第7話 二回目の夜

「ビールいっちょう! 」


 八時過ぎ、麻衣子がバイトする居酒屋を覗いた。

 小さい居酒屋だからか、平日だというのに、席はほぼ満席だった。


 慧が店に入ると、麻衣子がパッと笑顔になり、下の方でわずかに手を振る。


「お一人様ですね?こちらへどうぞ」


 カウンターの一番端、予約席の札のある席に通された。


「オススメは? 」

「定食がいいよ。がっつり食べれて安いから。ビールも一杯ついてるし。肉と魚、どっちがいい? 」

「肉! 」

「了解。ちょっと待っててね」


 いつものミニスカにエプロンで接客しており、見ているとなんかムラムラしてくる。洋服の面積が少ないから、裸エプロンのように見えなくもない。

 カウンターとテーブル席が六席、奥に小さな座敷があるようだ。料理人が二人に、バイトが麻衣子入れて三人で回していた。


 カウンターとテーブルの間は狭く、その間をぬうように接客していると、酔っぱらいがいつ麻衣子の尻に手を伸ばすのではないかとか、座敷に注文を取りに行った時、パンツが見えるんじゃないかとか、微妙にハラハラしながら麻衣子の仕事を見守った。


 いや、まあ、付き合ってるのかって聞かれて、どっちでもいいって答えたわけだし、彼氏ってわけじゃないんだから、俺が心配することないんだけど……。


 昼間、拓実にちょっかい出されて、泣いていた麻衣子を見てから、麻衣子のことが気になってしょうがない慧だった。


 誰とでも寝そうな見た目しやがって、そのくせ妙に純情で男慣れしてなくて、しかもバージンだったし。

 バカだよな、久しぶりだから……って、騙される男がいるかよ。


 見た目に反して肉食系の慧は、麻衣子との最初の夜のことを思い出しながら、スマホをいじって時間を潰した。

 生姜焼き定食は、なかなかボリュームがあってうまかったし、ビールも麻衣子がこっそりお代わりを持ってきてくれ、一時間はすぐに過ぎた。


「お待たせ! 」


 麻衣子がエプロンを脱いで、隣りに座った。


「あれ? まいちゃん、彼氏? 」


 常連なのか、赤い顔をしたおじさんが麻衣子に声をかけてくる。

 麻衣子は適当に笑って流していた。


「まいちゃんの彼氏なら、おいちゃん一杯おごっちゃおうかな。大将、まいちゃんと彼氏君にビール一杯づつね」


 慧と麻衣子は常連のおいちゃんにお礼を言い、おごってもらったビールで乾杯する。麻衣子の前には、賄いと称して煮魚定食が置かれた。


「ここでバイトするとね、夕飯代が浮くんだ。だから、サークル以外の日はけっこうここにいるよ」

「うまいな、ここの食事」

「でしょ? 」


 麻衣子がニカッと笑う。


 見た目は大学の派手派手軍団と変わらないが、あいつらみたいに遊び狂っていないんだ……と、慧は少し麻衣子を見直した。


 見た目派手だけど、暮らしは質素だし、自炊したりバイトしたり、中身は違うんだと実感する。


「そんなにバイトして、バイト代って何に使うんだい? 」


 常連のおっちゃんが、話しに入ってくる。


「生活費。仕送りじゃ家賃にもならないから」

「そうなのか? 」

「まあ、無理言って東京の大学にきちゃったしね」


 慧もバイトはしているが、お小遣い稼ぎで、家賃やら何やらは親が出していた。


「もう、おっちゃん全部おごっちゃうよ! 沢山飲みなさい」


 それから、常連のおっちゃんのおごりで一時間ほど飲み、飲み過ぎる前にバイト先を後にした。


「おまえさ、駅から家まで遠くない? 」

「そう? こんなもんじゃないの? 駅近なんて、高くて高くて」

「スカート……」

「スカート? 」

「短いだろ? 」

「そうだね」


 麻衣子は、慧が何を言いたいのか分からず、首を傾げた。


「もう少し、長いの履けば? パンプスも高過ぎだよな? なんかあった時に逃げれるの? 」


 なるほど、変質者に襲われないように、心配してくれたんだと理解した。


「第一さ、そんな短いの履いてるから、拓実先輩が手を突っ込みたくなるんだろうし、バイトしててもし触られても、そんな短かったらしょうがないって言うか……」


 ぶつぶつ言いながら慧は、なんでこんなこと言ってるんだ?と、自分がよくわからなくなる。


 なんか、束縛チックな彼氏みたいじゃないか?


「いや、なんでもない。にしても、遠いな」


 一度きた道だし、今日は泥酔した麻衣子を引きずってないから、十五分強で麻衣子のアパートについた。


 部屋に入ると、今日いきなりくることを決めたというのに、部屋は片付いていた。つまりは、いつでも片付いているのだろう。


「お邪魔~」


 すでに馴染んだ様子で座椅子に座ると、膝を叩いて上に座るように促した。


 麻衣子は少し照れたように、でもそんなに抵抗なく慧の膝の上に座った。

 細いウエストを抱きしめ、頭に顔を埋める。


「煙草臭いよ」


 居酒屋で染み付いただろう匂いが気になった。


「風呂入るか? 」


 うなずく麻衣子を立たせると、一緒にユニットバスに向かう。


 慧がバサバサと洋服を脱ぐと、多少躊躇いながら麻衣子も洋服を脱いだ。

 ここで躊躇ったら、男性経験がないことがバレてしまうと思ったのもあった。

 ユニットバスに入ると、やはり慧は麻衣子をまず洗い出した。頭を洗い、身体を洗い、全部流してくれる。


「あたしも……」


 麻衣子も、慧の頭から洗い出した。人の身体なんか初めて洗ったし、何より男性の股関についている物に至っては、洗い方すらわからない。

 とりあえず、泡立てて手でこすってみた。

 なんとか洗い終わると、湯船にお湯をはり、二人して体育座りで湯船に浸かった。


 裸のまま部屋に戻ると、当たり前のように慧は布団を敷き始め、電気を消して布団に入る。


「この間買ったやつは? 」


 もちろん歯ブラシではないのだろう。

 麻衣子は、クローゼットの中からこの間慧が置いていった箱を取り出した。


 これがいるってことは、やっぱりやるんだよね?

 そりゃそうか、お風呂に入って眠りにきたわけじゃないか。


 麻衣子は、箱を慧に渡すと、慧の横にスルリと入り込んだ。


 慧は、ゆっくり唇を合わせ、舌を絡めてきた。


 ど……どうするの? これ?


 麻衣子は、プチパニックである。

 知識としては知っているが、されるままでいいのか、何か自分からもアクションを起こすべきか?

 キスだけでいいのか?

 何か他にも触ったりするのか?


 麻衣子の頭の中は、大爆発を起こした。


 経験ないんだもん! 分かるわけないじゃん!


 とうとう開き直った。


「ごめん! 」


 いきなり起き上がると、麻衣子は慧に向かって頭を下げた。


「はい? 」


 まさか、ここまできて、俺と二回目はできないとか言うわけ?


「あたし、実はあまり経験ないの! あまりって言うか、皆無なの! この間、松田君とやったのだって、久しぶりじゃなくて初めてだし、キスだって、あの時が初めてだったの! 」


 まさか、キスまでとは思わなかったが、今さらわかってることを暴露し始めた麻衣子を、何が言いたいんだ? と見つめた。


「それで? そんなのわかってたし」

「わかってた? 」

「そりゃわかるだろ。でも、できたんだからまあいいじゃん」


 麻衣子は、気負っていた物がストンと落ちた気がした。


「変だ……とか思わない? 見た目こんななのに、未経験でおかしいとか思わない? 」

「別に。おまえ、化粧落としたらどっちかっていうと幼いじゃん。そのまんまだと思うけど」


 そんなことはいいからと、慧は麻衣子を布団に押し倒す。


「マグロだろうが、俺は別に構わないし。そのうち教えてやるよ。とりあえずはやらせろ! 」


 麻衣子は、やはりほぼマグロ状態のまま、その夜は慧の最高記録を更新した。

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