第216話 番外編 恭子先生修行中 3

「午後は別れて行動しようか? 」


 午前中絶叫系を制覇して、お昼にカレーショップに入った恭子達は、六人で丸テーブルを囲んで食後のアイスクリームを食べていた。


「別れて? 」


 当たり前だろうが、男子女子に別れる訳じゃないだろう。ペアで午後は過ごそうと海江田は提案していた。


「ああ、進達はそろそろ二人だけで行動したいだろうなって」


 美佐江はヤダァ! と照れながらも、あえて否定せずに海江田の腕を叩く。


「うちらはそりゃありがたいけど、そっちは? 」


 中西が松枝の方を向く。松枝は別にそれでいいよと呟き、雅子もうなずいた。

 後は恭子だけで、恭子に皆の視線が集まる。


「私は何でも……」


 皆でまわるのは楽しいが、付き合っているなら二人きりになりたいのかもしれないと想像する。もし、友達と修平と遊園地に来たら、絶対に二人っきりで遊びたい! と思うに決まっているから。


「じゃあ、自由時間ってことで。五時に入場門のとこに集合な」


 今が一時半だから、三時間半くらいはバラバラになるということだ。

 海江田は恭子の分も食器トレーを片付けると、恭子の手を引いて立ち上がらせた。


「行こうぜ! 」

「ああ、うん」


 残った四人は恭子達に手を振り送り出す。


「あの二人、まだ付き合ってはいないんだよね? 」

「ああ、なんか告白する機会を逸したとか、言ってたけど」

「でも、バッチリ手とか繋いでるじゃない」


 美佐江は、すでにカップルの自分達もまだなのに……と、多少不満気に言う。


「なんか、恭子ちゃんが男馴れするように協力するって名目らしいけど」

「ああ……、そうだよね。この合コンも最初はその目的だったし」

「みーちゃんが信也狙ってたからじゃないの? 」

「もう! 進ちんたらそんな過去の話ししないの」


 一ヶ月も前じゃないのだが、イチャコラし始めた美佐江達を、雅子は呆れたように見て、この二人は駄目だとため息をつく。


「告白する機会を逸したということは、信也君は恭子のこと好きなんだよね? 」

「あいつ、結構モテるけど、そんなに軽くはないよ。まあ、好きな子にはグイグイ行くみたいだけど」

「だろうね」


 雅子はアイスクリームを食べきって立ち上がった。


「まあ、好かれてるならあれでもいいのか。たいっちゃん、うちらも行こうよ」

「ああ、そんじゃ後でな」


 恭子は失恋したとは思っていないようだが、どう考えても大学院生と中学生の恋愛がうまくいくとも思えないし、相手には婚約者までいると聞いていた。そんな男が遊びで恭子に手を出そう(決して出そうとしていないのだが)としたことには怒りさえ覚えていた。

 そんな男の為に努力している恭子はバカだと思うが、海江田が本気ならば恋愛に発展するかもしれず、海江田を応援してみようと思った。


 とりあえずバラけた三組のペアは、各々の思いを胸に遊園地デートを楽しむことになる。


 ★★★


「本当に……お化け屋敷が苦手なんだな」

「ちゃんと無理ですと言いました」


 恭子は、いまだに震える身体で涙を浮かべながら蒼白な顔で座りこんでいた。つまりは、怖さのあまりに腰を抜かしたのである。

 幼稚園の時は、あまりの怖さにお漏らしをして気を失ったくらいなので、まだ今の状態はマシなのだ。だが、本当に腰を抜かした人間を見たことがなかった海江田は、ちょっと困ったように恭子を見下ろし、意を決したように恭子を抱き上げた。


「ちょ……信也君?! 」

「動くなよ。さすがに軽々って訳にはいかないんだから」


 腕がプルプル震えているから、それなりに気合い入れてのお嫁さん抱っこなのだろう。

 何とかベンチまで運ぶと、最後の力を振り絞って恭子をそっとベンチに下ろす。その隣りにドカッと腰を下ろした海江田は、すでに肌寒くなったというのに額に汗を浮かべていた。


「いやさ、脚力には自信あんだけど、腕力はな……。ハハ……情けないな」


 恭子は怖さも忘れて吹き出してしまう。


「なんだ、そんなふうに笑えるんじゃん。いつも真剣な顔してるか真っ赤になってるかだから、あんま笑わないのかと思ったよ」

「そう……だったかしら? 」


 まあ、恭子にしたら真剣に学習している訳だから、海江田の前では滅多に笑っていなくてもしょうがないのかもしれない。


「笑った方が数倍可愛い」


 優しげに頭を撫でられ、恭子はむず痒いような変な気持ちになる。

 恭子は修平への気持ちにこだわるあまり、自分の中に芽生えている小さな感情に気づいていなかった。大体、好意をもっていない相手と触れあったり、恋人の予行練習をするなどできる筈がないのだ。


「次……どこ行く? 」

「もう平気? 」

「うん、大丈夫」

「なら……観覧車かな。ほら、休みつつ遊べるし。……高所恐怖症じゃなきゃな」

「高いところは好きよ」

「じゃあ決まり」


 海江田は恭子に手を差しのべる。

 その手をとって立ち上がり、自然と恋人繋ぎになる。

 誰が見ても仲の良い恋人同士だった。


 観覧車に並ぶと、乗る前に係りの人が写真を撮ってくれた。海江田は恭子の片に手を回し、恭子ははにかみながら微笑んだ。

 観覧車に乗ると、向かい合うのではなく、恭子の隣りに海江田は腰を下ろした。


「傾かないかしら? 」

「大丈夫でしょ。ああ、やっぱりビルばっかだな」

「そりゃそうよ。どちらかというと坂の下にあるから、絶景には程遠いわね。でも、ずいぶん上がるね」

「なあ、観覧車のジンクスってか、お約束知ってる? 」


 どんどん上がる観覧車の窓から下を眺めていた恭子が、キョトンとして海江田を振り返る。


「何それ? 」

「一番てっぺんについたら、キスしないといけないってやつ」

「それ、お約束なの? 」

「まあ、デートで来たらお約束だよな」

「ふーん……」


 もうすぐてっぺん……というところまできて、海江田は恭子の肩に手を回したのだが、気負い過ぎたのか強くつかみ過ぎてしまう。


「痛いよ」

「ああ、ごめん……。なぁ、こっち向いてよ」


 恭子はわざとらしく下を覗き込み、あのビル知らないとか、あんなとこに公園あったんだ……等とつぶやいた。


「……なぁ」


 まさに観覧車がてっぺんにきた時、前の観覧車からも後ろの観覧車からも見えない位置、ぽっかりと宙に浮いているようなそんな状態になった時、海江田は恭子の頬にキスをした。


「あ……」


 頬に柔らかい感触を感じ、恭子はドギマギしながらギュッと目をつぶる。


「嫌……だった? 」


 恭子は目を閉じたまま首を何度も横に振る。

 本当に嫌ではなかった。ただ、ただ、恥ずかしくて海江田の顔が見れない。

 海江田は恭子を抱き締め、背中をトントンと叩いた。ハグには馴れていた恭子は、海江田の少し高めの体温と背中を叩く振動で気持ちが少しづつ落ち着いてくる。


「頬っぺにチューはクリアだね」

「かなり恥ずかしかったですけど……」

「いつかは馴れるさ。次からは頬っぺにチューは挨拶にしようか」

「人前で?! 」


 恭子がそれは無理! と、情けなさそうな顔をして海江田を見上げた。


「いや、さすがに僕も人前でキスは無理だよ。そうしたら、会う場所も考えないとだよな」


 恭子は中学生だが、海江田は高校生で、校則では禁止されているが、アルバイトだってできる年齢だ。初めてクリスマスプレゼントをあげたいと思える女の子が現れ、バイトでもしようか……などと朧気に考えてはいたが、これを期に真剣にアルバイトを探すことを決意した。


 二人っきりになる為には、そこそこお金がかかる……と判断したのだ。最近よく見かけるようになったカラオケボックス。本当に狭い箱のようなものだが、あそこなら手軽に二人っきりになれる。

 価格は安いが、毎回となるとやはり小遣いだけでは心もとないし、男として年下の女の子に支払わせる訳にはいかないから、二人分を工面しないとならない。


 好きな女の子とキスがしたいから……。


 高校生男子がバイトを始めるきっかけとしては十分な理由だった。


「人のいない場所、人がこない場所……難しいかしら? 」

「大丈夫、心あたりはあるんだ」


 観覧車のドアが開き、スタッフが「気をつけて降りてください」と声をかけてくる。


 心あたりって? と聞きたかったが、人前では恥ずかしくて聞くことができなかった。

 観覧車を降りると、写真が飾ってあって恭子達のものもあった。


「これ、買おうか」


 ポラロイド撮影だったから、海江田が一枚購入する。


「カラーコピーしたら、このポラあげる」

「うん」


 写真の中の海江田と恭子は、知らない人が見たら可愛らしいカップルだと思われること間違いないくらい寄り添い、仲良さげに見えた。

 海江田は満足気に写真を眺め、恭子は横に立っているのが海江田ではなく修平だったら……と妄想していた。

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