第254話 クソ女
「……ハァッ?! 」
孝介からの続けざまに届くラインを目で追い、最後に送られてきた写真を見て思いっきり眉を顰めた。
孝介が今日の飲み会に参加しなかった理由、それは家族で食事会をするからだった。この年齢になって、親兄弟との食事会を優先したのは、孝介の兄が結婚報告をするからというもので、離婚歴のある康介兄は結婚式などはしないが、家族に顔合わせだけはしたいと、少しリッチな中華料理屋を予約して、孝介の家族と兄嫁になる女性の家族で食事会をしていたらしい。
その食事会の写真が送られてきて、孝介によく似たごつめの兄と、ケバイ系女性、それによく似たおばさんが満面の笑みで写っていた。
「これ、おまえの娘ちゃんの母親だよね」
「娘じゃねぇし」
「でも、さっき慧から見せてもらった写真の女だよな」
元と琢磨はスマホの画面を覗き込んだ。
「娘捨てて、何、この笑顔」
三人共に嫌悪感半端なく顔を顰めた。
萌音だけでなく、萌音の母親もまさにド笑顔で、孫娘である萌絵が捨てられたことを知らないかのようだった。
慧は手元のコップを空けると、スマホの電話帳を開いて孝介に電話をかけた。スピーカーにセットし、テーブルにスマホを置く。あまり待つことなく孝介が電話口に出た。
『あー、ちょい待ち』
ザワザワと騒がしい状態から少し間を置いて、静かな場所に移動したんだろう孝介が再度声を発した。
『なに、兄貴の嫁さんって慧の昔のヤリ友だったん? ってか、何で今更兄嫁のこと探してる訳? 』
若かりし頃の慧と、皆が知っているラブホでのツーショット写真を見れば、まぁ慧とセフレだと思うだろう。
「その人、白石萌音であってるか? 」
『あぁ、確か萌音っつってたな。母親が萌香とかで、どんだけ萌好きだよって笑えた』
やはり、萌絵の母親で間違いないようだ。
「兄ちゃん再婚だったよな。再婚同士なん? 」
『みたいだな。なんか、結婚三ヶ月で別れたから初婚みたいなもんだとか、分けわかんないこと言ってたけど。高校の時に付き合ってたとかで、つい最近再開して3ヶ月で電撃再婚』
「ハアッ?! 」
孝介の話が本当なら、萌絵を捨てた原因は孝介兄か。
慧は孝介の兄のことは小さい時から知っていたが、見た目は硬派なザ・
『で、兄貴の嫁さんがなんなんだ? 』
「……」
慧が黙りこんでしまった為、スピーカー通話で琢磨が代わりに話しだした。
「……ってことで、慧の娘の母親がおまえの兄ちゃんの嫁らしい訳」
「だから、娘じゃねぇし! 」
『……あの女、兄貴と別れた後も兄貴のことが忘れられなくてとか、殊勝なこと抜かしてやがったくせに』
「萌絵の話だと、男の周期は短かったらしいけど、途切れなかったみたいたぜ。娘放置で遊び狂ってたクソビッチって話だな」
手軽に関係をもてたからとはいえ、そんなビッチに数回乗ったことのある慧も、同類といえば同類だったのだが、流石に我が子を捨てる心境には同意できない。慧からすれば、麻衣子とのスキンシップの邪魔になる萌絵は邪魔な存在でしかないのだが、だからといって家から放り出すそうとは思えなかった。
一生懸命麻衣子の手伝いをしながら麻衣子に纏わりついている萌絵の後ろ姿を見ていると、娘ができたらこんな感じかな……と、将来の家族像を妄想していて、しかも悪くないとすら知らずに思っていたりした。
『とりあえず、〇〇駅前の中華料理屋で顔合わせしてっけど、どうする? もうすぐ解散して役所行くんだと思うけど』
「行く。すぐ行くから、その女逃すなよ」
『了解』
通話を切り、慧は麻衣子に萌絵を連れて元の店に来るようにとラインを送った。すぐに既読がつき、OKのスタンプが踊る。
何でどうして? と面倒なことを聞いてこないところが麻衣子らしい。幼馴染共と会うのは伝えていたから、萌絵のことで何か進展があったと理解したのだろう。
「麻衣子が子供連れて今からここにくるから。俺はちょっと出てくる」
萌音がどんな女かわからないが、娘を捨てるような女だ。見つけたからといってただ萌絵を押し付けても、また捨てるに違いない。萌絵を目の前に、どんな暴挙暴言を吐くかもわからない。だからまずは慧が話を聞こうと思った。
「俺も行くよ」
席を立とうとした琢磨を慧は手で制す。
「元は店あるし、琢磨は麻衣子達が来たらあいつらの世話よろしく」
「そりゃいいけど、おまえ一人で大丈夫か? 」
基本面倒くさがりで口数も多くない慧だ。社会人になり、少しは対人スキルを手に入れたようだが、人と話し合ったり説得したりするのに一番向かないタイプであることを、幼馴染である琢磨達は重々承知していた。
「あぁ。行ってくる」
店から出て行く慧の後ろ姿を見守った琢磨は、麻衣子に電話をかけて詳しい内容を聞き、それを箇条書きにして孝介にラインした。
予想以上のクソ女の情報に、琢磨も元も眉根に皺が寄るのはしょうがないことだった。
★★★
電車で二駅、孝介との電話を切ってから15分程で目的の中華料理屋についた。店の前でスマホだけ持った孝介が立っており、慧に向かってヒラヒラ手を振っていた。
「よう」
「あの女は? 」
「まだ店の中」
「おじちゃんおばちゃんは? 」
「も、店ん中」
慧は眉根の皺をさらに深くする。
孝介の父親は商店街で昔から続く八百屋の三代目で、くだらないダジャレ好きな気さくなおじちゃんだったし、母親はいつも店先から慧達に声をかけてくれて、廃棄手前の甘熟果物とかをくれたりしていた。何より、お年頃になってそこそこやらかしていた慧達に、たまに説教しつつも、昔からの態度を変えなかった数少ない大人だった。そんな人の良い孝介の両親の前で、自分達の息子嫁はこんだけクソビッチだと告げなければならないと思うと、さすがに慧も気が重くなる。
「どうする? あの女だけ呼び出すか?」
孝介は萌音のことを兄嫁と呼ぶのを辞めたらしい。
「いや、後でみんなに説明すんのもめんどいから俺が行く」
孝介と店の中に入り、二階の個室の前に立つ。中からは談笑している様子が伺われた。孝介がドアを開けると、中にいた皆の視線が孝介と慧に集まる。すでに会食は終わり、最後にお茶を飲みつつお開きになるところだったようだ。
「あら、さー君じゃない」
孝介母が慧に手を振る。それに軽く会釈し、慧は萌音の前に歩いて行った。化粧ばえのする派手な顔、身体のラインを強調するようなタイトなワンピースを着て、いかにも水商売の女といった風体だ。目の前に立った慧に戸惑いつつも、慧の顔や身体にネットリとした視線を向けてくる。
「孝介君のお友達かしら? はじめまして」
はじめまして……。
自分の娘の父親と言っている男の顔もわからないらしい。そう思う慧も、実物の白石萌音を見ても、一ミリも記憶の端にも引っかからなかったが。
慧はズボンのポケットに入れてあった萌絵と萌音の写真を出して、萌音の目の前に突きつけた。
「え? 」
「あら、萌絵ちゃんじゃない……って、あらあらオホホホ」
萌音の母親がシマッタ! という表情を隠すように、わざとらしい高笑いを上げた。
「萌絵って? 」
孝介兄が慧の写真を覗き込み、二人が写っている写真に手を伸ばした。
萌絵、いかにも萌音と関係ありますという名前に、親しげに写る二人。赤の他人ではあり得ない証拠のような一枚だ。しかも、萌絵は萌音にそっくりだった。(萌音が化粧落とした顔だが、もちろん孝介兄はそのスッピンを知っている)
「この女の娘」
「え? でも、萌音ちゃん前の旦那さんとは子供はいないって……」
「白石萌絵、十一歳。ここに写っているこの女のことを母親だって言っているな」
「あ、違うのよ! 違くないけど違うの。萌音は泰介君と付き合ってる時に無理やり他の男に……。それが原因で萌絵ができて。泣く泣く泰介君と別れて、女手一つで萌絵を育てたの。でも最近、その男から萌絵を引き取りたいって連絡がきたんですって。なんでも大きな病院の息子らしいんだけど、子供がいないらしくて。今まで養育費も寄越さなかったくせに、厚顔な男よね。でも、萌絵の幸せを考えて萌音は泣く泣く萌絵を手放したのよ。泰介君には、萌音の気持ちが落ち着いたら話すつもりだったのね? ね? 萌音?」
畳み込むように唾を撒き散らして喋る萌絵母と、写真を凝視して固まる萌絵。ポカンとした表情で慧と萌音を見る孝介両親。慧は萌絵母の主張に、ただただ無言で萌絵を睨みつけた。
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