第214話 番外編 恭子先生修行中 1

「とりあえず、自己紹介しようか。僕は曉学園高等部二年海江田信也かいえだしんやです。サッカー部に入ってます」


 ファミリーレストランはそれなりに混んでいて、席に通されるまで三十分近く待たされ、なんとなく男子女子に別れて時間を潰していたのだが、席につくと向かい合って座ることになり、最初の一言を海江田が切り出した。


「同じく高等部二年、松枝太一まつえだたいち。サッカー部です」

「同じく高等部二年、中西進なかにしすすむ。サッカー部」


 みな、スポーツ刈りで黒く日焼けしており、そこそこのイケメン。ただ恭子にはみな同じようにしか見えなかった。


「じゃあ、女子は私から。矢野美佐江やのみさえです。赤蘭学園中学校三年で、部活はソフトテニス部です。はい、次、雅子」

安藤雅子あんどうまさこ中三。美佐江とこっちの恭子とは幼稚園からの同級生です。あ、部活は書道部です」

「へぇ、字うまい女の子っていいよね」


 海江田が雅子を誉め、美佐江はあからさまに不機嫌な表情になった。


「ごめんね、私、丸文字で」

「いや、あれも可愛いと思うよ。最後は君だね」

「高林恭子、中三、化学部です」

「化学部って何するの? 」


 海江田は仕切り馴れているのか、女の子馴れしているのか、ごく自然に話しかけてくる。


「主に実験です。炎色反応を試したり、いろんな結晶を作ったり。この間はラムネ作りました」

「へぇ、あんなの作れるんだ。手作りのラムネ、今度食べてみたいな」

「はあ……」


 男子達はコンパに馴れているのか、みな喋り上手で六人でワイワイと時間が過ぎ、いつの間にか二時間がたっていた。

 特に誰と誰がペアという感じもなく、自然と仲良くなった感じで、女子校育ちの三人も初合コンという気負いも店を出るときにはなくなっていた。


「とりあえず今日は解散ってことで。次はみんなで遊園地でも行かない? 」

「賛成! 賛成! 」


 美佐江がすぐに海江田に同調した。


「じゃあさ、みんなで連絡先交換しようよ」

「え……、私と信也君が連絡とるんじゃ駄目なの? 」


 信也はウーンと右斜め上を見ると、ニカッと白い歯を出して笑った。


「それでもいいけどさ、みんなの知ってたらなんかあった時に便利じゃん」


 なんかが何なのかわからないが、海江田がそう言うならと、美佐江は渋々全員と連絡先を交換する。雅子と恭子も交換した。


「じゃあ、美佐江ちゃんと進は徒歩だよな。後は電車か。じゃあ、また」


 海江田はまだ一緒にいたそうにしている美佐江の方へ中西を押しやると、電車組は行こうぜと歩き出してしまう。

 駅につくと、何故か海江田は恭子と同じホームにきた。逆のホームでは雅子と松枝が手を振っている。

 恭子も笑顔で手を振り返すと、戸惑ったように海江田に話しかけた。


「あの……海江田君もあっちのホームじゃないの? 」


 美佐江と電車で会ったのだから、家は雅子達の方面の筈だ。


「ああ、ばあちゃんちに行くから」

「そう……なんだ」


 さっきまでは普通に会話もできたが、二人っきりになるとついモジモジとしてしまう。


「恭子ちゃんも、信也君って名前で呼んでよ。名字って呼ばれ馴れてないから、何か変な感じ」

「……信也……君? 」

「良くできました」


 海江田は、ごく自然に恭子の頭をポンポンと撫でた。真っ赤になる恭子に、海江田は破顔する。


「アハハ、恭子ちゃんマジ可愛いね」

「そんな……」

「なんかさ、男馴れしてないからフラれちゃったんだって? こんな可愛い子フルなんて、そいつ目が腐ってんじゃない? 」

「フラれた訳じゃ……」

「そうなの? じゃあ付き合ってる彼氏いる訳? 」

「それは……いないです」


 家庭教師も終わってしまい、連絡がとりようもないし、修平からも連絡はきていなかった。こういうのは、付き合っているとは言えないだろう。あの時、修平を突き飛ばしさえしなければ……と、後悔してもしきれなかった。


「美佐江ちゃんから色々聞いたんだけどさ、男性馴れしたいんだって? なら、僕が協力してあげるよ」

「協力? 」

「ああ、とりあえず……」


 修平は、そう言って恭子と手を繋いだ。


「あ……あの……」


 修平は美佐江の好きな人だし、いくら男性に馴れる為だけとはいえ、触れ合うのはどうかと思った。思ったが、離してと強く言うこともできずに、困ったように海江田を見つめた。


「ハハ、役得だよな。こうやって少しづつ距離を縮めていけば、きっといつか好きな奴とキスできるようになるって」


 海江田は人前で手を繋ぐのが恥ずかしくないのか、力強く恭子の手を握り離してくれなかった。


 二駅電車に乗り、二人で電車を降りた。


「おばあちゃんちって飯田橋? 」

「いや、ばあちゃんは埼玉にいる。もう一人は新潟」

「だって、おばあちゃんちに行くって」

「行くよ。いつかね」


 海江田はシレッと言うと、ちょっと散歩しようよと恭子の手を引っ張った。

 飯田橋から電車から見えた土手を歩く。


「うち、逆なんですけど」

「いいじゃん。まだ明るいし。ここ、歩きたかったんだよね。いつも電車から見ていたから。桜の時期とか綺麗じゃん」

「春から夏にかけては毛虫が凄いですよ」

「ああ、確かに。その時期は歩きたくはないなぁ」


 今では毛虫が落ちて歩けない……ということはないようだが、恭子が子供の時は道が毛虫で埋まるくらい毛虫が落ちてきていた。恭子が小学生の時など、歩くのが嫌でローラースケートをはいて滑って美佐江の家まで行ったこともあったくらいだ。(恭子は自転車に乗れない)毛虫を踏みたくないからだったのだが、それだけ落ちているということは、上からも降ってくるという事実を失念していた恭子だった。幸運にも、毛虫のシャワーは経験せずにすんでいたが。


「ちょっと座る? 」


 土手から電車を見下ろす位置のベンチに腰を下ろした。恭子が座ると、海江田は太腿が触れそうなくらい近い距離に座り、さりげなく恭子の座ったベンチの背もたれに手を回す。実際に肩を組まれた訳ではなかったので、恭子は距離を取り直すこともなく、少し緊張気味に身体を固くした。


「リラックスだよ。これはその為の練習なんだから」


 練習か……。


 恭子はどちらかと言うと真面目で、勉強も予習復習をしっかりやるタイプだった。コツコツ努力型の秀才タイプというやつだ。


「こうしていれば、男性に馴れるでしょうか? 」


 恭子は堰を切ったように、修平との間にあったこと(恭子主観であり、事実とはまた別)を話し出した。

 美佐江には悪いが、もし次に修平に会った時の為に、少しでも男性に馴れて突き飛ばすなんて愚行をおかさないようにしたかった。できたら、修平にキスを求められたら応じられるくらいにはなっておきたかったのだ。

 それがいつくるかはわからないが、それまでにきっちり予習を済ませて、二度と同じ過ちを繰り返さないようにしなければならない。


 真剣な表情で見上げる恭子に、海江田はゴクリと唾を飲み込む。


「もちろん! 俺も手伝うのは吝かではないし」


 海江田の顔がジワジワと近づいてきて、あと一歩! というところで恭子は「無理!! 」と叫んで海江田を突き飛ばす。ベンチから転がり落ちた海江田に、慌てて恭子が手を差し出すと、海江田は怒るでもなく笑顔で立ち上がった。


「これでいいんだよ。続けてれば絶対に馴れるって。今、十センチくらいだったかな? どんどん短くしてけばいいんじゃない? まあ、いきなりキスは無理あるから、まずは手繋ぎ、ハグからからな」


 どんどん短く……0になったらまずいような気もするが、これも修平の為の練習ならば……と、恭子は何度もうなづいた。



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