第118話 新入部員
図書館の事件後、中西は異様なまでに態度が一変した。
今までは裏打ちのない過信に、馴れ馴れしい態度だったのが、チャラいかっこうはそのままだが、びくびくと常に後ろを気にして、麻衣子に近寄らなくなった。
「あの子、何があったの? 」
「あの子? 」
「中西君。そばに寄ってこなくなったじゃん」
月に一回のサークル飲みの日、理沙は顎で中西を差しながらビールを一口飲んだ。
「そう? 」
麻衣子は図書館でのことは慧以外誰にも話していなかったため、素知らぬ顔でサラダを取り分けた。
TSCはかなりの人数がいるため、毎回飲み会の時は居酒屋貸し切りになるのだが、今日はまたけっこうな人数が参加していて、顔を見たことない学生も大勢いる。三年にもなると、話したことはなくても、顔くらいは見たことあるはずなのに、今日の参加者は「誰? 」という人が多い。
「そんなことより、なんか今日人数多くない? 」
「ああ、新入部員が多いから」
「新入部員? この時期に? 」
見回すと、どう見ても一年生じゃないよね? というような新入部員らしき学生がうじゃうじゃいる。まあ、中西のように浪人を数回繰り返していれば、見た目じゃ判断つきにくいのだが、それにしても態度の大きさから言うと、三年・四年レベルだ。
「ああ、男子新入部員が大量入部してね。でも、一人だけ女子もいるか。亜美ちゃん、ちょっとこっち! 」
理沙に呼ばれて、小学生かというくらい背の低い少女がやってきた。
「あ、あなた……」
「こんにちわ。樫井亜美です」
「麻衣子知ってた? 同郷だよね。中西君の幼馴染みだって。家が隣りらしいよ。」
「はい。中学一緒です。麻衣子さんが三年の時に入学したんで、ご記憶にはないと思いますが」
「そう……なんだ。ごめんね、学年違うと、あまりわからなくて」
「私もそうですから、お気遣いなく。たまたま和兄と同じ図書委員ということで、私は麻衣子先輩のことは知ってましたが」
中学の時、中西から同じ図書委員の子と噂になったと聞き、わざわざ見に行ったから知っていたのである。しばらく観察して、麻衣子にはその気はないことがわかったので、特にアプローチすることもなかった。
「そうなんだ。麻衣子の中学の
時って、どんなだった? 」
「やだ、今とは全然違うよ。真面目っぽい見た目だったし」
真面目っぽいと言うか、ザ・真面目! であったが。
「そうですね……、髪は黒くて長かったです。今より……胸は小さかったと記憶してます! 全体的に色気はありませんでした」
「まあ、中学生でお色気たっぷりでも困るけどね。」
「うちのセーラー服はズンドウで有名だったからね。色気とは真逆だったよ」
「その通りです。スカートを短くすると、また滑稽で。麻衣子先輩は着こなしていたと思います」
着こなすというか、母親の厳命でスカートを短くすることができず、膝丈ちょい下のスカートで、制服も着崩すことなく着ていただけだ。
普通の女子はスカートをできる限り短くして、下にジャージを履いていたり、セーラーの上着も微妙に丈を短くしたりしていたが、元の作りがダサすぎるため、余計おかしな見た目になっていることに、みな気づいていなかった。
手を加えないことがベストであったわけである。
「ふーん、麻衣子センスいいもんね」
納得している理沙に、そんなんじゃないよ……とつぶやく。実際、高校までの麻衣子は母親の買ってきた洋服しか着れず、制服を着崩すのなんかもっての他だった。
100%ダサかった自信がある。
それを指摘しない亜美は、なんていい子なんだろうと、麻衣子の中で亜美の株が上がる。この前絶体絶命のところを助けてくれたし、中西の幼馴染みのわりに本当にいい子だ……と、亜美に親しみを覚える。
「亜美ちゃんって呼んでいい? 」
「もちろんです」
理沙が他のテーブルに呼ばれて行き、麻衣子と亜美は二人で話すことになる。
「この間は本当にありがとう。助かった」
「いえ、うちの和兄がご迷惑おかけしました。訴えないでいただき、ありがとうございます」
「訴えるだなんて……。亜美ちゃんのおかげで未遂ですんだし」
「バカで調子のりですが、悪い人間ではないんです。今は少しばかり頭のネジがどっかにすっ飛んでますが」
「うん、私もほんの少しだけど、昔の中西君知ってるし、ちょっと変わりすぎててビックリだけど、悪い人じゃないとは思ってるよ」
亜美は、じっと麻衣子を見上げる。前髪に隠れていた目が少し見え、この子実は凄い美少女なんじゃない?! と気がつく。
今はどちらかと言うと、麻衣子みたいなクールナチュラルなパンツスタイルだが、前髪を切って顔を出し、フンワリとしたフレアスカートなどをはかせたら、きっと可愛いに違いない。
身長が低いのと、髪型とかっこうのアンバランスさが目立ち、モサッとした感じが否めないが、手を加えれば凄まじく変わるだろう。
「亜美ちゃんってパンツスタイルが好きなの? 」
「そういうわけではありません」
「なんか、女の子女の子したかっこうが似合いそう」
「はあ? 」
「あまり興味ない? 」
正直、興味なかった。
自分に似合うかっこうではなく、中西が好むかっこうが第一選択で、それゆえに麻衣子を研究しつくし、より麻衣子に寄せているのだから。そのための麻衣子コレクション(隠し撮り)が亜美のスマホには多数納められていた。
「別に他人にどう見られても、かまわないので」
本当に頓着してなさそうな口調に、麻衣子は探るように亜美を見る。
亜美は麻衣子と話していながら、たまにチラチラ中西を気にするように見ているのに気がついた。そして、さっき亜美が言っていたフレーズを思い出す。
……うちの和兄。
それでピンとくる。
全くもって信じられないというか、中西に恋愛感情を抱く存在が貴重種というか……。
いや、昔の中西ならば真面目で地味なだけでごく普通の子だったから、ないとは言い切れないが、今の中西はいわゆるあれであるから。
ただ、亜美の気持ちに気がついたからと言って、「中西君のことが好きなんでしょ」みたいなことを言うほど、麻衣子は無神経じゃない。が、中西が麻衣子にアプローチしていることは、公然たる事実なので、百億回生まれ代わっても、中西を好きになることはないということをアピールしなくては! と握り拳に力をいれる。
でも、いきなり中西君のことなんてこれっぽっちも好きじゃない!なんて力説するのもおかしいし、切り出し方がわからない。
「そっか、亜美ちゃんは強いね。あたしなんかダメだ。人の目が気になりまくっちゃう。でも、まあ本来は、彼氏にだけ良く見えればいいんだけどね」
「麻衣子先輩の彼氏って、佑先輩ですよね? 」
「違う違う! 佑君も幼馴染みでよく一緒にいるけど、彼氏は同級生の松田慧君、うちの部長だよ」
「部長? ああ、あの人! エエッ?! 」
見た目的にも、バイトまで一緒で幼馴染みの佑が麻衣子の彼氏だと思い込んでいた亜美は、すっとんきょうな声を出す。
それと同時に、佑が相手なら中西は絶対相手にされないと思っていたが、ごく普通の人に見える慧が相手では、万が一でも中西にも可能性が出てしまうのでは?! と、亜美の顔つきが一瞬にして固く強張る。
今の中西はあれだが、昔の中西なら慧と同じタイプに見えたからなんだが、それは男を見る目が養われていない亜美だからこその勘違いだった。
「麻衣子先輩だったら、もっとイケメンでもイケるじゃないですか?! 」
「イケメンって……、慧君もかっこいいよ。見た目地味に見えるけど、パーツはいいんだから。それに、スタイルもいいし。こんなこと本人には言えないけど、可愛いとこもあるんだから。照れ屋で、甘々な態度はとらないけど、よく見てれば好かれてるってわかるし、ツンデレ? みたいなとこが最近多くて、一緒にいるとドキドキする。三年一緒にいるけど、全然飽きないもん」
思わず力説してしまい、結果中西の入る隙間がないくらい麻衣子は慧が好きなんだと伝えることになる。
「まあ、人の好みはそれぞれですが……」
それをあなたに言われたくない!
麻衣子は心の中で突っ込みを入れつつ、笑顔がひきつるのを感じながら、さらに力説する。
「いやっ! 慧君は今までは会った人の中で、一番いい男なんだから!! 」
「おまえね、何を恥ずかしげもなく力説してるわけ? 」
後ろから頭を叩かれ振り返ると、耳だけで赤くした慧が仏頂面で立っていた。
「いや、別に、たいしたことは……」
「恥ずかしい奴……:」
慧が麻衣子の隣りに座り、ちらりと亜美にも目をやる。
学祭で理沙に大変身させられていたのは見ていたが、いくら顔が超絶美少女でも、体型が小学生だし、何より普段がこれだ。全く興味の範疇にない。
でも、麻衣子を助けてくれたわけだし、挨拶くらいしておこうときてみたのだが、何やら麻衣子が自分を誉めまくっているのを聞いて、声をかけるタイミングを逸していたのだ。
「中西の奴、今日はずいぶんとおとなしいな」
麻衣子にからんでこないのもそうだが、サークルの女子とバカ話し(中西は本気)もしていない。
「この間、脅かし過ぎたのかもしれない」
亜美がそんな中西をうっとり(口元の感じから何となく)と見つめていると、中西はその視線を感じてか、よりオドオドと辺りを見回していた。
「この間っつうと、こいつが世話になったみたいだな」
「いえ、うちの和兄の蛮行を阻止しただけ。それより、麻衣子先輩気を付けた方がいいです」
「えっ? 」
まだ中西が何かしてこようと言うのだろうか?
「麻衣子先輩のおっかけ、最近度を越してきてます。」
「??? 」
「サークルに入部してきたような直接的な輩は問題ないですが、ストーキング組はかなりえげつないことになってきてる」
ストーキング組?
「なんでおまえがそんなこと知ってるん? 」
「見ましたから」
同じように麻衣子をストーキングしている亜美は、高確率で麻衣子をストーキングしている数名と鉢合わせていた。
亜美は、麻衣子の洋服のスタイルや仕草などを研究するためだが、彼らはいかに麻衣子のエロいショットが撮れるか競いあっていた。
ファンクラブを自称していたが、アダルト雑誌に投稿できそうなアングルのものや、明らかに下着のラインを狙い撮りした尻のアップ、屈んだ時に見えた胸の谷間など、超高性能カメラを使って、顔関係ない写真を撮り、ファンクラブ内で共有しているようだ。
「だだのカメラ小僧が、エスカレートしてきたようなので、お気をつけください」
亜美はペコリと頭を下げると、中西のいるテーブルへ移動していった。
「ストーキングって、おまえ中西以外にストーキングされてるわけ? 」
「あ、そういえば……」
中西のインパクトが強すぎて、その前の盗撮のことをすっかり忘れていた麻衣子は、そのことを慧に話した。
「おまえね……」
学祭以降、麻衣子の回りが騒がしくなってきたとは思っていたが、まさか盗撮とかされていたとは思っていなかった。
自分の女が、他人のオカズになっていると聞いたら、心中穏やかではいられない。
盗撮がエスカレートとは、部屋……トイレや風呂場に隠しカメラとかそういうレベルか? それとも、無理やり襲ってアダルトな写真を撮るとかか? ……などと、慧はイライラと考える。
「おまえ、しばらく一人になるなよ」
「えっ? 」
「だから、一人になるな」
「そんな、無理でしょ? 大学では誰かいるだろうけど、バイト帰りとかあるし」
「……できる限り迎え行くから」
ムスッとそっぽを向きながら、慧らしからぬことを言う。聞き間違えたのかと、麻衣子は慧の顔をマジマジと見た。まさか、慧にお迎えをしてもらえる日がくるとは……。
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