第66話 清華の独り言

 清華の朝は、毎日六時半にスマホのアラーム音で目が覚める。

 でも、決してベッドからすぐに起き上がったりしない。

 枕元に置いてある婦人体温計を口にくわえ、あまり動かず計り終えるのを待つ。体温を計り終えると、妊活アプリを開いて今日の基礎体温を打ち込む。


 これが毎朝の清華の日課である。


 まだ二十六歳。子供がいなくても焦る年ではないのかもしれないが、結婚して六年、妊活を始めて四年。焦りは清華の精神を不安定にさせていた。


 夫の親戚は無神経に、若いお嫁さんもらったから、まだ遊びたいんでしょうとか普通に言ってくる。たかし君はあなたより八つも年上なんだから、早く生んであげたほうがいいわよ……って、まるで私が生みたくないみたいじゃない?!

 私は結婚当初から頑張ってるのに……。


 出張が多いのは夫の仕事のせいだ。排卵日に家にいたことの方が少ない。

 毎日基礎体温をつけ、排卵日を把握し、病院にも通った。

 あの台に乗る屈辱にも耐えた。

 卵管が通っているか調べるとかいう、凄く痛い検査だって頑張った。

 それなのに、夫は自分の検査はしたくないと言う。

 体外受精も嫌だと言われた。


 朝頑張って精子を出してくれれば、私が病院に持って行くからと言っているのに、それすらも不自然だから嫌だと言う。

 手詰まりになってしまい、不妊治療は途中でストップしてしまっていた。


 毎月くる生理は、嫌になるくらい正確で、トイレに座って出血を見る度に、清華は今回もダメだったんだ……と気分がダウンする。


 今回の排卵日も、夫は出張と言っていた。


 清華は、スマホのアドレスを開き、一人の男性の名前を見つける。


 松田慧。


 もう大学生になっただろうか?

 確か、夫と同じB型で、背格好も似ている。夫なんかと違い、私よりずっと若く、SEXに貪欲だ。

 もしかしたら、彼なら私に子供を授けてくれるかもしれない。


 清華は慧に連絡した。


 久しぶりに慧と会って、女の喜びを思い出した。

 夫とは排卵日の前後三日間のみ関係をもつだけで、仕事でいない時は数ヶ月しないこともあった。

 夫はSEXしても淡白で、一晩に一回しかしない。夫とのSEXで、イッたことなど一度もなかった。


 清華は慧とのSEXには大満足だったが、一つだけ不満があった。


 中出ししてくれないことだ。


 まあ、当たり前なのかもしれないが、これじゃ赤ちゃんはやってこない。


 彼とSEXがしたい!

 赤ちゃんも欲しい!


 彼に彼女がいてもかまわない。でも、私の排卵日だけは、私を最優先してもらわないと困る。

 今日こそは彼の精子をもらわなくちゃ。

 生でできて中出しOKって、私は最高のセフレじゃない?


 清華は慧にラインを送る。


 清華:今日会いたい!

 清華:家に来て!

 清華:なんで連絡くれないの?

 清華:彼女なんかより、絶対に私の方が慧君を気持ちよくさせられるし!

 清華:SEXしよう

 清華:慧君としたいよ


 昨日排卵日だったから、今日しないといけないのに、慧と連絡が取れない。電話をしても繋がらない。

 メールも送った。


 清華は爪を噛みながらスマホを睨み付ける。

 いつものフンワリした笑顔はなかった。




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