第173話 デジタル盗聴器
旅行から帰ってきた慧は、ひたすら不機嫌に黙り込んでいた。
麻衣子と喧嘩したとかではなく、せっかくの旅行を佳奈にひたすら邪魔されまくったせいだ。
海に行けば現れる、飯を食べに行けばついてくる。あげくの果て、一緒に帰るとか言い出して、勝手に車に乗り込んできた。怒りで爆発しそうになるのを麻衣子に宥められ、とにかく麻衣子とイチャついているところを見せれば諦めるかと思い、いつもなら隣りを歩くことすらしないのに、麻衣子の肩を抱いて歩き、がらでもなくバカップルみたいにイチャつきまくった。
人格が崩壊するんじゃないかというくらい、自分とは真逆なタイプを演じなければならない不条理に、我慢の限界はとうに超えていた。それを何とか我慢できたのは、麻衣子の照れくさそうな、それでいて満更でもなさそうな様子が見てとれたからだ。
こいつ、こんなのが好きだったのか……と呆れつつ、通常は絶対やらないことだから、麻衣子への最初で最後のサービスも兼ねて、髪を撫でてみたり、人前で髪や頬にキスしてみたり、とにかくベタベタイチャイチャしてみたのだが、何故か佳奈には全く響いていないようで、それはそれ、私は私みたいな態度を一貫して崩さず、「合宿楽しみだわ」と謎の流し目をして車を下りると、車が見えなくなるまで手を振っていた。
「なんか、見た目と違ってかなり個性的な人だね」
「……」
「合宿……あるんだね」
「誰が行くか! 」
「ちなみに……何部なの? 」
「大学始まったら辞めるし、別に何だっていいだろ」
今までの甘々度合いからしたら、全くの真逆な慧の態度に、麻衣子は怒るでもなくため息をついた。
佳奈の存在は疎ましいものの、彼女がいたから慧とラブラブできた訳で、佳奈様々と言えなくもなかった。
「あまりきつく当たったらダメよ」
「うっせーよ。あの女には響かねえよ」
佳奈が慧に特別な感情を抱いているのは、見るからに明らかで、慧から受け入れられてると思っているのが何故かは不明だが、慧が手を出す心配は皆無なためか、麻衣子はそこまで佳奈に悪い印象をもてずにいた。
どちらかというと、不憫だな……と、ついつい同情の念が湧き上がらなくもない。
「とりあえず、おまえあいつと関わるなよ」
そう言われるのには訳があり、帰り際に佳奈から連絡先を交換しようと言われ、ひたすら目力で「断れ! 」と言っていた慧を無視する形で、佳奈とラインを交換してしまったのだ。
「うん……」
自分から連絡をとることはないだろうが、連絡がきたら無視はできないだろう。
「アーッ! うぜーッ!! 」
慧が佳奈に向けて叫んでいるのは分かっているため、麻衣子は苦笑するしかなかった。
★★★
「ウフフ、松田君たら彼女の前だからって、わざとらしくつれなくして……。やっぱり、私が麻衣子さんと親しくなって、彼女と歩み寄らないとダメよね」
佳奈は、自分の部屋に入ると、何やらごつい機械の前に座った。佳奈の趣味の一つに無線もあり、ヘッドフォンをつけ、無線機のチャンネルを合わせる。
ブインブインという音がしていたが、チャンネルが合わさるとガーガーという音がしたかと思うと、ノイズの間に声が聞こえてくる。
『……、……が、……ないの? 』
『……っかねーよ』
『全員参加じゃないの?』
『知るかよ』
佳奈が微調整すると、どんどんノイズが消えていき、クリアな音声が聞こえてくる。
佳奈が扱っているのは、無線型のデジタル盗聴器の受信器で、10キロまではその電波を拾うものだった。
そして、その発信器が仕掛けられている場所は……。
『慧君、ちょっとこのかっこうしんどい……』
『おまえ、身体固くなった? 』
『そ……んなことないって』
『もっと、足上げてみ』
『……アハ、そんなとこ舐めないで。くすぐったいだけだし』
息が荒くなり、会話にならなくなっていく。
別にデバガメがしたい訳ではないから、音声を低くして事が終わるのを待つ。しかし、決して音声をオフにしないのは、興味以上に探究心からだ……と、佳奈は自分に言い訳をする。
佳奈は知っていた。この二人が家にいる時はほとんどSEXをしているということを。そして、その方が会話になっているということも。
SEXが二人の意志疎通のための行為であり、食事をするのと同じくらい日常的な行為であると理解していた。
バージンの佳奈にとって、最初はかなり衝撃的で刺激的なことだったが、今では憧れすら感じるようになっていた。慧の愛人になれば、自分にも同じ生活が待っているのでは? と、強い衝動すら感じている。
自分が麻衣子から恋人の座を奪えるとは、到底思っていなかった。ただ、タイプの違う自分に慧が興味を持ったと、疑うことなく信じていた佳奈は、二番手として慧の愛人になろうと決意していた。
最初は、慧の行動を知るために引っ越しの際に慧達の寝室にデジタル盗聴器を仕込んだ佳奈であり、それで旅行を知り、同じタイミングで旅行先を訪れたのだった。しかし、慧と麻衣子の秘め事を盗み聞いているうちに、ただの情報収集だけではなく、これから先慧と関係を持つ時の手本としようと、知識を蓄え、慧にいつ求められても対応できるように、体位の練習を欠かさない佳奈であった。
今も、何となく想像でこんな体位だろうかと、足を高く上げてみる。太腿の裏にひきつるような痛みを感じつつも、不恰好に膝が曲がった足を高く上げ、その勢いでゴロンと畳の上に転がった。
「毎日、お酢を飲んで、ストレッチしないとだわね」
身体が固いことはたいした問題ではなく、もっと根本的なところに根深い問題があるはずなんだが、佳奈は身体さえ柔らかければ、慧を満足させられるだろうと、変な勘違いをする。
元来身体の固い佳奈の努力の賜物として、開脚前屈があと一息……となっていた。膝は曲がるし、背中は丸いままだが、全くつかなかった頭が、床にもう少しでこすれそうになるくらいになった。
佳奈は努力の人なのである。
ただ、その努力の方向が間違っていることに、彼女は全く気がついていない。
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