第181話 愛理との夕飯
「麻衣子さん、お待たせしました」
愛理の仕事場は、麻衣子の仕事場より駅二つ向こうであるということがわかり、週に一~二度は一緒に帰るようになっていた。
今日は、少し遅いがいつもよりは二人して早く上がれたので、夕飯でも食べようと、麻衣子の駅で待ち合わせしていた。
「そんな待ってないですよ。何を食べましょう? 」
愛理が丁寧に話すからか、つい麻衣子もですます調になってしまう。
「イタリアンでしょうか? 美味しい物がいいですよね。麻衣子さんは何がお好きですか? 」
「そうですね。イタリアンも好きですけど、せっかく食べるのなら、自分で作らない物がいいですね。居酒屋になるんですが、美味しい多国籍料理の店があるんです。どうですか? 」
「そこに行きましょう」
この間、二度目の同期会で行った店だった。前々回と違い、純然たる同期のみの飲み会であった筈が、途中からチャラ系の先輩の真田が合流し、安西弄りで会は終了した。その店の料理が美味しかった記憶が新しく、またその時頼んだ料理以外にも気になったものがあったため、再度来たいと思っていたところだった。
店は混んでいたが、カウンターなら二人で並んで座れた。
フレッシュジュースで乾杯し、エビとアボカドのサラダとパクチーのカナッペ、鶏肉のタイ風ソースかけ、ガパオライスを頼んだ。
二人で食べるには少し多いかと思ったが、二人とも酒を飲まないのでそれなりに食が進み、気がつけば、カナッペが一つ残っただけになっていた。
「とても美味しかったです」
「そうですね。久しぶりにたくさん食べました」
満足気におなかをさすりながら、愛理は麻衣子の様子をチラリと見て笑顔を浮かべる。
「美味しい物を食べると元気になりますよね」
どうやら、愛理は麻衣子の様子がいつもと違うことを気づかってくれたらしい。
「そうですね。ホント、元気になります」
「あの……もしお仕事で何か無理なこととか嫌なことがあるなら、私からたろさんにお話ししましょうか? 」
「違います。そうじゃないんです。……そんなに、私、顔に出てます? 」
「はい……目の下にクマが」
うまくコンシーラーで隠しているつもりが、ばっちり愛理にはバレてしまっている。
「寝不足なだけなんです。仕事とかは関係なくて」
「お仕事が忙しくて……じゃないんですか? 」
「仕事は忙しいですけど、忙しい方が気が紛れますし……」
「気が紛れる? 」
愛理といるとつい和んでしまうのか、つい口が滑ってしまう。
「いえ、あの……倦怠期なんですかね。彼氏とうまくいっていない気がして」
「倦怠期……。お付き合いして何年ですか? 」
「……五年? くらいだと」
「うちは四年です。近いですね。で、倦怠期ってどんな感じなんですか? あまり喋らなくなったとか? 喧嘩が増えたとかですか?」
「えっと、うちは元からあまり話すタイプじゃないんで、喧嘩にもならないっていうか……」
Hの回数が激減した……なんて、酔わなくて話せる内容ではない。
「あの、ちょっとカクテルを一杯頼んでもいいですか?」
「どうぞ。では、私も一ついただこうかしら」
二人でサングリアのデキャンタを頼むことにし、フルーツのいっぱい入ったデキャンタを見て、愛理はテンションを上げる。
「素敵! こんな可愛らしいお酒もあるのね。このフルーツ、食べてもいいのかしら? 」
「多分」
麻衣子も、洋酒にそんなに詳しい訳ではないが、前に頼んだ時に理沙がフルーツを食べていたのを思い出した。バイトしていた居酒屋には、多少のカクテルはあったが、サワーの方が種類は多かったし、こんなお洒落な物は置いてなかった。
美味しい焼酎の作り方や、日本酒の種類などなら知識としては詳しかったが……。
「では、改めまして乾杯! 」
お互いのグラスにサングリアを注ぐと、再度乾杯をしてグラスを傾ける。
「それで、どんな種類の倦怠期なんですか? 」
麻衣子は勢いでグラスをあけ、愛理がおかわりを注いでくれる。麻衣子は意を決したように口を開いた。
「その……Hの回数が激減したんです。以前は二日か三日に一回だったのが、ここ一ヶ月なくて……」
「二日に一回! 一緒に住むと、そんなにするもんなんですか?! 」
「どうかしら? 私は慧君が初めての彼氏だから、他は知らないんだけど、大学生の時はほぼ毎日だったし、始まると一回じゃ終わらなくて……。一晩で五回……が最高かな? 今もすれば二回や三回は一晩でするかしら」
愛理は、恥ずかしさよりも驚きが勝ったようで、そんなに……とつぶやいて口を押さえた。
「たろさんとは一ヶ月に数回ですよ。しかも一晩に一回です。やはり、私に魅力がないせいかしら」
シュンとしてしまう愛理を、逆に麻衣子が慰める。
「まあ、年齢もあるかも……。ほら、社長、三十越えてますよね」
「三十二です」
「ならしょうがないですよ。男性はそういうもの? らしいですから」
「そう……なんでしょうか? 」
男性経験が浅い者同士の会話だから、お互いに確信のない会話になる。
話しているうちに、愛理なら一ヶ月なくても相手が忠太郎ならそれもあるかもだが、慧みたいなタイプは一ヶ月ないのは異常だ……という結論に達する。
「やっぱり浮気……かな」
「そんな……」
愛理は初めての彼氏(大樹)のことを思い出す。
色んな子に手をつけて、合コンとかで飲み潰して関係を迫る卑劣な男だった。愛理も同じ手口の被害者で、知らない間に彼氏になったと言われた。
それでも初めての彼氏で、好きになったものの、高校の友達であるるりと二股をかけられたり、何人も愛理と同じ被害者がいることを知り、たまたまその時に知り合った忠太郎の手助けで、あの浮気男とは別れることができた。
浮気=大樹という図式が頭に出来上がっており、愛理の浮気にたいするイメージは必要以上に悪かった。
「もし、浮気だとしたら、別れるんですよね? 」
麻衣子は無言でグラスを傾けた。
「浮気男は何度でも繰り返します」
珍しく断定的な言い方の愛理に、麻衣子は前に愛理をストーキングしていたサラリーマンを思い出した。初めての彼氏で浮気癖が酷かったと言っていたから、あの男を思い浮かべたのだろうと思った。
「そうね。前の時は身体だけの関係みたいだったから、私から別れるってアプローチして、なんとか元サヤに戻ったけど、今回は何か違う気がするから……多分向こうから別れ話しがあるのかな……」
「前もあったんですか?! 酷いです! 」
「まあ、五年も付き合えば色々と……ね。私も慧君以外の男性に揺れたこともあったし」
「そうなんですか? 」
全くの驚きだ! という表情の愛理を見ると、どうやらラブラブな四年間を過ごしてきたらしい。幸せで羨ましい……。
最後のカナッペを口にした麻衣子は、サングリアも飲み干した。
「もし浮気しているようなら、しっかりとお話しした方がいいです。じゃないと、麻衣子さんがずっと嫌な気持ちを抱えていかなきゃじゃないですか! 」
麻衣子は、それを躊躇っていたのだ。話すことは簡単だ。問い詰めることもできるだろう。
ただ、話してしまったら、今回こそは麻衣子と慧の関係が終わりになってしまうと思っていた。
麻衣子と慧の始まりは恋愛ではなかった。ただ、毎日肌を重ね、年月を過ごすことで、恋人としての愛情は育ってきている筈だった。
慧は口下手で、好きだとか愛してるとかは言わないけれど、好かれているんだと感じることもあったから。
今までの慧の恋愛(セフレとの間にそれがあったか謎だが)を思うと、慧は急に恋に落ちるタイプではなく、徐々に育てるタイプなんだと思っていたのに……。
もし、今回慧が浮気をしているとしたら……それは本気なんじゃないか? 麻衣子を抱くことも忘れる程、その相手のことしか考えられなくなっているんじゃないだろうか?
麻衣子はそんなことを悩んで夜も眠れず、目の下のクマを深く深く刻んでいた。
そして、麻衣子の慧についての予想は、大抵当たるのである。
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