第112話 学園祭当日

「麻衣子、超イケてる! 」


 バニーガールのかっこうをした中西が、右手親指をたてながら、顔面をひきつらせて不器用なウィンクをした。


「へえ、中西ってば、ずいぶん立派じゃん」


 理沙が中西の股間をガン見し、しかも指まで差してニマニマ笑いながら言った。中西も照れたり隠したりすることなく、ふんぞりかえって股間を強調する。


「盛ってるっす!! 」


 そこに盛る意味がわからなかったが、ティッシュでも詰めているのだろう。不自然に股間をモコモコさせている。


「なんか、変態? 」

「理沙先輩酷いっす! 恥を捨てて笑いをとったっていうのに」

「じゃあ、あれも笑いとったの?」


 理沙の視線の先には、最終チェックに走り回る慧がいた。


「いや、あれは普通」


 麻衣子も慧しか知らないから比べようがなかったが、どうやら慧のナニは立派だったらしく、何気にサークルの男子だけでなく女子までバニーガール姿の慧の股間をチラ見していた。


「あっこから勃ったら……。麻衣子、いい物掴んだね」

「理沙! 」


 麻衣子は赤くなって、下品に笑う理沙をたしなめる。


 慧は、一見ヒョロッとしてインドア風の筋肉なし男みたいな顔をして、脱いだら細マッチョで、女子が見惚れる体型をしていた。そのせいで、夏合宿では身体目当ての女達にナンパされたり、麻衣子のモヤモヤの原因になったりもした。

 海パンの時はそんなに目立たなかったが、バニーガールのかっこうの今は、その細マッチョの身体はもちろん、慧の隠された股間のマッチョな部分まで大注目を受けている。


「なるほどね、あれならセフレとしとの需要があるわけだ」


 理沙は妙に納得したようにうなずき、神妙な顔をして麻衣子の肩を叩いた。


「まあ、心配しなさんな。私に任せて」


 理沙は慧を引っ張って教室から出ていくと、十分ほどで二人で戻ってきた。

 黒レオタード、アミタイツはそのままに、頭のウサミミは外され、その代わり( ? )なのか、股間に黒鳥の飾り物をつけていた。慧の股間は隠された形にはなっていたが、歩く度に黒鳥が上下し、教室にいる全員が笑いを飲み込んだ。

 慧の仏頂面と、黒鳥がなんともミスマッチで、みなあえて顔を背ける。直視したら爆笑してしまいそうだからだ。


「どう、麻衣子。これなら松田君のイチモツは注目されないですむよ」


 違う意味で注目されるけどね……。


 慧はすでに諦めたのか、理沙にされるがままおとなしく黒鳥をつけていた。


「松田先輩……」


 どこから見ても可愛らしい女の子にしか見えない佑が、メイド服のスカートをひらつかせながら、悲愴感漂う表情を浮かべる。


「言うな……」


 男二人、無言で意思疎通が成り立っているようだった。


 ★

 麻衣子と佑がメイド服で構内を練り歩いている時、そのアピール力が絶大だったのか、TSC主宰の喫茶店「仮装喫茶 萌え萌え」(このダサいネーミングにも悶え死にしそうだが)は、男女問わず客足が途絶えなかった。


 客は、ただ飲食だけでも入れるが、プラス料金でメイド服やバニーガールだけじゃなく、お姫様や王子服、SMボンテージなどまで着て写真が撮れるステージが用意されていた。これが女子には人気で、色んなかっこうをしては写真を撮り、また推しのスタッフとのツーショット写真撮影も売れまくりで、中でも中西と理沙が人気を競っていた。

 中西はバニーガールであるが、理沙はボンテージを着て女王様スタイルで、けっこう本気で鞭をうならせたりしていた。


「そろそろ教室に戻ろうか」


 チラシを配り終わり、麻衣子はスマホで時間を確認する。

 もうすぐお昼だし、忙しい時間帯になるはずだ。


「そうだね。交代の時間まで後一時間だし、戻っておこうか」


 佑と二人、教室に戻ろうとした時、正面からやってきた男二人が大袈裟な身振りで麻衣子達に話しかけてきた。


「うっひゃーっ、君ら激可愛じゃん! この大学、レベル高ッ! 」

「まじで、ここ受ければ良かったなあ。ねえ、ねえ、君ら何年? 名前教えてよ」

「仮装喫茶やってます。そちらにいらしてください」

「君、セクシーな声だね。凄いハスキーボイス」


 男の一人が馴れ馴れしく佑の肩に手を回す。酒の提供はないはずだが、微かにアルコール臭がしていた。


「触んなよ! 」


 佑が男の手を振り払うと、もう一人の男が麻衣子のスカートをめくろうとする。


「これ、ペチコートっていうの?中どうなってんの? 」

「止めて! 」

「まいちゃん! 」


 佑が麻衣子を助けようとするが、男に押さえられてしまう。


「君は俺の相手してよ。指名すれば横についてくれたりするわけ? どこまでお触りありなん? 」

「キャバクラじゃないぞ! 」

「えー? いいじゃんいいじゃん。チューは? チューくらいはありっしょ? 」

「僕は男だよ! まいちゃんから手を離せよ! 」

「ウッソ? 俺、君なら男でもイケるかも! こっちの彼女も男なの? 」


 麻衣子は必死でスカートを押さえて、めくられまいとしていた。その隙をついて、尻を軽く一撫でされる。


「キャーッ! 」


 回りに人はいたが、遠巻きに見ているだけで、誰も二人を助けようとする人がいない。


「お尻じゃわかんないな。やっぱ、前か胸触らないと」

「ずりー! 俺もお触りしてえ」

「そっちの男の揉んでみればいいじゃん。そんだけ可愛い顔してるんだから、胸くらいついてるかもよ」

「ついてるかよ! おまえら犯罪だからな! 」

「そんな、かたいこと言うなって。ちょっと尻撫でたくらいでさ」


 佑はなんとか男の手から逃れ、麻衣子から男を引き離す。

 背中に麻衣子を隠すようにし、男達を威嚇するが、あまり迫力がないせいか、男達はそんな佑の足をつついたり胸を触ったりしてちょっかいを出す。


 麻衣子がスマホで慧に連絡をとろうとした時、そんな男達の肩をポンポンと叩きながら声をかけた人物がいた。


「君達、さすがにやり過ぎじゃない? ナンパならもっとスマートにやらないとね」

「「龍之介さん?! 」」


 麻衣子と佑がハモって叫ぶ。

 夏合宿でお世話になった理沙の従兄弟の龍之介がにこやかに立っていた。


「おまえに関係ないだろ! 」


 龍之介が穏やかな雰囲気をかもしだしているせいか、男達は龍之介を無視して佑にちょっかいを出そうとする。

 そんな男の手をつかんで、ひねりあげると、龍之介はあくまでもソフトに語りかけた。


「肩の関節外れちゃうんで、動かない方がいいですよ。警備員呼びに行ってもらいましたから、このまま捕まっちゃいますか? 婦女暴行の現行犯になっちゃいますね」

「こいつは男だろ! 」

「奥の子は女性ですよ」

「確かめただけだ! ってか、離せよ! 」


 本当に痛くて身動きがとれないようで、男は足だけジタバタと暴れる。

 そこに女生徒に引っ張られて警備員がやってきて、男二人を連れて行った。


「麻衣子ちゃん、佑君、お久しぶりです」

「龍之介さん、ありがとうございます。どうしてここに? 」

「理沙に招待されてね。なんか、僕の好みに合うことするからきてって言われたんだけど……、僕は女装には興味ないんだけどな」


 多大なる勘違いだと言わんばかりの龍之介に、麻衣子は微妙な笑みを浮かべた。確かに、海斗が女装が似合うようには見えなかったし、そうですよね男子が好きなんですものね……とも言えない。


「佑君は女の子にしか見えないね」

「それ、褒め言葉ですよね? まいちゃんの化粧テクの賜物ですから」

「ああ、だからなんとなく麻衣子ちゃんに似てるんだ。遠くから見たら姉妹みたいだよ」

「そうですか? 」


 なら、杏里とも似て見えるのか?と、杏里がメイド服を着た姿を想像し、内心デレッとする佑だった。


「とりあえず、教室行きましょう」


 龍之介を案内するように出店している教室に向かうと、十人ほど並んで待っているくらい繁盛していた。


「凄いね。うちの海の家でも、来年は仮装でもしようかな」

「中どうぞ」


 中に入ると、テーブル席は多少の空きがあり、並んでいたのは写真ブースの方だった。


「龍之介さん、何でも頼んでください。お礼にご馳走します」

「じゃあ、遠慮なく。パンケーキとアイスコーヒーで」


 麻衣子が注文を通すと、そんなに待つことなく慧がパンケーキとコーヒーを持ってやってきた。


「ブッ!! 慧君、凄い素敵だ」


 龍之介は、慧の黒鳥の頭をぺしぺし叩くと、腹を抱えて大笑いした。

 パンケーキには、可愛く生クリームでデコった真ん中にハートが書いてあり、カラフルにフルーツで飾られている。

 そんな可愛い代物を、むっつり不機嫌な顔をしたレオタードに黒鳥男が持ってくるのだから、そりゃ笑い転げたくもなる。


「いや、悪い悪い。ずいぶん美味しそうだな」

「なんか、麻衣子が助けてもらったようで」


 裏で話しを聞いてきたのか、慧がぶっきらぼうに言うと、龍之介はイヤイヤと慧の黒鳥の頭を擦る。


「……それ、微妙っす」


 龍之介の趣向を知っている慧は、龍之介の手の動きに妙な想像をして一歩後退る。

 むろん、同性愛に偏見があるわけではなく、自分の興味の対象ではないだけだ。拒絶というより、自分は興味ないというアピールとして距離をとった。


「そう? 可愛いのに」


 残念そうに慧の股間の黒鳥を眺めていた龍之介は、食べ物を置いて去っていく慧に、後で写真とろうねと、手をヒラヒラ振る。


 食事が終わった龍之介は、慧を筆頭に、麻衣子や佑、理沙などと写真をとると、遊びにきていた杏里となぜか意気投合して、一緒に学祭回ってくると出て行ってしまった。

 気軽に腕を組みながら出ていく杏里の後ろ姿を見て、佑が何とも言えない表情を浮かべているのに気がついた慧は、ちょいちょいと佑を裏に呼んだ。


「もうすぐ交代ですよね? 次の奴ら遅いですよね 」


 動揺しているのを隠そうとしているのか、しきりに遅い遅いとつぶやく佑の耳を引っ張った。


「おまえ、杏里に乗り換えたのか」

「えっ! 何言って……」


 佑の顔がボッと赤くなる。


「最初は麻衣子狙いだったろ? 」

「まいちゃんは幼馴染みで……」

「初恋の相手ってか? 明らかに麻衣子に取り入ろうとしてたよな。入学当初はさ。で、杏里とはヤったわけ? 」

「ヤったって、そりゃまあ、そんなこと……」


 モジモジしている佑を見て、予想外に純情そうな反応に、慧は毒気を抜かれる。

 女の子と仲が良く、よくベタベタしてたりするから、てっきり女慣れしたすぐに手を出す輩かと思っていた。


「おまえ、もしかして……」


 慧は思ったことをそのまま口に出していた。





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