第217話 番外編 恭子先生次のステップへ進む 1
「ここって……学生が入ってもいいの? 」
海江田に連れられてきたのは、ダーツとかビリヤードとかができるような店だった。
若干薄暗く、中学生や高校生などがくるような場所とは思えない。特に真面目な恭子は、こんな場所に出入りしたのが先生にバレたらと、ドキドキしながら海江田の後ろに隠れるように店に入った。受付を済ませる海江田の洋服の裾を握り、店内の様子を伺う。
「この店の奥に、カラオケボックスがあるんだよ」
「カラオケボックス? 」
カラオケの存在は知っていたが、マイクを持って歌ったことなどないし、ボックスと言われてもピンとこない。
大学生と思われる人達がダーツを楽しんでいる後ろを通り、店の奥のドアを開けた。部屋の中には公衆電話ボックスより若干広めくらいの箱が五つ並んで置いてあった。海江田は、その一番奥の箱の扉を開け、恭子を先に中に通す。
「これがカラオケボックスですか? 」
「そう。この本から歌いたい曲を探して、ここに番号を打ち込むと曲が流れるってわけ」
「へえ……」
恭子は興味津々本を眺める。
狭いボックスの中横並びに座ると、海江田が恭子の肩に手を回した。慣れた手つきで器具を操作し、何やら音楽を入れる。カラオケのマシンがウィーンと音をたて、大音響で演歌が流れ始めた。知らない曲ではないが、男性と二人で来て歌う曲ではないような。
「これ……歌うんですの? 」
見た目爽やかな海江田がまさかの演歌とは……。いや、演歌が悪い訳ではないが、若者らしくサザンとか米米CLUBとか、徳永英明とかではないのだろうか?
ちなみに恭子は明奈ちゃんのファンだった。
「いや、これは適当に入れただけで……」
題名も見ずにヒットチャートの中から選んだ一曲がたまたま演歌だっただけだった。海江田は慌てて曲を消すと、今度はきちんと選んで入れる。
次にはサザンのメドレーが流れた。
目的は歌うことではないから、海江田がマイクを持つことはない。
「歌わないんですの? 」
「まあ、BGMみたいなもの」
「……もったいない」
初カラオケの恭子は、名残惜しそうにマイクを見つめる。
今日はハグより先を学習すると言われていたから、カラオケに来た訳ではないことはわかっていたが、やはり目の前にマイクがあれば握りたくなるではないか。
ここでもう少し海江田が女の子馴れしていれは、ムーディーな曲でも入れて歌いながらさりげなくキスにもっていく……などという手管も使ったのだろうが、残念ながらモテるけれどそこまで経験のない海江田は、キスをする! というお題目のみで頭がいっぱいで、どうやって自然な流れでキスするかということは失念していた。
何より、実は海江田にせよ、もしここで恭子とキスできたら、ファーストキスになるのだから。
「ううん! じゃあ、やってみようか」
声が裏返りそうになりながら、海江田は音楽に負けないくらいの大声を出す。
「ええと……」
向かい合い、恭子はどうしても恥ずかしくてうつむいてしまう。これから先、キス魔に変貌する恭子も、最初は震える小鹿のようだったのである。
「それじゃ、うまくできないよ。上を向いてくれないと」
「上……。無理です」
海江田は屈み込むように恭子の顔を下から覗く。唇を噛んで顎をこれでもかとひいてしまっている恭子だったから、まさか無理やり力ずくで顔を上げさせる訳にもいかず、海江田はどうしたものかと途方に暮れてしまった。
「ならさ、恭子ちゃんからキスしてみてよ」
「エッ?!! 」
海江田は、目をつぶって「はい 」と顔を突き出す。
「最初から唇じゃなくていいからさ。まずは顔の好きなところにキスしてみれば? で、徐々に口に近づいていけばいいじゃん」
「私からですか? 」
海江田は目を軽く閉じたままうなずく。
されると思うと身構えてしまうが、自分からするとなると少し気分が楽になった気がした。
恭子は初めて海江田の顔をマジマジと見た。
冬でも黒い肌は男子のわりにキメ細かく、太めのキリッとした眉と目の間は狭く、切れ長の二重の目は今は閉じられている。鼻は細く高めだ。唇は薄く口はやや大きめだが、笑うと右側だけ八重歯があり可愛らしくなる。全体的に細めだが、太腿だけはやや太めなのはサッカーをやっているからだろう。
こうしてジックリ見ると、美佐江が騒ぐだけあってかなりのイケメンだ。恭子の為に時間をさいてくれ、こんなところまで付き合ってくれるのだから、面倒見がよく性格もいいのがわかる。
本当はやりたいこともあるだろうに、毎日毎日付き合わせてしまい、申し訳ない気分になる。
「いきます! 」
恭子は早く海江田を解放してあげなけれはならないと心を決める。決めるが……、どうにも恥ずかしさから口から一番遠いオデコに唇が着地する。
海江田は、オデコに降ってきた柔らかい感触に、背中がゾクッとするような快感を感じる。遊園地で頬にキスした時も、そのあまりにもっちりとして吸い付くような感触に、身体が火照り思わず観覧車の中であることを忘れそうになったが、されるのもまたゾクゾクが止まらない。オデコですでにこれなら、唇と唇なら……海江田は
一方恭子は、されるよりもする方が気分が楽だということを発見する。恥ずかしいのは変わらないが、目を開けていることにより、周りも見えるし落ち着くことができた。
これなら……と、ドアの小さな窓を気にしつつ再度海江田の顔に唇を寄せる。次は頬に触れた。顎に触れた時、のびかけの髭の感触を唇に感じ、驚いて手で撫でてみた。ジョリジョリまではいかないが、多少髭があるのがわかった。
「髭……気になる? 剃ってくれば良かったな」
「毎日剃らないの? 」
「まだそんなに濃くないから、三日に一度くらいかな」
「へぇ……」
「な……、目開けてもいい? 」
「ダメ! 絶対にダメ! 」
目なんか合った日には、恥ずかしくてこの場にいられなくなる。海江田は少し笑って、目を閉じたままでいてくれた。
それから唇以外の場所に、切れ長ひたすらキスの雨を降らせた。耳や喉仏にキスした時は、海江田の身体に力が入ったように身体を強張らせた。
「もうそろそろ良くない? 」
こうなると、何の拷問だ?! と思わなくもなかった。いつまでも焦らされて、待てど暮らせど唇に唇が触れることがない。
「でも……」
まだ踏ん切りがつかないのか、恭子は唇スレスレのところまで顔を寄せるが、おしいッッッ!! というギリギリラインをいったりきたり……。
「ちょっとタンマ、休憩しよ」
海江田が飲み物をとろうとわずかに顔を動かしたのと、恭子が唇ギリギリの頬に顔を寄せたタイミングが重なり、まさに漫画のような偶然の出来事が発生する。
そう!
まるでお約束のように、恭子の唇と海江田の唇が軽く触れたのだ。
一瞬時間が止まる。
先に行動を起こしたのは海江田だった。恭子の頭を手で押さえ、さらに唇を押し付ける。本で読んだように唇を吸ってみた。
最初は硬直していた恭子だったが、もう海江田を突き飛ばすことなく、身体を預けるようにして海江田のすることを受け入れた。
唇を吸われると、身体がとろけるような快感を感じる。
キスがこんなに気持ちいいものだとは思わなかった。
どれくらい唇を重ねていたかわからない。
お互いに初めてのキスであったのだが、キスについて予習し過ぎていたせいか、最初からかなり濃厚なものになった。
唇を吸い合い、舌でなんとなく唇を刺激しているうちに、自然と舌が絡まり、音をたてて夢中でお互いの唇を貪った。
この時、恭子の中で何かが芽生えたのかもしれない。
大好きな人とするキスではなく、ただ快楽を求めるキスを知ってしまった。
カラオケボックスの電話が鳴り、二時間が過ぎたことを告げていた。
「電話……でないと」
「ああ……」
海江田は、名残惜しそうに恭子から離れると、最後に音をたててチュッとする。
延長することなくカラオケボックスを出ると、二人は手を繋いで無言で歩いた。
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