第二章

第111話 学園祭前日

 夏休みも終わり、学園祭の季節になった。

 TSCはいつも喫茶店を出店しているが、今年も喫茶店……仮装喫茶の準備をしていた。も女子もバニーガールやメイド服を着る予定で、明日の本番の準備で、前日準備グループが講堂の飾り付けで残っていた。

 サークルのメンバーは、ほとんど顔を出さない幽霊部員まで入れれば百人は越える。もちろん、全員が当日に参加されても逆に困るため、衣装などの準備をするグループ、買い出しグループ、前日準備のグループ、当日仮装グループに分けて活動していた。

 部長の慧や副部長の理沙・佑は全てのグループに顔を出していたため、毎日バイトしている麻衣子並みに忙しく、慧のイライラが爆発しそうだった。


「部長、テーブルと椅子、数が足りないんすけど」

「部長、飾りの布、長さが微妙なんですけど」

「部長……」

「部長……」


 慧は頭をかいて呻いた。


「足りなきゃ自力で借りてこい!長さが微妙なくらい何だ! そんな細かいとこ誰も見ねえよ。部長部長うるせーよ! 自分の頭で考えやがれ! 」

「まあまあ、松田君。そんなにカリカリしなさんなって」

「おまえな、部長なんて飾りだから、名前だけ貸してとかほざいてなかったか? 」


 慧のイライラは理沙に向けられたが、理沙は気にするふうでもなく、慧の代わりに指示を出しながら、衣装の最終フィッティングをしていた。


「ねぇ、バニーちゃんは男子に統一した方がいいかな? 女子が着ると、ちょっとエロ過ぎない? 」

「知らねえよ! どっちだっていいだろ」

「じゃあ、麻衣子はバニーちゃんでいい? 」


 どちらも似合いそうであるが、足の長い麻衣子がバニーガールを着れば、それこそ客寄せパンダの効果絶大だろう。麻衣子と佑は外回りをしてもらうつもりなので、二人の衣装には特に気合いを入れていた。


「ああ?! ダメに決まってんだろ。」


 慧は理沙をギロリと睨む。

 ここに麻衣子がいれば、どっちでもいいんじゃん的な態度をとるのだろうが、麻衣子がいない所では彼氏色が全面に出る慧であった。


「まあ、好き好きでいいか。佑君もバニーガールは絶対に着ないって言ってるし。」


 第一、明日の今日で衣装変更はあり得ないだろと呆れ顔の慧に、理沙はメイド服とバニーガールの衣装の入った紙袋を押し付けた。


「というわけで、これ明日の衣装ね。どっちがどっちを着るかは、二人で話し合ってよ」

「って、おい! 俺も着るのかよ?! 」

「当ったり前でしょ。松田君は部長なんだから」

「おまえは何着るんだよ?! 」

「フフッ……知りたい? 」

「いや……いい。全く興味が湧かない」


 理沙の正拳突きを寸ででかわした慧は、紙袋を抱えて教室から走り出る。


「後は任せた! 」

「あ、こら! 明日は朝からきてよね。八時集合だから! 」


 理沙の声を背中に聞きながら、慧は足早に廊下を進んだ。


 ★

 マンションに帰った慧は、ベッドの上に衣装を並べると、ただひたすら唸りながら交互に見た。


 どっちを着るのも絶対に嫌だ!

 第一、自分のキャラじゃない。佑みたいに可愛ければ、このての衣装も似合うだろう。中西みたいな性格なら、何を着てもギャグですまされるに違いない。

 自分が着たら、ただただ痛いだけで、面白くもなんともないじゃないか!


 一見真面目に見える優等生キャラ(明らかに見た目だけである)が、恥ずかしげもなく女装をするから面白いんじゃないか……と、理沙なら言うだろう。綺麗なだけなら女子がやればいいのだから。


 麻衣子にバニーガールは着せたくないから、選ぶこともなく慧がバニーガールのかっこうをする羽目になるのだが、抵抗以外の何物もない。

 まあ、どちらを着てもあれだが、脛毛や脇毛の処理はどうしろというのだろう?バニーガールなら、ビキニラインの処理も必要になるんじゃないだろうか?


 こんなことなら、面倒くさがらずに、企画の段階で猛烈に反対すればよかった!


 理沙が考えた案を、読まずに判を押して学園祭実行委員に提出したのは慧だった。今では後悔しかない。


「何してるの? 」


 いきなり声をかけられて、珍しく慧は表情を崩して飛び退った。その慧の慌てっぷりに、声をかけた麻衣子の方が驚いてしまう。


「おまッ! 声かけろよ」

「ただいまって言ったよ。慧君が気がつかなかっただけじゃない」

「気がつかなきゃ、言ってないのと同じなんだよ! 」

「それ、明日の衣装? 凄い、可愛いね。手作りなんでしょ? 」


 バニーガールのレオタードは市販の物だったが、メイド服は一般の洋服をリメイクして作っており、ほぼ手作りと言ってもよかった。


「着てみるか? 」


 メイド服は、麻衣子の採寸で作ってあるので、サイズはピッタリで凄く似合っていた。本番ではキュロット調のパニエをスカートの下に履くので、パンツが見えることはないが、今はクルッと回転すると、フレアのミニスカートが広がるため、いい感じにパンチラし放題である。


「なんか、これはこれでいいな……」


 麻衣子のスカートをチラリとめくってにじり寄ってくる慧を、麻衣子は慌てて押し留め、衣装を脱いでしまう。

 明日着るのに、シワにしたり汚したりしたら事だからだ。


「もう! ダメでしょ」

「いや、なかなか……。これ、貰えないのかな? 」

「知らないよ」


 慧は、後で理沙に交渉しようと心に決め、洋服を着ようとしている麻衣子にバニーガールの衣装を差し出した。


「ついでにこれも着てみ? 」

「こっち、慧君のでしょ? 」

「一応、どっちでもいいって言われたぜ。とりあえず着てみろよ」

「そう? でも、これはちょっと……」


 かなりハイレグなレオタードで、前も後ろもかなりキレッキレだ。下着を中に着れるとは思えなかった。

 ノーパンでアミタイツを履いて、こんなに食い込むレオタードを着るとなると、ちょっと支障がありそうで……。

 実際に履いてみると、やはり股間に食い込む感じで、麻衣子は恥ずかしくて身動きが取れなくなる。


「どうした? 」

「ちょっとこれ、食い込みすぎてて……」


 お尻は半分以上はみ出ているし、胸のない慧用だからか、胸も谷間がくっきり出て、動くとポロリと出てしまいそうだ。とても、他人に見せられる状態ではなく、こんなのを着て歩き回ったら、どんなプレイだ? という状態になりそうだった。


「食い込むのか? 」


 慧がグイッとレオタードを引っ張る。


「ヒャン! 痛すぎだから!! 」


 それでなくても食い込んでる布地がさらに食い込み、拷問か?! という状態になる。涙目の麻衣子を見てゲラゲラ大笑いした慧は、真面目な顔になり麻衣子の股関辺りをマジマジと見る。

 さすがにそんなに見られると恥ずかしく、麻衣子は赤くなって下半身を押さえた。


「ふーん。ってか、これ俺の隠れなくない? 確実に出るよな? 」

「だと……思う……けど」


 普通にレオタードの幅などを観察しつつ、自分がはいた姿を想像してげんなりする。確実に前張りが必要ではないか?


「ね、ちょっと、ちょっとでいいからさ、女豹のポーズとってよ」


 要求する方も方だが、麻衣子も言われたままにポーズをとる。

 そのまま一回戦に突入し、終わった時にはものの見事にアミタイツは破けていた。


「あーあ、こりゃ履けないな」


 100%確信犯な気もするが、破れてしまったものはしょうがない。

 新しく買おうにも、今は夜中だし、明日も早いから店はまだ開いていないだろう。


 麻衣子が他のグッズも出そうと紙袋をあさると、メモ用紙がでてきた。


【アミタイツの予備あり。ちなみに男性用は別にあり。両方共麻衣子用だよーん】


 アミタイツを破ったり、衣装が合わないとごねることは理沙にはお見通しだったらしく、写真も一枚入っていた。

 腰に両手をあて、満面の笑顔を浮かべている中西で、バニーガールの衣装をバッチリ着こなしていた。

 ハイレグはハイレグだったが、角度はそこまでエグくなく、下に肌色のスパッツのようなものを履いた上にアミタイツを履いている。

 これなら、ポロリということもないだろう……。ないだろうが、全力で拒否したい慧であった。


 中西と同類に見られるのだけは、どうやっても避けたい!!


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