第21話 やきもち

 慧が久しぶりに自分のアパートに戻ってゲームをしていると、スマホのラインが鳴った。


 スマホを開くと、美香からのラインが入っている。


 美香:コンパ開始! 爽やかサラリーマンって感じだよ。明らかに麻衣子狙いだね。松田君、負けてるって感じ?


 うるせーよ!

 何が負けてるって感じだ!


 慧は、既読だけつけて返信しなかった。


 美香:麻衣子、誕生日だったんだって? 矢野さんにピアス貰ってたよ。凄いセンスいい! むちゃくちゃ可愛いやつ。松田君、出遅れてるよ。


 まじウゼーッ!


 美香:ウワッ、誕生日ケーキまででてきた。写メ送りま~す。


 麻衣子が照れ笑いしながら、ロウソクの火を吹き消す写メが送られてきた。

 なんか楽しそうでムカつく。


 二時間の間、ちょこちょこ美香から実況中継のようなラインが入り、慧はイライラしながらもしっかり読む。

 たまに写メが送られてくるのだが、真面目そうな男が、デレデレしながら麻衣子と話していて、麻衣子もまんざらでもなさそうに楽しそうに笑っていた。


 本当、学習しねぇ奴!

 こいつ、下心ありまくりじゃねぇか! 見てわかんだろ?


 ゲームはついているだけで、慧はスマホを睨み付けていた。


 美香:お開きだよ。うちらは二次会に行ってきま~す。まいは矢野さんと帰ったよ。


 ハア?

 何ふざけたこと言ってんの、この女!

 なんで二人で帰すんだよ?

 意味わかんねぇ。


 完璧にやきもちをやいているのだが、ひたすらに美香を罵倒することで怒りの矛先をかえる。

 慧はゲームの電源を落とし、部屋の電気も消した。

 とりあえず、麻衣子のアパートに帰ることにしたのだ。


 怒りで足早になりながら、電車に乗った。


 麻衣子のアパートにつくと、まだ麻衣子はついていなかった。

 合コンの場所から寄り道せずに帰れば、今頃駅についているはずで、あと二十分もすれば帰ってくるだろう。


 麻衣子は三十分後に帰ってきた。


 微妙だな、こいつ!

 ヤレはしないだろうけど、キスくらいしてきたんじゃないだろうな?


「ただいま~。慧君、家にずっといたの? 」


 麻衣子は、部屋に入るとすぐに台所で化粧を落としだしたので、口紅の状態をチェックできなかった。


 慧は、麻衣子の後ろから抱きついた。

「顔洗ってるから待って」

 麻衣子から、男物の香水の香りがわずかに香った。


 残り香とか、まじあり得ねぇ!


 本当は、あり得ないと思っている自分にイラついていた。


「風呂入るぞ」

「ああ、うん」


 麻衣子は、ピアスを外して台所に置いた。慧は、そのピアスをチラッと見る。それなりに値段がしそうに見えた。


「おまえさ……」

「なに? 」

 麻衣子の頭を洗いながら、慧は言い淀んだ。

 麻衣子は、泡で開けづらい目を開き、慧の様子を伺う。


「どうしたの? 」

「明日、暇か? 」

「明日? レポートやろうかなって思ってたくらい」

「それなら写させてやるから、今晩やっちまえ。明日、付き合えよ」

「それはいいけど、どこに? 」


 慧は答えなかった。

 答える代わりに麻衣子の身体をまさぐり、風呂場で一回戦を終え、お互いの身体を洗い終わると、素っ裸のまま部屋に戻った。

 部屋着に着替え、テーブルの前に座ってレポートをやり始める。

 慧のレポートはかなりしっかり調べて書き上がっていた。そのまま写すわけにはいかないので、多少アレンジを加える。といっても、麻衣子はレポートの内容すら理解しておらず、慧が言うことをひたすら書いているだけなのだが。麻衣子も故郷の学校では成績は良い方だったが、慧は明らかに進学校でもトップクラスだろう。


「慧君って、頭いいでしょ? 」

「なんで、普通だろ? 」

「ところでさ、書いてる時にお尻揉むの止めてくれない? 集中できない」

「考えてんの俺だし。おまえ、俺の言うこと書いてるだけじゃん」


 慧は、麻衣子の尻だけでは我慢できなくなったのか、胸にも手を伸ばしてくる。


「ダメだってば、字が歪んじゃうでしょ」

「集中しろよ」


 後は文献を書き写すだけだ。

 ここまでくると、慧の手の動きは容赦なくなってくる。

 今まで、考えながらなんとなく麻衣子の身体をまさぐっていたのが、麻衣子にだけ集中し始めたからだ。


 麻衣子は、慧の手をブロックしつつ、なんとか最後の一文字を書き終える。


「もう! 意地悪なんだから。わざとやってるでしょ」

「別に、俺の手を振りほどけばいいだけだろ」


 慧は、麻衣子がそうできないのは知っていた。たぶん、慧が初めての相手だからか、元から受け身体質なのか、麻衣子はどんな無茶な要求も、拒絶することはなかった。寝ている時以外、慧の誘いを断ることもない。


「片付けてからにしてよ」


 そう言いながらも、麻衣子は押し倒されるままに足を開く。


「おまえ、イヤらしいよな」

「変なこと言わないで」

「誉めてんだぜ。俺、イヤらしい女大好きだし。もうちょい、声出してもいいんじゃね? 」

「無理、ここ壁薄いんだから」


 確かに、隣りの部屋の生活音などは筒抜けだ。


「……慧君」


 それなりに気分ものってきた麻衣子の切ない声に、慧は麻衣子の耳に口を寄せた。


「おまえ、今日は楽しかったか?

 」

「え? うん、まあ……」

 

 慧の冷たい視線に、麻衣子は戸惑いを覚えた。

 慧は、考えれば考えるほどムカムカしてきて、麻衣子から身体を引くと、布団をひっぱりだしてふて寝した。中途半端に放置された麻衣子は、下着をつけて慧の方ににじり寄った。


「慧君? 寝ちゃうの? 」


 麻衣子の不安げな声に、慧は返事をすることなく背中をむける。

 明らかにやきもちをやいている自分が、小さくて男らしくなく思えた。


 なら、告れよ! って話しだよな。

 でも、今さらどうすりゃいいんだよ!


 女性経験だけは豊富な慧だが、特定の女性との交際経験は皆無だったのだ。

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