第23話 意外な組み合わせ
慧と麻衣子は、拓実と理沙を交互に見て口をポカンと開けた。ある意味、慧と麻衣子よりも意外な組み合わせである。
「ああ、バレちゃった。だから、大学の近くは嫌だって言ったでしょ! たあ君と知り合いだって広まったら、私の人間性が疑われちゃうじゃない」
「りいちゃん、それはあんまりだよ」
たあ君にりいちゃん?!
この二人……。
「えっと、二人はずいぶん親しそうですけど? 」
「気のせいよ! 」
理沙は大学では拓実のことを西田先輩と呼んでいるのだが、お酒も入り気が緩んでいたのか、愛称で呼んでいることに気がついていない様子だ。
拓実は女の子は全員名前呼びなので、特に違和感はないのだが。
「幼なじみなんだ。付き合ってる」
「違うでしょ! 付き合ってたのは三年前まで。今はただの知り合い! だいたいね、相田さんと付き合ってるんじゃないの? 」
拓実は理沙の腕を掴んだ。
「違うって! あれは花怜が勝手に言いふらしてるだけで……」
「沢田先輩と二股かけてるって聞いたけど? 」
それ、現場を目撃しました……とも言えず、ギャーギャーもめだした二人の前の席に腰を下ろした。別の席に移動できたら移動したかったが、今さらそういうわけにもいかない。
「たあ君の浮気癖にはウンザリなの。絶対彼女には戻りません! ねえ、徳田さんだって、こんな男嫌でしょ? ヤった相手はみんな、たあ君の彼女だって思ってるんだからおめでたいわよね。何人彼女がいるんだか」
麻衣子は相づちも打てず、微妙な表情で笑うしかなかった。
慧と関係を持つ前は、拓実に憧れていたなんて、絶対に言えない。
「だから、彼女はりいちゃん一人だって」
「私は彼女じゃない! そう、セフレよセフレ」
理沙も酔っ払っているのか、堂々とセフレ宣言をし、ビールをいっきに飲んだ。
「お代わりもらってくるよ」
拓実はビールを頼みに行き、理沙は拓実の残ったビールも飲みほしてしまった。
「誰とでも寝るような男、彼氏になんかできるかっての。ねえ、徳田さん」
「まあ、そうよね」
麻衣子も、慧のセフレの存在が頭をかすめた。
わずかに冷めた麻衣子の視線に、身に覚えがないとは言い難い慧は、居心地悪そうに咳払いをする。
「なんだ、先輩のは病気みたいなもんだし……さ」
意に沿わず、慧は拓実の弁護をするような立ち位置になってしまう。
「そうね。だから、私は病人の世話なんかするつもりはないのよ。わりきった関係がベストなの」
そんなものなのかな?
「うん、まあ、林さんの言いたいことはわかるよ」
慧はわかるんかい?! と、ギョッとしたふうに麻衣子のことを見た。
慧にしたら、かなりまずい展開だ。
「徳田さん、わかってくれる?!
ね、徳田さんの下の名前なんだっけ? 」
「麻衣子よ」
「麻衣子って呼んでいい? 私は理沙でいいよ。実はさ、新歓の時、麻衣子を松田君に押し付けちゃって、まずかったかなって思ってたんだ。たあ君から、松田君と麻衣子が親しげだって聞いて、あの時くっついたのかなってさ」
まさにその通りです……とも言えず、麻衣子は曖昧に微笑む。
「松田君って見た目はこんなだけど、実は女に不自由しないタイプでしょ? 」
「なんでわかるの? 」
麻衣子は驚いたように言い、慧はそこは肯定しないでくれと天を仰いだ。
「俺、ビールお代わりしてくる。麻衣子は? 」
「お願い」
慧は情けなくも退散し、麻衣子は理沙ににじり寄った。
「そうなのよ。セフレとかいるみたいなの。わかるもんなの? 」
「そりゃね、たあ君を長い間見てるもの。女に不自由してるかしてないかなんて、ちょっとした目の動きでわかるよ」
麻衣子は、理沙にリスペクトの視線を注ぐ。
空になったジョッキを弄びながら、理沙も満更でもなさそうに目を細めた。
「麻衣子は、松田君と真逆でしょ。大学デビュー? みたいな感じ? 見た目はあれだけど、実は地味で真面目だよね。几帳面なA型タイプ」
「当たり! なんでわかるの?! 」
知られたくない自分ではあるが、ズバズバ言い当てられ、思わず頷いてしまう。
「人間観察が趣味なの」
「凄いね」
「で、あれがきっかけで二人は付き合いだしたわけ? 」
まさに、慧が求めていた質問を理沙がしてきた。
しかし、その時慧は拓実とビールを買う列に並んでいて、聞こえてすらいない。
麻衣子は首を傾げ、どうかな……と呟いた。
「あたしもセフレみたいな感じかな。よくわかんないや」
「麻衣子はそれでいいの? 」
突っ込んでくる理沙に、麻衣子の瞳が揺れる。
「そりゃ、他のセフレの影とか見えたら嫌な気持ちにはなるけど、毎日一緒にいるし……。彼女になりたいとか言って、うざがられたらイヤだもん」
「ウワッ! まじ可愛い。麻衣子って、ギャップ萌えしまくり」
理沙が慧の席に移動してきて、麻衣子に抱きついてきた。
「あんたら、何してるの? 」
お代わりのビールを持ってきた拓実と慧が、呆れたように麻衣子達の前にビールを置く。慧はしょうがなく、拓実の隣りに座った。
「拓実先輩、林の奴酔いすぎじゃないですか? 」
「うん……まあ……、あれでまだほろ酔いくらいなんだよね。何気にかなりなウワバミで」
「いつから飲んでるんですか? 」
「昼から」
そう言えば、新歓コンパの時、ずっと飲んでいた割にはケロッとしていたっけ。昼からだと、すでに三時間以上飲んでいるわけで、よくお金が続くなと、慧は拓実の財布事情に感心した。
「りいちゃん、かなり酔わないとやらせてくれないからさ」
拓実は慧の耳元で囁く。
なるほど、それで自分は烏龍ハイに見せかけた烏龍茶にしてるわけかと納得する。拓実は、ビールを止めてジョッキで烏龍茶を頼んでいたのだ。
飲み過ぎたら勃たないからだろう。
ヤルためには散財も惜しまない拓実のアグレッシブさに、呆れるを通り越して称賛したい気持ちになる。
「家で飲めばいいのに」
「バカだな。家飲みだと、いかにもヤルだけが目的みたいじゃないか。他の女ならいいけど、りいちゃんは特別だから、ちゃんとデートして、雰囲気作らないとね。本命とその他大勢を一緒にしたらダメだろ」
その前に、本命がいるのにその他大勢がいたらダメだろ……と思いながら、人のことを言えた義理じゃないので黙っておく。
それにしても、女関係グズグズだと思っていた拓実にも、好きな女がいたことに驚いた。しかも、考える方向は間違っているようだが、一応は理沙のことを一番に扱っているようだ。
理沙にしても、同じ大学の同じサークルに入ってくる辺り、拓実のことを好きな気持ちはあるのだろう。
「セフレ関係同士、今日は一緒に飲もう! 」
理沙の発言に、慧はむせかえってしまう。
「大丈夫? 」
心配そうな麻衣子の代わりに、拓実が慧の背中を叩いてくれた。
「なんだ、二人はやっぱりそういう関係なのか? 」
「……( いや、ちげえし! )」
慧の思惑とは真逆に話しが進んでいき、慧は肯定も否定もせずにビールを煽る。
「たあ君、麻衣子は友達になったんだから、手出さないでよ! 」
「うーん、残念だけど、りいちゃんの友達ならしょうがないか」
もう、すでに一回押し倒してますよね?
慧君のおかげで未遂( 触られはしたけど )で終わったけど。
麻衣子は頭の中でツッコミを入れながら、二人のやり取りを見ていた。
「そうだ、まいちゃんこの間誕生日だったんだよね。おめでとう」
「そうなの?ってか、なんでたあ君が知ってるのよ」
「そりゃ、可愛い女の子の誕生日は全部頭に入ってるよ」
このマメさが、見た目以上に女の子を惹き付けるのかもしれない。
「じゃあ、松田君はお祝いしようと思って、ここにきたんだ」
「いや、慧君の買い物の付き合いだよ」
まさか、自分へのプレゼントを買いに連れてこられたとは知らない麻衣子は、理沙の発言を否定する。
結局この日は、なぜかこの組み合わせでビアガーデンで夕飯を食べることになった。麻衣子は途中から拓実と同様に烏龍茶にスイッチしていたが、気がついた時には慧はそれなりに酔っぱらっていた。
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