第171話 海で……何で?

 通常、手を繋いで歩くなんてことないし、下手したら横を歩くことすら稀なのだが、旅行先の解放感も手伝ってか、慧は麻衣子と手を繋いで砂浜を歩いていた。


 きっかけは、砂に足をとられて転びそうになった麻衣子に慧が手を差し出したのだが、体勢を持ち直した後も、慧は手を離すことなく、麻衣子の手を握っていた。

 旅の恥はかき捨て……というやつなんだろうか? と、麻衣子はいつもの慧ならしない行動に驚きながらも、何か言えば離されてしまうかもしれないと思い、特に突っ込むこともせず、スルーを決め込んでいた。


 実際は、麻衣子の黒のビキニ姿を振り返って見る男子の多さに、慧は男がついてるぞアピールをしたかっただけなのだ。

 つまり、半分ヤキモチ、半分優越感といったところか。


 波打ち際で足を浸し、足の裏で砂の感触を楽しんだ。その水の冷たさに、慧は海に入るのを断念する。

 しばらく波打ち際に座り、なんとなく海を堪能した麻衣子は、飲み物買ってくるねと、海の家に向かった。あそこなら、龍之介か誰かいるだろうし、変な奴に捕まることもないだろうと、慧は砂浜に残った。

 知っている人がいたのか、なかなか戻ってこない麻衣子を待っている間、慧は砂浜にゴロリと横になった。


 目をつぶると、日の光の眩しさで瞼の裏が白っぽく見える。


 うとうとしかけた時、白っぽかった視界が急に暗くなり、人の気配を感じて目を開けた。


 寝転がっている慧を覗き込むようにしていたのは麻衣子ではなく、佳奈だった。

 そのあまりの距離の近さに、慧は思わず横っ飛びに転がる。


「な……な……何で?! 」

「やっぱり松田君だ」


 佳奈は、地味な紺色のワンピースの水着に、同色のラッシュガードを着ていた。はっきり言って……二の腕は太過ぎるし、下っ腹はポテッとしているし、尻は安産型すぎるし、思っていた以上に足が短く、思わずダイエットしろよ! と突っ込みたくなるような体型をしていた。


「凄い偶然だね。なんか運命感じちゃうな」


 イヤイヤイヤ……勝手に感じるなよ!


 慧はさりげなく佳奈から離れるように座り直すと、視線を海の家へ向け、ひたすら麻衣子が早く帰ってこないか念じた。


「友達と来たのか? 」

「一人で」

「一人?? 」


 海に一人?

 意味がわからん。サーフィンとかボード、スキューバにはまっているような格好じゃないし、何よりイメージじゃない。


「兄がサーフィンにはまってて、近所にマンション持ってるから」

「ああ……」


 だからって、何で友達を誘うでもなく、一人で海に来るのか謎だったが、会話を盛り上げる必要性を感じなかったから、慧はあえてスルーした。


「松田君は……彼女と? 」

「まあな」

「その肩……どうしたの? 」


 佳奈がスルリと、麻衣子が噛んだ傷を撫でる。


「いや、別に……」


 みりゃわかるだろう!

 歯形だよ。彼女につけられたんだよ。


 慧は自分の肩を片手で隠すようし、少し身体をずらした。そんな慧を見てクスリと笑い、何故か佳奈は慧の隣りに腰を落ち着けてしまう。しかも、距離が近い! 慧が何気なく砂浜に置いた右手に、佳奈のデカイ尻が触れてしまいそうなくらいだ。


「アハッ、何か暑いね」

「ああ」


 そりゃ、夏だし、海だし、暑くなかったらこない場所だろ?!


 あくまでも心の中で突っ込み、会話はしない。早く立ち去れオーラを出しているのだが、佳奈には全く通用しない。それどころかラッシュガードを脱いで、しまりのない体型を顕にする。


 止めろ!

 脱ぐな!!

 近寄るな!!!


 好意をもたれているのはわかっているが、麻衣子の存在をアピールすることで諦めてくれるかと思っていたが、どうやら全くへこたれた様子がない。


「ちょっと、彼女遅いから見てくるわ」


 慧がギブアップし、立ち上がって尻についた砂をはらった。


「まだついてるよ」


 さりげなく砂をはらうふりをして尻を触られ、慧はゾワゾワと拒否反応が溢れてくる。

 基本、麻衣子と付き合うまで、来る者拒まずなところがあった慧だが(顔は二の次、身体が一番)、佳奈みたいなスタイルの女は範囲外というか、勃つ気が全くしない。

 つまり、慧にとっては幼女、老人はもちろん範囲外だが、佳奈みたいにだらしなく贅肉のついた(デブではない)感じもダメだとわかった。


 何気に俺って、好み五月蝿いのな……なんて思ったのは慧くらいだろう。


「私もついてく」

「えっ?! 」

「ほら、麻衣子さんに挨拶したいし」

「いや、いいよ。別に」


「行くって! 」 「いいよ! 」とやり取りをしているてころに麻衣子が戻ってきた。

 両手にトロピカルジュースとアイスコーヒーを持っている。


「慧君? 」

「麻衣子、お帰り!! 」


 慧は麻衣子に走り寄ると、コーヒーを受け取り、麻衣子のウエストに手を回した。

 こんなこと、人前で滅多にやらない慧だから、少し驚きながらも目の前にいる佳奈に会釈した。


「ほら、引っ越しの時に手伝いにきた西条だよ。なんか、この近所にマンション持ってるらしいぜ」

「そうなんだ。凄いね」


 慧の家もリッチだが、やはり六年も大学に行かせようと思うような家は、別荘などを持つくらいリッチなんだろうか?


「こんにちは、麻衣子さん。西条佳奈です」

「こんにちは。」


 どんな心理状態なのか想像もつかないが、佳奈は笑みさえ浮かべて挑戦的な視線を麻衣子へ向ける。麻衣子も戸惑いつつ、愛想笑いを浮かべた。


「私、一人で来てるんですけど、ご飯とか一緒にいかがです? 」

「宿でついてるから」

「じゃあ、その後でも」

「俺、今日車運転して疲れてるから、食べたら爆睡するっしょ」

「じゃあ、明日」

「明日はわからん。海くるか、観光するか決めてないから」


 慧は明らかに迷惑げに即時却下する。

 いかにも気弱そうで、下手に話している割には、慧の投げやりな返答にへこたれることがない。

 それが逆に不気味だったりするのだが、本人は慧に自分は選ばれたとか勘違いしてるものだからたちが悪い。


「どこに泊まってるんですか? 」


 佳奈は、慧に話しかけても会話が成り立たないと思ったのか、麻衣子に向き直って話しかけてきた。


「あそこの……ペンションシーホースです」


 慧は内心舌打ちする。適当に誤魔化せよ! と思いながら麻衣子の身体を引き寄せる。


「俺ら、もう戻るから。また大学でな」


 ここでおまえと遊ぶことはないと暗に言い放つ。

 そのまま麻衣子を促し、佳奈に完璧に背を向けて歩き出す。


「麻衣子さん、松田君、待たね」


 海の家に一旦入ると、さっき買った飲み物を飲むために席に座った。

 慧は、佳奈の行動を見るため、外が見える席に座ったのだが、いつまでたっても佳奈が手を振っているため、席をずらして外に背を向ける。

 麻衣子が軽く手を振り返し、やっと佳奈は手を振るのを止めたようだ。


「食事くらい、一緒にしてあげても……」

「おまえ、それ、絶対に止めろ!一回でもいい顔してみろ、下手したら一緒に泊まりたいとか言ってくるぞ」

「まさか……」


 気持ち悪さを感じているのは慧だけのようで、麻衣子はそんなことあるわけないでしょ……と、軽く考えているようだった。


「とにかく、旅行中にどっかで会っても、100%無視な! 」

「可哀想じゃない。一人で来て寂しいんでしょ? 慧君の同級生じゃない。仲良くできないの? 」

「無理! キモい! 」


 完全拒否の慧に、麻衣子は困ったなと佳奈に目をやる。佳奈は慧が座っていた辺りに座り、何やら砂をいじっているようだった。


 佳奈が座っていたのは、まさに慧が座っていた慧の跡が残った砂の窪みの真横で、その窪みを愛しそうに撫で回していた。その恍惚とした表情を見れば、麻衣子もきっと慧の言葉に大賛成したことだろう。


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