第119話 盗撮サイト
木の葉も落ちきった冬、そろそろコートも必要になってきた頃、身体のラインがでにくい衣服になってきたせいか、盗撮される回数も減ってきたように思われた。
常に慧か美香が側にいて、辺りを警戒していたため、彼らが求めるような無防備なショットは激減し、盗撮熱も覚めてきたのかもしれない。
その中で、いまだコアな麻衣子ファン三名+一名が麻衣子を狙っていた。
「今年のクリスマスパーティーは、クラブ貸し切りだろ?ビンゴ大会の景品の仕入れは佑に頼んだし、DJは……本当に中西でいいのか? 」
「できるっていうんだから、いいんじゃない? 」
理沙はPCに向かったまま適当に答えたが、マウスを動かしていた手が止まり、画面をジーっと凝視した。
ゆっくり画面をスクロールする。
「ちょっと……」
「ああ? 」
理沙が手招きし、慧は人を呼ぶんじゃなくて来いよ! とばかりに眉を寄せる。
「麻衣子も、ちょっと」
何、何? と、麻衣子と慧、佑が理沙の回りに集まる。
理沙のPCには、いかがわしいサイトが開かれていた。
「あんだよ、これ? 」
「無料盗撮サイト、……これ見てよ」
顔はのっていない、もしくは顔にはモザイクかかっていて、人物は特定できないが、女の子が多数写っていた。
パンチラのような写真から、更衣室やトイレなどの明らかに犯罪だろう隠しカメラによる盗撮写真まで。
「やだ、何見てるのよ」
「いやさ、別にこんなの捜してたわけじゃないんだけど、うちの大学名入れて、写真で検索したらでてきただけ」
「あ、これ、学祭の時のミスコンだ」
佑が指差した先には、杏里らしき女の子のローアングルの写真があった。ギリギリ中は見えていないが、かなりギリッギリだ。
他の女の子達はパンチラ写真がのっていた。そして、なぜかズボン姿でパンチラ関係ない麻衣子の写真まで???
「この “笑う犬” って投稿ネームの人、他にもこんなの。で、これに書き込みしてる人達のがこれで……」
彼らの写真に共通しているのが、胸のアップや、ぴったりとしたズボンの尻のアップ。わずかに下着が透けているのもあるが、こんなの何が楽しいんだ? と思うが、閲覧数はかなりなものみたいだし、書いてあるコメントがけっこうオタクで気持ち悪い。
「これ……」
「麻衣子だな」
「えっ?! 」
本人ですらわからないのに、慧は断言する。
「だよね? なんか見覚えあるズボンだし、このシャツ、よく着ているやつじゃない? 」
そう言われると、そんな気もする。
「間違いねえよ。麻衣子だ」
胸と尻の写真だけで個人が特定できる慧って……。
「こんなんでよくわかるね」
「わかるだろ? 」
「わかる? 」
ふられた佑は、首を傾げる。
わかるわけがない。麻衣子の着ていた洋服も覚えていないし、特徴的な黒子があるというわけでもないのだから。
「わからない……です」
「まあ、普通は人物の特定はできないよね。でもさ、これ大学名が出てるの。あと、イニシャル」
「あ、本当だ! 」
大学名と麻衣子のイニシャルだろうM子ちゃんとなっている。あと何故かスリーサイズ。想像して……というわりには、かなり現実値に近い。
麻衣子だとわかるような、わからないような内容だったが、大学名がでてるだけでアウトではないだろうか? 写真のピントは胸や尻だから、背景はピンボケにはなっているが、見る人が見たら場所も特定できそうだ。
「これ、なんとかならないの? 」
「うーん、顔も写ってないし、本人を断定できないだろうから、自分の盗撮ですって言っても、信じてもらえるかどうか……。投稿した本人に取り消してもらうしかないかもですね」
他の写真も見ながら、佑は考え考え話す。
佑が捜していたのは杏里の他の写真で、さっきの一枚以外はなかった。
「最近はこの三人だけみたいね」
笑う犬、ナルクン、ミルクティの三人だった。ひたすら尻のアップばかり撮っているミルクティ、横からのアングルの胸の写真の多い笑う犬、足フェチなのか、尻だけじゃなく足首までを毎回おさめているナルクン。冬服に代わった今でも、かわらずコンスタントに投稿していた。
「これさ、教室だよね? 」
「ああ、そうだな」
ナルクンの写真の一枚が、階段教室を上がる麻衣子のバックショットだった。
「てことは、こいつは同級生だよな? さすがに、関係ない奴がクラスにいたらわかるっしょ」
「だね。しかも、前の方に座ってるっぽいね。たぶん右前」
いつも前の方に座っている理沙が、その画像をよくよく眺めながら言う。
「右前か……。よし、何人かに声かけて、盗撮犯を探そうぜ」
「うん、私は右前に座ってる女の子達に声かけてみる。男は誰が犯人かわからないから止めといた方がよくない? 」
「俺のダチに足フェチはいねえから大丈夫だと思うけどな」
「隠れフェチもいるかもよ」
「まあな……」
とりあえず、理沙が女子に頼み、自分も注意してみると言うと、PCを閉じた。
麻衣子はバイトに行くため、佑と二人で居酒屋政に向かった。
駅の階段や、電車に乗っている時も、佑は周りを必要以上に気にし、なるべく麻衣子の真後ろを歩いたりしていた。
「佑君、気にしすぎだよ」
「でも、嫌だから。まいちゃんが変な奴に写真撮られるのも、色んな奴がまいちゃんのこと変な目で見るのも。盗撮されてるかもとは聞いてたけどさ、実際に見たらショックって言うか、すっごい気持ち悪くて……」
より嫌な思いをしているのは麻衣子なのに……と思いながらも、佑はどうしても嫌悪感を隠すことができない。
「まあ、気持ち悪いよね。何が楽しいのかわからないし」
「好きな子の写真が欲しいって気持ちはわからなくないけど、あれはまた違うよ。好きな子晒し者にするなんてさ」
晒し者にされたのか……。
顔がでてないし、よっぽど親しい人じゃなきゃわからないだろうなんて、軽く考えていた麻衣子は、佑の言葉に衝撃を受ける。
「とにかく、僕がバイトに入る時は、入りと上がりの時間を合わせるようにしないとだね。火、木、土曜日は松田先輩に送り迎えしてもらうんだよ」
年下のはずが、まるで保護者のように心配する佑は、本当の兄弟のように思えて、嫌な気分が若干浮上する麻衣子だった。
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