第255話 クソ女2

「無理やりってことは、その大病院の息子にレイプされたってこと? ちなみに長男次男どっち? 」

「まぁ、どっちかしら?! 萌音、長男? 長男なの? 」

「……知らない。私より年下だとしか」


 慧の顔をマジマジと見ながら答える萌音に、長男ならいいのに……と言わんばかりの態度を示す萌音母。子供がいることを隠して結婚したことすらショッキングなのに、あまりに厚顔な萌音母に、孝介の家族は皆顔を顰めた。

 この近所の個人経営の総合病院と言えば、慧の父親の病院しかない。つまりは、大病院の息子と言えば、慧か慧の兄しかおらず、萌音よりも年下であるならそれは、写真を片手に乗り込んできた慧しかあり得ない。

 しかし、慧が父親かどうかはおいておいて、慧がわざわざ子供を自ら引き取るなど面倒なことをする人間じゃないというのが、木田家全体の総意であった。


「長男でも次男でも、医者なら……」

「この近所の総合病院ですよね? 萌音さんより年下っていうなら、長男さんじゃないですね。でも、あそこの次男さんはお医者さんじゃないですよ。ねえ、孝介? 」


 慧をチラチラ見ながらも、孝介母は慧に確認せずに孝介に聞き、言外にどういうことなのか説明してと訴えている。


「まぁ……。跡継ぎがいないって聞いたからてっきり」

「跡継ぎがいないって、長男さんも次男さんもちゃんとお嫁さんがいるし、二人共まだ赤ちゃんを諦める年齢じゃないですよ」

「あらでも萌音の話しじゃ……。まぁ、年齢云々関係なく不妊もありますしね」


 麻衣子も兄嫁の美鈴も、勝手に不妊にされてたまったものじゃない。未鈴は仕事命で、子供はいらないと公言しているが、麻衣子は普通に妊娠出産希望なんだから。


「あなた……もしかして慧? 」


 やっと過去の慧と目の前の男が重なったのか、萌音は瞬きもせずに慧を凝視して聞いてきた。


「勝手に呼び捨てにすんな。っつうか、あんたなんか知らないんだけど。実際顔見ても、やっぱ思い出さねぇし。もしかしたら一回くらいはヤッたんかもしれねぇけど、正直どんだけ盛りがついてたって、あんた相手に無理やりヤるとかねぇから。面倒くさい以前に、食指が動かねぇ。それと、誰が他人のガキを引き取りたいっつったよ! 勝手に送り込んできたくせに」


 忌々し気に言い放つ慧に、辺りが氷点下に凍りつく。決して冷房の故障ではない。


「萌音、萌音、えっ? こちらもしかして……。やだあなた、今更きても遅いわよ。萌音はもう泰介君と結婚したんだもの。子供のことも十年以上放置しといて、今更も今更過ぎない? 他人の物になると知って惜しくなったのかしら。うちの子、私に似て美人だからわからなくはないけど」


 いまいち理解できていない萌音母が、意味不明な事をベラベラと捲し立てた。

 慧が誰であるか認識したようだが、慧の言った内容は総スルーで、勝手に慧がここに現れた理由を自分なりのストーリーで作り出したらしい。話が通じない人物というのは存在するが、余りに的外れ過ぎてみなポカンとしてしまう。


「えっと……慧、とりあえず座れよ」


 泰介に促されて、慧は孝介のいた積に座り、孝介は後ろから余った椅子を持ってきてその隣に座った。


「慧は、昔に萌音と付き合ってたのか? 」

「いや、全く記憶にないね。写真があったから、一回くらいはヤッたかもしんねーけど。記憶はねーけど、無理やりは絶対にない。そこまで不自由してなかったし」

「うん、それは俺も保証する。だいたい慧のタイプって、あんま派手な感じじゃなかったし、どっちかっていうと清楚系に見えてド淫乱な感じ。ギャップ好きだよな。自分から女子に声かけなくても、勝手にそいう相手が近寄ってきてたしな。無理やり女に手を出して、しかも妊娠させるとか、まずあり得ない」


 孝介のフォローには素直に頷けない部分もあるが、慧はそうか自分がギャップに弱かったのかと、自分でさえ気づいていなかった自分のタイプに納得する。

 出合った時の麻衣子はミニスカに派手目の化粧、派手なグループに所属していて、どちらかと言うと慧がスルーするタイプの人種だった。それが、サークル飲みの後酔った麻衣子を麻衣子のアパートまで送り、据え膳をいただいてしまい、それからセフレから恋人、さらには奥さんになった訳だが、確かに麻衣子はギャップの人だった。

 いかにも遊んでます、御洒落に命かけてますという見た目で、実は男慣れしていない処女だったし、なのに感度は最高で、身体は極上。料理なんかできなさそうなのに、チャッチャッと作る料理は無茶苦茶美味くて。パパ活して男に貢がせそうなのに、実は生活費は自分で稼いだり、腹違いの妹の為の進学費を貯めたりと、実はかなり堅実で家族思いだったりする。


 なるほど、ギャップに惚れたのか。


「じゃあ、子供って」

「俺のんじゃない。DNA鑑定したけど、99.9%他人。十一歳だってよ、兄ちゃんは心当たりないの」


 実は萌絵を慧の家で預かった時、誰にも内緒でDNA鑑定をしたのだ。割高だったが、髪の毛を送って一週間で検査結果が届いた。その結果が、ほぼ他人。麻衣子や親にはすぐ伝えたが、母親は明らかにがっかりしていた。隠し子だろうが、そんなに孫が欲しいのかと、慧は内心ドン引きした。麻衣子も言葉にはしていなかったが、ホッとしたことだろう。


 慧はポケットから検査結果の紙を出してテーブルに置いた。


 ただ、他人だとわかったものの、まさか小学生を一人追い出すわけにもいかず、かといって施設に入れるのも躊躇われ、萌絵には慧が父親だと思わせたままいまだに慧の家で面倒を見ていた。


「多分付き合ってた時期の子供だろうけど、昔付き合ってた時はキスまでしかしてないから。確か、萌音は短いみたいだけど結婚してたよね? その人が父親なんじゃ? 」


 考えるまでもなく泰介は首を横に振る。泰介は見た目ド硬派ガテン系なのだが、恋愛には臆病だったようだ。慧に声をかけてすぐに寝るような女だから、きっとなかなか手を出してこない泰介に苛立ち、浮気しまくったに違いない。慧もその一人だったのだろう。そして、その浮気相手の誰かが萌絵の父親というわけだ。


「いや、多分兄ちゃんと別れてすぐの男みたいだけど、妊娠時期詐称してあまりに早く生まれたのに、三千超えの新生児とか明らかに自分の子供じゃないって離婚したらしいぜ」

「じゃあ、萌音は父親は慧だと思っていたのか? それで慧に預けたの? 」

「いや、預けられてねぇし。こいつ、うちの前に娘捨てたんだよ。いきなり子供だけうちん実家に押しかけさせんだぜ。俺の子供だからあとはよろしくって手紙だけ持たせてさ」

「あんた! 萌絵は父親が引き取りたいって言ってきたって……」


 萌音母がキンキンした声で叫ぶ。


「だって……」

「いやいやいや、だっても何もないだろうに。この女は、自分の子供を赤の他人に娘だって偽って押し付けたんだよ。自分の子供を捨てたんだよ」

「だって! あん時関係があった男の中で一番金持ってんのあんただったし、たった一度かもしんないけど、もしかしたらゴムに穴開いてたかもしんないじゃい。あたしみたいなのに育てたられるより、お医者さんの娘になった方が断然いいでしょ。あんたが実家に就職したって聞いて、てっきり医者になったんだって思ったし。母親が再婚して邪魔者扱いされるんなら、医者の家でお嬢様で暮らした方がいいと思って何が悪いのよ! 」


 慧を睨みつけながら忌々しそうに言う萌音であるが、何に対して怒っているか全く意味がわからない。自分勝手も甚だしい。

 慧自身がこの女と二度と関わることはなくても、萌絵はそうではないんだということに、慧はムカムカと怒りが沸いてしょうがなかった。



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