第22話 初デート

 昼前に起きた麻衣子と慧は、朝食兼昼食を食べ、出かける支度をしていた。


 麻衣子は、台所に置きっぱなしにしていたピアスをアクセサリーボックスにしまうと、いつもつけているピアスをつける。

 これで麻衣子が昨日貰ったピアスをつけようもなら、慧は不機嫌になりアパートから出なかったかもしれない。

 また、念入りに化粧している麻衣子を見て、口では早くしろよ!

とか言いながら、昨日とは違いご機嫌な様子でスマホをいじっていた。


 麻衣子にしても、どこに行くかわからないが、初めての慧との外出だからつい気合いが入ってしまう。

 ズボンとスカートで迷ったが、慧と一緒だし、お気に入りの淡いグレーのフレアのミニスカートを履き、レモン色のキャミソールに白い半袖レースのカーディガンを羽織った。


「できたか? 」

「うん。変なとこない? 」

「顔」

 麻衣子が膨れっ面をすると、慧は麻衣子の頬を突っついた。

「行くぞ」


 アパートから出ると、慧が手を差し出してきた。

 キョトンとしてその手を見ていると、怒ったように慧は麻衣子の手を握り、恋人繋ぎをしてズンズン歩きだした。


 手…繋いでるよ!


 大学に行くときも、一緒にアパートを出ても、勝手に歩いていってしまう慧だ。手なんて繋いで歩いたことがあっただろうか?しかも恋人繋ぎなんて。


 慧にしたら、手を繋いで歩くなんて恥ずかしいことこの上ないのだが、告るのはもっとずっとハードルが高く、とりあえず態度で示すことにしたのだ。

 大学でも、周りから固めていこうと思っていた。


 そんなことを知らない麻衣子は、色んな意味でドキドキしていた。

 一番はもちろん嬉しいドキドキだ。でもそれと同じくらい、上げといて落とされるんじゃないかという恐怖もあった。昨日みたいに、いきなり意味も分からず拒絶されたら、喜んだ分だけダメージが大きいだろうから。


 電車に乗り、大学のある駅で降りる。


「大学に行くの? 」

「いや。とりあえずは買い物」


 駅ビルには色んな店が入っていて、都内に行かなくても買い物には困らなかった。この辺りは麻衣子達の大学の生徒達も大勢下宿しているため、若者にターゲットを絞った店も多い。


「何買うの? 」

「決めてない。おまえは買いたいものとかないの? 」

「あたし? この間洋服買ったから、お金ないんだよね。特に欲しい物もないかな」


 慧はチッ! と舌打ちする。


 エッ? なんで舌打ち?


 舌打ちされる意味がわからず、慧の顔色を伺う。銀縁眼鏡の奥の切れ長の目が、不機嫌そうに目頭に力が入っていた。


「まあいいや、とにかく見て回るぞ」


 慧は手を繋いだまま、麻衣子を引っ張るように駅ビルに入る。


 今日は日曜日だが、きっと大学の生徒達もいるだろうし、もしかしたら知り合いに会うかもしれないい。


「慧君、知り合いに会うかもしれないよ。大学の近くだし」

「そうだな」


 慧がどういうつもりかわからないが、手を離す気はないようだ。


 もし関係を聞かれたら、なんと答えるつもりなんだろう?

 まさか幼稚園児じゃあるまいし、おてて繋いでお友達ってこともないよね?


 まさに、慧が狙っているのはそこでもあった。

 付き合ってるの? と聞かれたら、さらっとそうだと答えるつもりだった。麻衣子に告ることなく、関係性をアピールできるからだ。

 麻衣子も今さら違うよとも言わないだろうし、麻衣子にもあたし達付き合ってたのねと認識させられると思った。

 男らしくないと言えばらしくないが、言えないんだからしょうがないと、慧は開き直っていた。


 慧は、自分が買い物に誘ったというのに、見るのは女物のアクセサリーや洋服ばかりで、麻衣子はさすがに疲れてきた。

 麻衣子は女子のわりにウィンドウショッピングが好きではなかった。買い物は買う物を決めて、あまり色々見て回らず、即決即買いするタイプだったからだ。


「慧君、女物はいいからあなたの買いたい物を見に行こうよ。で、何を買いたいの? 」


 慧はブスッとして答えない。

 それでもジーッと見ていると、小さな声で呟いた。


「首輪」

「首輪? 犬とかの? それじゃ、ペットショップじゃないの? 実家で犬とか猫を飼ってるの? 」


 動物を飼っているというのは初耳だったし、あまりペットを可愛がるイメージでもないと思うのだが……。


「飼ってない」


 意味がわからなかった。


「なんでもない。茶でもするか」


 慧は麻衣子の手を引っ張って、屋上にあるビアガーデンに向かった。


「お茶じゃなかったの? 」

「たまにはいいだろ」


 この際、酒の力を借りて、麻衣子に誕生日プレゼントを買おう!

酔っ払ったノリってことで! ……と、とことん男らしくない慧であった。


 ビアガーデンは、まだ夕方というには早いくらいなのに、すでに賑わっていた。昼から飲んでいるグループもいるのか、すでに泥酔一歩手前といった人達もチラホラ見られる。


 慧達はビールとつまみの枝豆を片手に、空いている席を探した。四人掛けとかはうまっており、大テーブルに相席みたいな形になってしまう。


「ここいいですか……って、拓実先輩? 」

「あれ、まいちゃんに松田じゃん」


 空いている席に荷物を置こうとしたら、目の前にサークルの先輩の拓実と、同級生で同じサークルの林理沙が座っていた。

 理沙は、新歓コンパのときに慧に麻衣子を押し付けた張本人だ。

 慧と麻衣子のキューピッド……と言えなくもない組み合わせではあったが、明らかに不釣り合いな組み合わせに、麻衣子と慧は顔を見合わせた。



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