルに入るのは気が引けた。
「こっち! こっちのがいいって! 」
「そう? 」
まあ、どっちも大差ない感じだった。ラブホテルの一室に入ると、清華は粘着質なキスをしてくる。
以前清華と関係のあった時は、数人のセフレはいても、清華メインで、清華の都合に合わせたSEXをしていたが、今はさすがにそれじゃまずい。
慧は清華の肩を掴んで清華を引き離した。
「清華、こういうのはまずいから」
「なぜ? 」
「大学にこられたり、本当に困るんだって」
「彼女にバレるから? やだ、慧がそんなこと気にするの? 」
「……」
「いいじゃない、バレたらバレたで」
「……」
「もし別れても私がいるわ」
「あいつと別れるつもりはないから」
「……まあいいわ。今はSEXしましょ」
清華は慧をベッドに押し倒し、清華主導で事が進んでいった。
「おい! ゴム! 待てってば! 」
「ねえ、中で出して……。お願い、中に欲しいの」
耳元で囁かれ、思わず背中にゾワッとする感じがしたが、慧が清華の要求をのむことはなかった。素早くコンドームをつけて、今度は慧主導で続ける。
休憩の二時間みっちりと身体を重ね、さらに延長した。
「ねえ、会えない間に彼女作るなんて、ずいぶんじゃない? 」
清華は三回目でやっと満足したのか、慧の腕枕でSEXの余韻に浸っていた。
「何言ってんだか。清華だって、引っ越してから一度も連絡してこなかったじゃないか」
「だって、会える距離じゃなかったし、会えないのに連絡なんて無意味でしょ? 」
この人はそういう人だ。
SEXに貪欲で、それ以外を求めることがない。だからこそ慧と相性が合ったわけだ。
「でも、これからは頻繁に会えるわけだしね」
「あのさ、頻繁には無理だって」
「嫌よ。この二年半、慧とできなくておかしくなりそうだった。欲求不満で、夫ともギクシャクするし」
「旦那とヤればいいだろ? 」
「セックスレスだもの。子作りの時以外してないわ。しかも、子供を作るのが目的だから、楽しくもなんともない」
いつもフンワリと笑っているように垂れている清華の目が、珍しく険しくなっている。
SEXに奔放な清華にとって、義務でするSEXは苦痛でしかないのかもしれないと思った。
子供か……。
子供が清華にできれば、確実に清華とは疎遠になるだろうし、それまでの間この関係を楽しむのも悪くないかもしれない。
ただ問題は、麻衣子にバレないようにするということだ。
もうバレているとも知らず、呑気な慧だった。
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