第172話 マジでキモいぞ!

 早々と海から引き上げた慧達は、早めに風呂に入り、早めに夕飯を食べ、夕飯後のスキンシップもすでに二回終了し、夕方九くらいには、することもなく、暇になってしまった。


「どうする? 」


 麻衣子は、龍之介と海斗のバーにでも行く? という意味で慧に聞いた。少し早い気もするが、たぶんもう開いているはずだ。


 慧はうーんと唸ると、麻衣子の太腿に手を這わせた。


「もう一回する? 」


 それはそれでかまわないけどみたいなノリで、慧はゴソゴソと身体の位置を変え、正座して座っていた麻衣子の膝を割って間に入り込み、後ろに押し倒す。

 浴衣は簡単にはだけ、すでに海に行く前に一回、夕飯後に二回と出しているはずなのに、慧はすぐにヤる気になる。


「違うってば! そっちじゃなくて、一階のバーに……」

「何だ、こっちか? 」

「いや……そうじゃなくて」


 車の運転で疲れているはずだし、海にも少し入った。SEXだって三回しているというのに、疲れ知らずなのか、そっちは別体力なのか、慧の持久力は半端なかった。


 終わった時には、麻衣子は起き上がるのもダルいくらいで、しばらく横になっていたら寝入ってしまった。


「おい! バーに行くんじゃないのか? 」


 麻衣子に声をかけたが、麻衣子はスースーと寝息をたててしまっている。

 しゃーないな……と、慧は素っ裸の麻衣子に浴衣をかけると、腕だけ通しておいた。その上から布団をかけ、自分ははだけた前を合わせ直し、帯を結び直した。


「行ってくるからな」


 まだ寝る気になれない慧は、龍之介のバーに行くことにした。一応鍵を閉めて部屋をでる。

 宿泊の客なら、部屋番号にツケがきくので、会計しないで飲むことができた。


 バーに行くと、すでに客はチラホラと入っており、宿泊客以外の外からの客がほとんどだった。


「彼氏君、麻衣子ちゃんは? 」


 カウンターの中にいた龍之介が、慧に席を作ってくれる。


「松田っす。麻衣子は爆睡」

「あらら、疲れちゃったのかな?」

「もう少ししたら起こし行くし」

「無理に起こしたら可哀想だけど……まあ、二人っきりの旅行だしね。やっぱり二人で過ごしたいよね」

「そんなんじゃねぇし」


 実際、一人で飲んでも味気ないし、麻衣子ほど龍之介達のことを知っている訳でもないから、二~三杯飲んだら麻衣子を起こしに戻ろうと思いつつ、とりあえず生ビールを頼んだ。


 多少の社交場になっているのか、客は男性のみとか女性のみとかが多く、気軽に話しかけたり、気が合えば合流したりと、男も女もナンパ目的の客が多いようだった。


「あの、一人なんですか? 」


 カウンターに一人で座っていた慧にも声がかかる。

 彼女と旅行中と答えようと振り返り、慧はアングリと口を開けた。


 そこには、似合わないキャミソールワンピを着た佳奈が、濃い目の化粧をして立っていたのだ。

 化粧慣れしてないせいか、白塗りのオテモヤンみたいになってしまっている佳奈は、真っ赤な唇でニタッと笑った。


 すすめもしないのに慧の横に座り、何を勘違いしているのか、斜めに座り足を組む。太いムッチリした足が、慧の脹ら脛に当たるか当たらないかくらいの距離にあり、体温のみ感じて気持ちが悪かった。少し動けば当たってしまうので、身動きが取れなくなる。


 龍之介は躊躇いながらも、一応客であるから注文を取った。


「松田君と同じので」

「知り合いなの? 」


 信じられないと言うような表情で聞いてくる龍之介に、知り合いと言いたくない気持ちをグッと抑え込む。


「大学の同級生。偶然さっき会っただけ」

「同じ部活なんですよ。松田君が、私と同じ部活に入りたいって」

「……!! 」


 慧は、声にならない怒声を発する。


 もう、ぜってー辞めてやる!

 九月になって大学前が始まったら、一番に退部届けをだしてやるからな!!


 結局退部届けは、四年生と現役OB、大学院に残っているOB達に囲まれ、説得され、半場脅され、受理されることはなかったのだが、それは後日の話しだ。


「部活って、何してるの? 松田君は前はテニススキーサークルだっけ? やっぱりテニスかスキー?」

「そうなんですか?! 」


 以前テニス部なのに、凛花のテニス部を選ばずに自分を選んでくれたのかと、さらにいっそう勘違いを深めた佳奈は、慧に足を擦り寄せるように身体揺らし、ビールを一口飲んでシナをつくった。慧までの距離一ミリ!


「実は……茶道部なんですぅ」


 そこで溜める意味がわからないが、龍之介はそれなりに驚いたようだ。


「いや、別にこいつがいたから選んだんじゃねえし」

「イヤン……こいつだなんて」


 親しみを込めてないからな!


 慧は、視線に殺意を込めながら、龍之介の誤解を解こうとする。理沙に余計なことを話されたらたまったものじゃないからだ。


「兄に聞いたんだ。文系と違って医歯薬系の運動部はガチだって。上下関係厳しいし、入るなら文化部だって」


 龍之介は理数系だが、確かに歯学部に行った友人から似たような話しを聞いたことがあった。

 サークルのような気軽さで入ると地獄を見る……とか。


「まあ、そんな話しはあるよね。で、茶道部? 」


 慧はウンウンとうなづく。


「楽だって聞いたから入っただけで、茶道がしたかった訳でも、ましてや西条がいるからじゃねえッ! 」


 実は、まだ麻衣子にも茶道部に入ったとは話していなかった。部活に入ったのは伝えていたが、何部かは適当に流して話していたのだ。


「もう、松田君ってば恥ずかしがり屋なんだから」


 慧は、思いっきり椅子を回し、佳奈が触れられないくらい真横を向いた。

 いきなり背中を向けられ、佳奈は慧の椅子を引っ張る。


「やだ、ホントに照れちゃったの? 」


 もう、話しかけんな! マジ、キモいし!

 どうすれば他人のフリができるのか、こいつをこの場所から抹殺できるなら、何でも言うこと聞くって約束する! 絶対にだ!!


 慧は龍之介が消えているのに気がつかなかった。


 ねぇねぇと突っつかれながら、慧はひたすらビールを煽る。

 うるさい! 黙れ! と叫びたいのを我慢する。


 一見、ごくの地味な女。最初は誰よりも無害そうに見えた。オドオドして、自己主張がなくて、派手な凛花の後ろに隠れて、いるかいないかわからないくらいだったのに……。今でも、慧に関係しない所では、そんなに変わってはいない。慧が関わると、いきなり豹変するのだ。


 でも、実害がある訳じゃないし、迫られたりしつこくベタベタ触られたりしている訳じゃない。元が男性慣れしていない佳奈であるから、触りたいけど触れない。ちょっと突っつくくらいだ。ただ、ひたすら身の危険を感じるのは、慧の防衛本能が働くからだろう。


 ひたすらビールを煽り、会話しないようにそっぽを向いていると、騒然としていた店内が一瞬静かになった。佳奈の「ねぇねぇ、松田君ってば」と言う声だけが響いた。


「ごめんね、寝ちゃたみたいで」


 慧の肩にフワリと触れた細くてしなやかな手に、思わずしがみつきたくなりつつ、慧は席を立ち横にずれた。

 麻衣子は慧の座っていた席に座り、佳奈との間に入る。

 浴衣からTシャツ短パンに着替えた麻衣子は、髪の毛をユルフワに結い、薄く化粧していた。男性客の視線が麻衣子に集中しており、さっき一瞬静かになったのは、麻衣子が入ってきたからで、どこに座るかチェックし、女友達となら我先に声をかけようと、虎視眈々と狙っていたからだ。


 麻衣子が慧に声をかけたのを見て、またもや店が喧騒に包まれる。


「麻衣子ちゃんは何飲む? 」


 いつの間にか戻って来ていた龍之介がカウンターの中にいた。


「とりあえず……生かな。西条さんは、こっちにマンションあるんだよね? ここにはよくくるの?」

「初めて。一人で飲みにきたのだって初めてだし。ここに来たら、松田君に会えるかなと思って……。キャッ! 恥ずかしい」

「ここ、夜はバーになるし、出会いの場みたいになってるみたいだから、女の子一人でくるのは気を付けた方がいいよ」

「でも、松田君がいるし大丈夫かなって。私達って、何か運命みたいなもの感じるな。今だって、松田君いればなってちょっと覗いて見たら、一人で座ってるんだもん」


 人の彼氏に勝手に運命を感じないで欲しいし、それを彼女に言うって、どんな神経回路しているのか不明だ。


「松田君ってさ、今まで何人くらいの女の子と付き合ったことあるの? 」


 唐突に慧チェックを始める佳奈に、麻衣子が答える。


「私が最初の彼女なんだよね」

「そうなの?! でも、もちろん麻衣子さんは違うよね。二桁くらい? 」


 麻衣子は苦笑して、龍之介が置いてくれた生ビールに口をつける。


「私も初めて」

「えっ?! 嘘でしょ。絶対に嘘!松田君騙されてるよ」


 慧はイラッとする。


「そんなもん、俺が一番わかるに決まってんだろ」

「そんな訳ないよ! だって、こんなに美人で、スタイルだって良くて、彼氏がいなかった訳ないじゃん」

「別にこいつ、美人じゃねぇだろ? まあ、スタイルはいいけどな」


 麻衣子は全体的なバランスがいいからすこぶるいい女に見えるだけで、パーツだけ取ったら確かに美人ではないかもしれない。

 ただ、化粧を究極に研究しており、ナチュラルメイクでも十分に綺麗に見えるテクニックを持っていた。


「私が本当のバージンを教えてあげる! 」


 あまりの発言に、時間が止まったように、回りはシーンと静まり返り、佳奈は「あらイヤだ」と、頬を赤らめた。


 イヤだ……とかいうレベルの話しではないような。


「あのな、バージンのフリかフリじゃねぇかくらいわかるし、ってか、なんでおまえとヤらねえといけねえんだよ。罰ゲームか、嫌がらせか? 」

「イヤだわ、彼女の前だからって……。ウフフ、そうよね。わかってるから」


 ニンマリ笑う佳奈の視線を受けて、慧の背筋がゾワゾワする。


「おまっ!! 」


 麻衣子に膝を叩かれ、怒鳴り声を上げるのをなんとか我慢する。この女を撃退するには、いったいどうすれば良いのか……慧は真剣に悩むことになる。

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