第170話 夏休み、再びシーホースへ
学生には夏休みはあるが、社会人になると休みは一週間あるかないかだ。
最悪全くないとか、多くて三日……なんて言うブラックな企業もざらである中、麻衣子の会社はきっちり七日間とれるので、かなり優秀な方だと思う。
しかも、自分で好きな日にちを申請できるので、お盆の時期に休まなくても良かった。
一方慧は、一般の大学よりは休みが少ないものの、ほぼ高校生と同じ位の一ヶ月ちょいはあった。
それでも、麻衣子がバイト三昧で休みのなかった時に比べれば、一週間丸々休めるので、二人の時間がとれるようになった。一週間も休みがあるので、初めて二人で旅行へ行こうという話しになった。
主に話しを進めたのは麻衣子で、慧は適当に相づちを打っていた……というのが正しかったりするのだが。
場所はペンションシーホース。
以前TSCの合宿で使った、理沙の親戚の店である。麻衣子は合宿に参加しつつ、バイトで入ったので、お客様として泊まるのは今回が始めてだ。丸々二年きていないが、龍之介や和佳と会うのを楽しみにしていた。
今回は、慧の実家にある慧の車(薬科大入学祝いに買ってもらったらしい)を取りに行き、車で行くことになった。
「慧君って、いつ免許とったの?」
大学一年から一緒にいるが、教習所に通っているのなんか見ていない。
「大学入る前。高三の春」
「じゃあ、四年以上ペーパードライバー?! 」
麻衣子は、車上部のアシストグリップをしっかり握り、表情を固くした。
「何だよ! 俺はこれでも運転はうまいんだ。昔からゴーカートとか得意だったしな」
「ゴーカートと一般の車は違うよ」
近所の知った道で運転をならすんじゃなく、いきなり旅行へ行ってしまおうというのが慧らしいと言えばらしいが、一緒に乗っている麻衣子はたまったもんじゃない。
運転している慧よりも、麻衣子の方が緊張してしまい、寝てていいよとは言われたが、とても寝ている場合でもなく、ペンションについた時にはぐったりしてしまっていた。
「いらっしゃいませ」
ペンションの駐車場に車を停め、荷物を持ってペンションの入り口を入ると、高校生っぽい女の子が出迎えてくれた。
「あの、予約してます冴木ですけど」
「はい、承っております。こちらは初めてですか? 」
「いえ……二度目です。以前、大学の合宿で……」
「麻衣子ちゃん? 」
奥から龍之介が手を拭きながら出てきた。海の家の仕込みの手伝いをしていたのだろう。龍之介の後ろから海斗も出てきた。
「あれ、海斗さん本職は? 」
レストランで働いていたはずだが、今はお盆休みなんだろうか?
「今はこっちが本職。就職したんだ」
「びっくりしたよ。聞き覚えのある声だなって思って出て来たら、麻衣子ちゃんがいるから」
「はい、予約とらせていただきました」
「予約って……徳田じゃなかったっけ? あれ? 彼氏君冴木だっけ? 」
名字が変わる=結婚と思ったらしい。結婚は間違っていないが、麻衣子ではなく両親の再婚だ。
「違いますよ。両親が再婚したので、名字が変わっただけです。今は冴木になりました」
「彼氏君は? 」
「松田っす」
「ふーん、じゃあ冴木麻衣子はレアかもね。すぐに松田になるんじゃないの? 」
「まだ先ですよ。私も就職したばかりですし、慧君は大学に入り直したので、あと四年は学生ですから」
「へえ、大学院じゃなく、大学かあ。やりたいことがあったんだね」
四人で話していると、バイトの女子が困ったようにしているのに気がついた。会話をしてしまっているから、チェックインの手続きができずにいたのだ。
「ごめんなさい、まずチェックインしないと、お仕事進まないわよね」
麻衣子は買って知ったる宿帳に名前と住所を書いた。
「ちいちゃん、部屋はどこ? 」
「201か204が空いてます」
「じゃあ201にしてあげて。あそこは角部屋だから、眺めもいいしね。麻衣子ちゃん、この子はバイトの
「よろしくお願いします」
元気よく頭を下げる千鶴は、頑張り屋の元気っ子といった感じだ。
笑顔もいいし、和佳と並んで看板娘になるだろう。
「和佳は今週は休みとってるんだよ。なんか、理沙と海外に行くとか何とか」
「そうなんですか? 最近、理沙ともたまにラインするくらいで」
「社会人になったんだもんね。なかなか学生時代みたいには会えないさ」
龍之介が部屋まで荷物を運んでくれ、鍵を渡される。
「夕飯は以前と同じ時間だから。夜はバーの方にも顔出してよ。就職祝いさせてもらうからさ」
「はい」
部屋の鍵を預り、龍之介はまたねと部屋を出て行った。
「どうする? 海行く? 」
「ちょっと休憩」
運転で疲れたのだろう、慧はごろりと横になった。
「布団敷く? 」
「畳気持ちいいからいい。畳の部屋もいいな」
新しいマンションは、三部屋あるうちの一部屋は畳の部屋だったが、ここをゲストルームにしており、掃除する意外ほとんど入らない部屋だった。
「そうだね」
麻衣子が座ってお茶を入れようとすると、慧が麻衣子の太腿に顔を埋め、腰に手を回してきた。
膝枕……ではないこの態勢は、ただ横になり休むつもりではないという意思表示だろう。
慧の手も、麻衣子の尻をまさぐっているし。
「慧君、疲れたんじゃなかったの? 」
「疲れたよ。だから、癒されようってしてんじゃん」
「せっかく旅行に来たんだから、海とか行かないの? 」
「行くよ、後で。今は、旅行先でしかできないHをしようぜ」
「もう! 」
嫌々……という訳でもなく、麻衣子も慧の首に手を回す。
旅行先……という、いつもと違う空間ではあるが、家族も泊まるペンションであるから、麻衣子は極力声を我慢する。
慧は、そんな麻衣子に興奮したのか、いつも以上に麻衣子を弄り倒し、ついには我慢しきれなくなった麻衣子に肩を噛まれてしまう。
「痛って!! 」
「もう、慧君やり過ぎだから! 」
上気した顔で慧を睨み付ける。
「だってさ、新しいマンションは家族仕様で、あんま声とか出したら苦情きそうじゃん。」
右隣りは老夫婦の二人暮らしで本城さん、左隣りは夫婦と大学生か麻衣子と同じくらいの娘さんの三人暮らしで松岡さんと言った。
両隣り共、引っ越しをした際に挨拶には行ったが、人の良さそうな人達で、会えば挨拶をして立ち話しをするくらいには顔見知りになった。
特に左隣りの松岡の奥さんは、麻衣子が自分の娘と同年代のせいか、ちょくちょく気にかけてくれている。
そんなお隣りさん達であるから、夜の営みを自粛(主に音に関してだけだが)していたりする。
「苦情くるかわからないけど、話しづらくなるだろうね。でも、ここも知り合いのとこなんだから、少しは加減してよね」
「知り合いったって、もうそんな会うわけじゃなし」
「そういうこと言わない! 」
慧は多少反省したのか、麻衣子が我慢できるくらいには動きをソフトにする。
とりあえず一時間ほど準備運動かてら身体を動かし、シャワーを浴びるついでに水着に着替えて海に行くことにした。
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