第120話 盗撮魔を捕まえろ!

 理沙:ナルクンの目星ついた!


 久しぶりにバイトがなく、慧と三回戦に突入していた日曜日の午後、麻衣子のスマホがブルブルと震えて、理沙からのラインの着信を告げていた。


「慧君、理沙からライン」


 慧は、途中で動きを止めることなく、麻衣子のスマホを手にとって見た。


 麻衣子:だれ?


 麻衣子の代わりに、慧がラインをうつ。

 片手で、しかも腰を激しく動かしながらよくスマホを操作できるなと、感心してしまう。


 理沙:成田勝なりたまさるでナルクン


 理沙からすぐに返信がくる


「成田勝だって。知ってるか? 」


 同じ学年の人間、全ての名前を把握しているわけじゃなかった。特に席が離れていると、顔を見ればわかるかもしれないが、名前と顔が一致することはない。

 慧に至っては、他人に興味がないので、もしかしたら顔すら覚えていないかもしれない。男なら特にだ。


「成田君? 」

「君なんかつけてやることねえよ! 成田の野郎……変態盗撮魔で十分だ」


 そうは言っても、まだ目星なだけで、ナルクン本人かはわかっていないのだから、呼び捨てどころか変なあだ名でなんか呼べない。


「顔見ればわかるかな? パッとこの人って浮かばないかも」


 麻衣子:どんな奴だ?

 理沙:なんだ、松田君か。ほら、前から三列目の、眼鏡かけておかっぱっぽい髪型の小太りなの。いつも一人で通路側に座ってる


 ぶっきらぼうな返信に、麻衣子ではないと気がついた理沙は、とりあえず思い付く限りの成田に関する情報を送ってきた。


 説明するのもうざくなったのか、慧は麻衣子の胸の上にスマホを放り投げた。

 ただ、この状態でスマホを見れるほど、麻衣子に余裕があるわけではなく、とりあえず三回戦が終わって慧が麻衣子の上で動かなくなってから、麻衣子はスマホの文章を読んだ。


「ああ、なんとなくわかる気がする」


 事後処理の終わった慧は、もう一度成田の容姿を頭に思い浮かべたが、全く思い出せなかった。第一、後少しで!! というところで、何が悲しくて盗撮魔の容姿を想像しないといけないんだ!? と、かなりご機嫌斜めになった慧は、盗撮魔を捕まえるトラップを考えついた。

 慧は自分のスマホを取り出すと、サークルの主要メンバーのグループラインを開いた。

 と言っても、部長の慧、副部長の理沙と佑、会計の麻衣子だけのグループラインだったが。


 慧:本日、五時より盗撮犯を誘きだす!!! 大学部室集合!


「何これ? 」


 もちろん、麻衣子のところにも届き、すぐに慧の文章に既読が三つつく。

 理沙と佑君から了解とスタンプが送られてくる。


「あいつら暇人だな」


 呼び出しておいて、失礼な慧である。


「ね、誘きだすって? 」

「餌をぶら下げるんだよ」


 この場合の餌は麻衣子しか考えられない。


「まあ、まだ時間あるからな。……もう一回」


 餌扱いされた麻衣子は、慧の頭をひっぱたいてベッドから起き上がる。


「お昼も食べてないでしょ! とりあえずお風呂とご飯! 」

「えーっ? 飯なんか一食くらい食わなくても大丈夫くない? 」

「大丈夫くない! 」


 すでに二時を回っている。

 こんな調子で、一日一回しか食事をとらないことも多い。慧は一回にバカ食いできるので、一日もつのかもしれないが、麻衣子は一回に食べられる量なんて、たかがしれている。なので、三食食べないともたないのだ。


 二人でシャワーを浴び、すぐにHにもっていこうとする慧の手を叩きつつ、麻衣子は何とかお昼にナポリタンとサラダを作り終えた。

 1,5人前をペロリとたいらげた慧は、まだ食べると追加に一人前のナポリタンを完食した。


「食べなくても大丈夫とか言ってたわりに、よく食べるね」

「まあ、運動したからな」


 呆れ顔の麻衣子に、慧は満足気にごろんと横になる。

 麻衣子が片付けをして戻ってくると、慧はすでに床で寝息をたてていた。

 毛布をかけてあげ、麻衣子も大きく欠伸をする。

 まだ昼だが、万年寝不足の麻衣子はいくらだって眠れそうだった。

 一応目覚ましをかけ、麻衣子はベッドに横になる。

 もちろん、睡魔は一瞬で麻衣子を夢の中に引き込んでいった。


 ★

 麻衣子と杏里が並んで、どこに行くでもなく、腕を酌んで大学構内を歩いていた。

 大学構内を案内している体でゆっくり歩いたり、たまに立ち話しをしたり。麻衣子は十二月に入ったというのに、フェイクファーのショート丈のコートにホットパンツ。生足に十センチのピンヒールが、なかなかの色気をかもしだしている。杏里はショート丈の革ジャンに、革のミニスカート、黒い編み上げのブーツを履いていた。


 その遥か後ろを、無関係を装って軽く変装した慧と佑、理沙と拓実、中西と亜美が歩いていた。

 慧の眼鏡を佑がつけ、二人ともマスクをつけている。理沙と拓実は構内デートよろしく、いちゃついているふりをしつつ、辺りを見回していた。中西と亜美は、一応カップルのふりをしているが、なんともぎこちない。亜美が盗撮魔を目撃したということで、理沙が声をかけたら、二人揃ってやってきたのだ。

 理沙がいろんなツテを行使して手に入れた成田の写真を見せたら、亜美曰く盗撮魔の一人で間違いないと太鼓判を押した。


「現れるかな? 」

「ウフフ、現れるよ」


 理沙は自信満々だ。

 何せ、さっき麻衣子と杏里のバックショットを撮り、盗撮サイトにアップしたばかりだ。大学の人間なら場所が特定できるように、創設者の銅像と校舎も写り込むようにしていた。

 そして、すぐさまイイネがつき、コメントもついた。案の定、ナルクン達三人だった。


「まあ、あれらが食いついたから、すぐさま写真は取り下げたけどね。あいつらは、場所バレしたから管理者に削除されたと思っているみたいだけど」


 イチャイチャしつつも、理沙の目だけはハンターのように絶え間なく辺りを警戒している。その顔つきを見た拓実は、やれやれとため息をついた。

 明らかに楽しんでいる。

 盗撮魔という、誰から見ても正当事由によりをぶちのめせるということを。

 すでにウォーミングアップは完璧だ。突きだろうが蹴りだろうが、いつだってくりだせる状態で、理沙はムズムズする身体を抑えられないのか、落ちつきなさげに身体を揺らしていた。


 三十分ほど構内を歩いただろうか、麻衣子達はベンチに座り、何やら楽しげに喋りだした。

 そんな時、理沙の目が一人の男を捕らえた。スマホ片手に麻衣子達の正面のベンチに座っている。


「あれ、そうかな? 」


 成田ではなさそうだが、やはり小太りで背は低く、真面目眼鏡の男子だった。


 理沙:麻衣子達の正面、あれ盗撮魔?


 今回作ったグループラインに打ち込むと、すぐにみなの既読がつき、亜美から返信がくる。


 亜美:たぶん違います。他の二人はヒョロッとして背が高いですから。一人はなかなかのイケメンですよ


 全員から了解のスタンプが送られ、さらに周りに気を配る。


 最初に見つけたのは亜美だった。


 亜美:麻衣子先輩の後ろの草影に二人います。もう一人は斜め前の銅像に寄りかかって電話してる人です!


 確かに、麻衣子達の後ろにはつつじが植えられており、いい目隠しになっているが、ほんのわずかに揺れた枝の動きを見落とさなかった亜美は、理沙並みの動体視力の持ち主かもしれない。


 銅像の方には理沙達が、麻衣子の後ろ側には、さらに後ろから回り込むように慧達と中西達が近寄った。

 麻衣子が立ち上がったのを合図に、皆一斉に盗撮魔に手をかける。


 一瞬の出来事だった。


 拓実の素早い動きで、盗撮魔Aは理沙の一撃を回避することができ、盗撮魔B・Cは亜美の怪力で草影から引きずり出された。


 中西のみ腕を組み、さも自分の手柄のような顔をし、出遅れた慧と佑は信じられないものを見るように棒立ちだった。


「痛い! 何するんだよ! 」

「それはこちらのセリフです」


 亜美が二人の腕を捻り上げると、二人の手からカメラが落ちる。

 慧と佑がカメラを取り上げ、メモリーを確認する。

 盗撮画像のオンパレードで、麻衣子のものだと思われるのも多数あった。


 盗撮魔Aは、スマホで電話しているふりをして盗撮していたようで、スマホを取り上げるとカメラの画面で、アルバムを開いたら同じように盗撮写真がでてきた。


 証拠品を押さえられた三人は、麻衣子の前に引っ張ってこられ、正座させられた。


「成田君だよね? 」


 名前を呼ばれた成田は、ビクンと肩を震わせた。


「盗撮って、犯罪だと思うんだけど……」


 麻衣子の穏やかな声に、三人はガバッと頭を下げた。


「すみませんでした! 画像は全部消去します。だから警察には!」

「サイトにもあげてたよね? 」

「もちろんそれも消します! 」


 三人は、麻衣子の目の前で画像一括消去を行い、サイトにもアクセスして画像の消去を行った。


 拓実は三人に学生証を出させると、それをスマホで撮る。


「もし、また同じようなことをしたら、この学生証、盗撮犯人はこいつらだって無修正でアップするからね。後、今までのも動画で録ってるから、次があったら警察に動画渡すから」


 盗撮魔達に鉄槌をくだすでもなく、ずいぶん静かだなと思っていたら、理沙は動画を録っていたらしい。

 録り終えた動画を彼らに見せながら、理沙はニンマリと微笑む。

 三人は、さらに頭を地面にこすりつけ、二度としないと約束して解放された。


「ところで、どこにイケメンがいた? 」


 背が高い盗撮魔の一人がイケメンであると亜美が言っていたはずなのだが……。長身の盗撮魔は確かに二人いたが、二人共イケメンというよりはブサメン? 寄りで、盗撮魔Aは中西に似ていた。

 みな首を傾げていると、あなた達の目は節穴ですか!? とばかりに、亜美が食い気味にあの人ですよと去って行く盗撮魔を指差した。


「いましたよ。皆さん目が悪いんじゃないですか? ほら、スマホで盗撮していた人……」

「ああ、なるほど。わかったわかった。あれが亜美ちゃんのタイプだってことね」


 理沙が聞いた私が悪かったと、亜美の頭を撫でる。


「タ……タイプとかじゃなく、真実です! ほら、松田先輩は眼鏡外してるし、佑先輩は度の合わない眼鏡かけてるからしょうがないとして、それ以外の人は眼科に行ったほうがいい! 」


 佑が、そうだと眼鏡を慧に返す。


「松田先輩、度なし眼鏡なんですね」

「えっ? 」


 麻衣子までも驚いて慧を見る。

 お洒落眼鏡というわけでもないし、本人も伊達眼鏡をかけるようなタイプじゃない。

 てっきり、本当に目が悪いんだとばかり思っていたが……。


「ああ、PC用のブルーライトカット眼鏡だからな。度は入ってねえよ」

「そうなの? 」

「両眼とも視力1,5だぜ」

「授業中もかけてるよね? 」


 授業中どころか、寝るまでほとんど外さない。


「めんどいじゃん、かけたり外したりすんの。」

「眼鏡ない方が断然いいと思うけど? 」


 理沙が、こいつバカだと呆れ顔になる。

 確かに、造作は悪くないのだ。地味な眼鏡と髪型さえちゃんとすれば、全然見れるようになる筈で、下手したら拓実レベルまでモテるようになるかも知れない。


「そっか? 別に何だって変わらんだろ? 」

「あたしは眼鏡のがいいと思う!絶対これ! 眼鏡の慧君が好き」


 眼鏡を外しかけた慧は、麻衣子が眼鏡のがいいとアピールすると、すぐに眼鏡をかけ直した。


「まあ、何だっていいだろ。とりあえず、飲み行こうぜ。この人数政入れっかな? 」


 微かに耳を赤くした慧が、佑に電話しろよと居酒屋政に行くことを勝手に決める。


「八人入れます」

「おら、お前らも行くぞ」


 中西達も有無を言わさず引っ張り、皆で居酒屋政に向かった。

 一人社会人ということで、中西と亜美の会計は拓実がもち、今回お手柄の亜美の慰労会と理由をつけ、夜中まで飲み続けた。

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