第20話 合コン

「多英ちゃんで~す」

「美香です」

「麻衣子です」


 居酒屋というにはお洒落な飲み屋の個室で、3×3の合コンが始まった。最初はビールで乾杯し、コース料理がでてくる。


「そっちの端から先輩の市島敦いちしまあつしさん、真ん中が後輩の川口剛志かわぐちたかし、僕は矢野圭吾です」


 矢野達は社会人だけあって、落ち着いていて、多英達がいつもしている合コンとは全く違っていた。

 同じ社会人でも、チャラチャラしている林達とも違い、凄く紳士的というか、飲み方も落ち着いていて、会話もスムーズだった。


「席替えしましょ! あたし、敦さんの隣り! 」

 多英が自分の飲み物を持って、市島の隣りに陣取る。押し出された形で、川口が美香の隣りに移動してくる。


「多英ちゃん、積極的だね。僕もまいちゃんの隣りに行ってもいいかな? 」


 矢野が麻衣子の隣りというか、お誕生日席に移動してくる。


「これ、誕生日プレゼント。もらってくれる? 」

 矢野が小さな包みを麻衣子の前に置いた。

「え、悪いです」

「いや、ピアスだし、もらってもらわないと困る。僕穴あいてないから」

「なに? まい誕生日なの? 」


 美香が初耳だよと麻衣子をつつく。


「三日前ね」

「やだ、言ってよ! 矢野さんは知ってたんだ」

「たまたまね。まいちゃんのバイト先に飲みに行ったときに聞いたんだ。安物で悪いけど」


 プレゼントの包装を破かないように開けると、中には可愛い箱に入ったピアスが入っていた。赤い石が三連ついていて、スイングするようになっている。


「可愛いじゃん! まい、つけてみてよ」


 麻衣子がピアスをつけてみたとき、いきなり部屋の照明が落ち、

 ハッピーバースディの歌を歌いながら、ロウソクに火がついたケーキを持って入ってきた。


 おめでとうの声と、火を消すように促され、麻衣子は照れながらロウソクの火を吹き消す。


「矢野さん、やるじゃん! サプライズなんて、女心がわかってるね」

 美香がニヤニヤ笑いながら言うと、矢野は照れたように赤くなる。

「ポイントゲットできたかな? 」

「できたできた! ね、まい? 」


 麻衣子は、困ったように微笑む。

 それからケーキをみんなで取り分け、デザートとして食べた。


 美香がトイレに立ち、麻衣子も少ししてからトイレへ行った。

 ちょうどトイレから出てきた美香と重なる。

「ね、矢野さんっていい人そうじゃん」

「そうだね」

「まいに本気っぽいね」

「かなあ? 」


 麻衣子がトイレから出ると、美香がスマホを片手に麻衣子を待っていた。


「矢野さんと付き合っちゃえば?

 美香はスマホをいじりながら言った。


「でもな……」

「なに? やっぱ松田君が気になるわけ? 彼氏できたって言えば、けっこうあっけなく離れてくんじゃない? 松田君は、誕生日なんかしてくれたの? 」

「ラブホに連れて行ってくれた……かな」

「なんじゃそれ? 自分が、やりたいだけじゃん? 」


 美香が笑うと、麻衣子は頬を膨らませる。


「でも、誕生日のお祝いだと思うし……」

「あんたが好きならいいけどね、矢野さんのが優良物件だと思うけどな。じゃ、あたしは多英が暴走してないか心配だから戻るね」


 美香がトイレから出ていき、麻衣子はスマホを開いた。

 慧からの連絡はない。


 今日は美香達と飲みに行くとは言ってあったが、合コンだとは伝えていなかった。


 もしかして、またセフレと会ってたりしないよね?


 麻衣子は鏡の中の自分の顔を見つめた。

 耳には矢野から貰ったピアスがついている。なんとなくしっくりこない気がするのは、麻衣子の気持ちの問題だろう。


 合コンの個室に戻ると、多英は市島にべったりくっついていたし、美香はそんな多英を嗜めながら川口と楽しそうに会話していた。

「まいちゃん、そろそろお開きなんだけど、どうする? 」

「あたし、今日はもう……」

「じゃ、僕も。先輩達はどうしますか? 」

「あたし、もう少し敦さんと飲みたい! 」

「じゃあ、少し行くか? 」

「あたしも行く。川口さんも行こう。多英を野放しにできないから。市島さんが多英をお持ち帰りするつもりなら帰るけど」

「いや、さすがに犯罪だろ? 十代相手にしたら。じゃあ、四人で行くか? 」

「多英、二人がいいのに~」


 矢野がお会計をすませ店を出ると、多英達は次の店に向かい、麻衣子と矢野は駅に向かった。

 最寄り駅は一緒になるから、同じ電車になる。

 電車はかなり混んでいた。


「ごめんなさい、ファンデついちゃう」

「かまわないよ。そんなに踏ん張らなくてもいいって」


 矢野は、麻衣子に触ることなく、さりげなく立っていられるスペースを確保してくれる。


「捕まってもいいよ」

 つり革が遠く、電車が揺れる度に矢野にぶつかりそうになっていると、矢野が麻衣子の手を取って自分の腕にかけた。


「すみません」

「役得だね」


 ニッコリ笑う矢野の顔はやはり赤い。

 矢野からは男性用の香水の香りがした。さりげない香りが、妙に心地よかった。

 電車の揺れと、落ち着く香りに、麻衣子はウトウトし始めてしまう。


「よっかかっていいよ」

 矢野は、麻衣子が倒れないように支えながら、麻衣子に肩を差し出す。

 気がつくと、麻衣子は矢野に寄りかかって器用に寝始めた。


「まいちゃん、ついたよ」


 矢野の声にハッとして目を覚ますと、すでにあまり混んでいない電車で、矢野に抱きつくように眠っていた。麻衣子が倒れないようにか、矢野の両手は麻衣子のウエストに手を回していた。


「ごめんなさい! 」


 矢野は、麻衣子から手を離すと、真っ赤な顔で照れたように笑う。


「マジで役得。ってか、まいちゃん器用だね。立ったまま寝れる人、初めて見たよ」

「ウワーッ、恥ずかしい。昨日ちょっと寝不足で」


 寝不足の原因はもちろん慧だ。


「あのさ、もし良かったら、少し飲まない?ほら、大将のとこで。ここなら最終とか気にしないでいいしさ。本当は、うちに誘いたいとこだけど」

「うーん、ごめんなさい。レポート書かないといけなくて……」

「そっか。いや、いいんだよ。じゃあ、また途中まで送らせて」


 矢野は、十分間麻衣子の家への道のりを一緒に歩いた。


「あのさ、そのうち家まで送らせてもらえるかな? 」


 麻衣子は矢野を見上げた。

 矢野はいい人みたいだし、きっと凄く優しい彼氏になるだろう。

 でも……。


「ごめんなさい。あたし、好きな人がいます」

 麻衣子は素直に言った。

 気のある素振りをして、矢野を振り回したくはなかったからだ。


「うん、前にも聞いたから知ってる。でも、彼氏じゃないんだよね? 」

「そう……ですね」

「なら、僕にも少しは希望を持たせてよ。暇潰しでいいからさ、デートとかしてくれると嬉しい」

「それじゃあ、あたしに都合が良すぎるっていうか……」

「いいんだよ。僕も下心ありまくりなんだから」


 麻衣子はクスリと笑う。


「矢野さんに下心って、なんか似合いませんね」

「僕も男だからね。好きな女の子には下心いっぱいだよ。今だって、手を繋ぎたいなとか、隙を狙ってるんだから」


 矢野の顔は相変わらず赤い。

 たぶん、かなり無理して麻衣子を口説いているようだ。


 年上の男の人だが、可愛いなと思えた。


「あの、この辺で……」

「そうだね。じゃあ、家についたらラインして」

「はい。じゃあ、今日はご馳走さまでした」

 麻衣子はお辞儀をして、矢野に手を振った。


「お休み」


 矢野は素直に引き返して行く。

 麻衣子もアパートに向かって歩きだした。

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