第6話 部室で先輩に…

 今日は午前中から基礎必修講座が入っており、一年の大半はこの講義を受けていた。


 麻衣子達グループは、だいたい階段教室の一番後ろの廊下側を陣取っていた。

 麻衣子もギリギリで教室に飛び込むと、いつもの席につく。


「おっはよう! 」

 美香が、マニキュアを塗りながらヒラヒラと手を振った。

「はよー」


 麻衣子は、教室の前の席をチラチラと見る。階段教室のちょうど真ん中辺りに、数人の男子と談笑している慧の姿を見ることができた。


 あのシャツ、この間着てたやつだ。


 荷物を置き、筆記用具( 形ばかりではあるが )を出すと、グループの話しに加わっている顔をしながら、慧を盗み見していた。

 今までは全く気にもしていなかったから、どんな友達がいるのかとか、洋服や持ち物の好みとか、色々発見があった。


 類は友を呼ぶではないが、真面目そうな地味な友達が多いようで、回りの席に座っている真面目女子とも、たまに話したりしてるようだ。


 あの子、よく松田君の肩に触るな……。


 眼鏡をかけたセミロングの黒髪の女子が、さりげなくではあるが、慧にのみボディタッチをしていることに気がついた。


「まい、話し聞いてる? 」


 いきなり肩を叩かれて、麻衣子は曖昧な笑顔を浮かべた。


「なによ~、寝不足? やり過ぎなんじゃない? 」

沙織さおりじゃあるまいし」

多英たえだって似たようなもんじゃない」


 渡辺沙織わたなべさおりに、遠藤多英えんどうたえ。美香同様麻衣子の大学に入ってからの友人で、似たような化粧に、似たような格好をしている。どこにでもいそうな、派手でいかにも軽そうなJKの成れの果てである。

 自己主張をするように声も大きく、口を開けば男の話しか下ネタばかりだ。


「でさ、先週のクラブ。当たりだったんだよ。リーマンに声かけられたんだけど、今度みんなでカラオケ行く約束したの。まいも行くでしょ? あっち、四人だったんだ。まいがくれば人数合うし」

「多英ってば、途中からそのリーマンの一人と消えちゃってさ、何してたのよ? 」

「たいしたことしてないって。ちょっと階段でベラ噛んでただけだし」

「ウッソ、絶対やったでしょ? 」

「沙織だって、帰りに腕組んで消えてったじゃん」

「あんたもね。あたし二人相手するの大変だったんだぞ」

「なに、美香、二人とやっちゃったの? 」


 三人でやったやってないと、ギャーギャー騒ぎ出す。

 内容が内容だし、麻衣子は三人を止めようとして、チラッと慧を見ると、呆れたようにこっちを見ていた慧と目があった。


 イヤー!

 あたしは無関係だからね!


 慧にボディタッチの女子も、軽蔑したようにこっちを見ていた。


「わかった、わかったから。ほら先生くるから黙りなよ」

「じゃあ、再来週の金曜日、カラオケだからね」

 多英に言われて、よく意味も考えずにOKする。

「うん、バイト休みいれとく」


 松田君、内容まで聞こえてたかな?変な風に思われてないかな?


 それから、教授がきて授業が始まったが、麻衣子は全く内容なんて聞いていなかった。

 黒板すら見ていなく、ただ慧の後ろ頭を眺めていた。


 午前中の講義が終わり、麻衣子は部室棟に足をむけた。

 今月のサークル活動のチェックをし忘れていたためだ。

 サークル活動と言っても、絶対参加ではなく、気が向いた人が来て下さい的なものだったので、毎月部室に予定が張り出され、出席する場合はそこに名前を書くようになっていた。


 部室のドアを開けると、デジャビュのように、拓実がソファーで雑誌を読んでいた。


「拓実先輩」

「まいちゃん、おはよう! 」


 拓実は麻衣子を手招きして、ソファーを叩いた。

 麻衣子は、言われるままにソファーに座る。


「この間はごめんね。なかなか抜け出せなくてさ」

「いえ、あたしも飲み過ぎちゃって……」

「なに? 飲み過ぎてたの? 残念、介抱するチャンスだったのに」


 拓実は、自然に麻衣子の太腿の上に手を置く。

 表情も爽やかで、あまりに自然な動作に、拓実の手をどう処理すればいいのかわからなかった。

 やめてくださいと跳ね退けるのは、何か自意識過剰な気もするし、自然と拓実の手を健全な場所に導くスキルは持ち合わせていなかった。


「まいちゃんってさ、美人ちゃんだよね。俺、可愛い感じの子より、クール系な美人が好きなんだよね」


 先週ならば、こんなことを憧れの拓実に言われたら、ドキドキし過ぎて、訳が分からなくなっていたことだろう。

 けれど今は、なぜか置かれた手だけが気になり、しかも好意的に気になるのではなく、どちらかというと嫌悪感を抱いてしまう。


 距離も凄く近い気がして、さりげなくお尻の位置をずらして離れようとする。

 その時わずかにできた太腿の隙間に、拓実の手がスルリと入ってくる。


「あ、あの? 」


 拓実の手が内腿を撫でる。


「マジで、まいちゃんが入部した時から、いいなって思ってたんだぜ」

「先輩、誰か来ますから」

「大丈夫だって、ちょっとだけだし」

「無理です」

「触るだけ……」

「嫌です」

「ちょっとだけだから……」


 なんか、爽やかな顔して、卑猥なこと言ってませんか?

 

 逃げようとする麻衣子のウエストをつかみ押し倒すと、右手を麻衣子のスカートの中に入れてくる。


「やだやだ! 」


 爽やかな拓実の笑顔が逆に怖かった。


「まいちゃん、いつもこんな短いスカートなんだもん。触って欲しかったんでしょ? 」

「違いますから! 」

「少しなら、声だしても大丈夫だよ。だいたいこの時間は部室棟は人こないし。」

「やだあッ! 」


 あんなに憧れていた先輩だと言うのに、恐怖しかなかった。涙がドバドバ出てくる。


 すると、いきなり部室のドアが開いた。


「何やってるんすか?先輩、レイプは犯罪だぜ」


 入ってきたのは慧だった。

 いつも昼休みに拓実が部室にいるのを知っていた慧は、麻衣子の友達に麻衣子が部室に行ったことを聞き、様子を見にきたのだ。


 ったく、案の定襲われてるし!


 予想通り過ぎて、慧は無表情で拓実を見下ろした。


「いや、これは同意……」

「麻衣子、泣いてますけど? 」

「麻衣子って……」


 親しげに名前を呼ぶ慧に、拓実は動揺を隠せない。


「ほら、いつまでも押し倒されてないで立つ! 」


 慧は麻衣子の腕を引っ張りあげ、ずり上がったスカートを元に戻してやる。


「ったく、ベソベソ泣くな!化粧が落ちるぞ! 」


 慧のその一言で、麻衣子の涙が止まる。


「これ、見た目と違ってウブなんで、手出さないでやってください」


 慧は麻衣子の腕をつかんだまま拓実に言うと、拓実は慌てたように立ち上がり、部室から出ていった。


「で、何しに部室にきたの? 」

「活動内容のチェックに……」


 慧と二人になると、安堵のためか涙が再び溢れてきた。


「まじでブサイクだな」

「ヒドイ! 」

「鏡見ろよ。そんなさ、塗りたくらなくっていいだろ?涙が真っ黒だぞ」


 部室の鏡を見ると、確かに目の回りが真っ黒だった。


「今日、お前んち行くから」


 押し倒されていた麻衣子を見て、ムラムラしてしまった慧は、勝手に麻衣子の家に行くことを決めていた。


「えっ? 」

「なんだよ、ダメなのか? 」

「いいけど、あたしバイトあるよ」

「何時終わり? 」

「今日は21時」

「どこで? 」

「うちの駅前の居酒屋」

「わかった。迎え行く。ってか、そこで夕飯食ってるわ。ほれ、活動内容チェックすんだろ? 」

「うん……」


 麻衣子は簡単に化粧をなおすと、活動内容を書いた紙をスマホで写真にとる。


「行くぞ」


 麻衣子は慧の後ろについて部室から出る。

 慧の後ろ姿を見て、心底麻衣子はホッとした。

 そして、たった数日だというのに、自分の気持ちが拓実にはほんの少しもなく、目の前を歩く地味で真面目そうな青年に向けられていることに気がついた。

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