第180話 ホントの浮気

 あれから、数度となく慧は恭子の部屋を訪れ、唇を合わせた。

 ただ、いまだにキスだけで、身体に触れるとかそれ以上はうまくかわされていた。清い……と言えるかは謎だが、慧的には清い関係を保ったまま師走を迎えた。


 恭子は最近口紅を淡いグロスに替えて講義をする日が多くなり、そんな日は慧が必ず教授室に訪れた。二人の暗黙の約束のようになっていたのだが、それを知っているのは当事者だけでなく、もう一人いた。


 自称慧の彼女、大学の中の噂的にも慧の彼女である佳奈だ。

 慧はその噂を肯定も否定もせず、ただ態度だけはされるがまま突っぱねることをしなくなった。

 今では隣りに座って講義を受けているし、腕を引かれて歩く姿も多数目撃されていた。

 見た目だけは真面目同士、そんなに違和感なく周りには受け入れられていた。


「今日も行くのね」


 恭子の淡いグロスを見て、佳奈は慧の膝に手を置いた。


「うるせーよ」

「何よ? キスまでした仲じゃない。彼女にそんな口聞いていいの? 」


 彼女である筈もなく、慧は一度だって認めたつもりはないが、あの時佳奈の唇を避けられなかったのは事実で、それはあの動画(正確には音声のみ)のせいであり、あれがある限り慧は佳奈を振りほどくことができないのだ。


 それが分かってか、佳奈は念押しするようにたまにスマホのアルバムを開きあの動画を眺める。もちろん、音声は漏れないようにイヤホンをつけてだが。

 授業中、しかも恭子が講義をしている最中にそれをするから、横にいる慧はたまったものではない。


 しかも、何故か夏休みにゲットした麻衣子のアドレスをむやみやたらとひけらかすように画面に提示したりして、佳奈の存在自体が脅迫以外の何者でもなく、そんな慧のイライラが、余計恭子に溺れる後押しをしていた。



「最近、佳奈ちゃんと仲がいいの? 」


 教授室に訪れ、乱暴に鍵を閉めた慧は、恭子を抱きしめると自分から唇を合わせた。

 そんな慧を笑って受け入れ、テーブルにもたれかかりながら慧の首に手を回した恭子は、何気ない会話のつもりで慧に佳奈はネタを振った。


「西城の話しは止めろよ」


 いつもなら恭子に合わせるように長い時間キスをする慧が、ムッとしたようにつぶやくと、恭子の耳を噛み、首筋を舐めるように唇を下げて行く。


「どうしたの? 何か喧嘩でもしたのかしら? せっかちさんね」


 いつものように、ヤンワリと拒む手を押さえると、大きなテーブルの上に恭子を押し倒した。

 両手首を片手で掴み、その柔らかい胸に顔を埋める。


「こら、こら。ここは学校よ。ダメ……ダメよ。そんなことしたら……」


 喘ぎ声を抑えるように、恭子は唇を噛みしめて身体をくねらせる。


「何で? キスはよくて、それ以上はダメなのかよ? 」


 慧は、もう遠慮することなく恭子の身体をまさぐり、下半身に手が触れようとした時、恭子は最大の抵抗を示した。

 足をばたつかせ、慧の手を避けようとしたのだ。その行為は、今までの大人の女性らしいかけひきのような拒絶ではなく、必死でウブな少女のようだった。


「ダメよ! 修平先生はそんなことしないわ!! 」


 慧の手がピタリと止まる。恭子の抵抗なんて問題ではなかったが、父親の名前は予想外だったのだ。


 修平……親父?


「今何て? 」

「あなたは修平先生の代わり。修平先生がしそうにないことしないで! 誰だって、私にキス以上のことはしなかったわ。……あの人だって。あなたが私に触れないで」


 慧は、頭を殴られたような衝撃を受けた。


 俺が親父の代わり?

 そりゃ、最初はそんな話しもしてたかもだけど……意味わかんね! ってか、あの人って誰だ?


「親父だってSEXすんだろ! だから俺が生まれたんだし」

「でも、こんなやり方はなさらないわ。真面目で素敵な方だったから。私にキスしようとして、思い止まったような、誠実な方よ」

「知らねぇよ、昔の親父なんか!第一、 誠実な奴が生徒だったあんたにキスはしようとしたんだな」

「それは……。でも、初めてで怖がった私を見て、ただ抱きしめてくださったの。だから、私、ちゃんと次は修平先生とキスできるように、猛特訓したんだもの。ただ、次の機会がくる前に、家庭教師が終わってしまったけれど」


 確か、その時は母親と婚約していて、しかも恭子は中学生だった訳で……、とんでもないエロ親父だ! と、慧は自分を棚にあげて父親を心の中で罵倒する。

 そして、何よりも父親の代わりにされていたことにショックを受けている自分に戸惑い以上の動揺を感じた。


 キスは浮気じゃない……そう言い聞かせて恭子の元に通っていたが、父親の身代わりだったことにショックを受けている自分がいた。

 沢山交わしたキスも、甘い囁きも、全て自分に向けられた物ではなかった。それが何故、こんなにショックなのか?

 麻衣子以外の昔の女達とは、ヤれればいいやくらいの気持ちで接していた。ヤれなかったら別に拘ることもなく次を見つければいいだけで、そんな女はすぐにみかぎってきた。


「俺、帰るわ……」


 慧は、テーブルの上に恭子を置き去りにし、教授室から出ていった。


 そういや、最近SEXしてねえな。

 それで頭がわいちまったのかな?


 思い返すと、ここ一ヶ月程誰とも身体を重ねていなかった。一緒に住んでいる麻衣子ともだ。

 それが今までを思うと、どんなに異常なことか、麻衣子がどんな気持ちでいるかなど、慧はこれっぽっちも気づいていなかった。

 そして、身体を重ねるよりも本格的にホンキな浮気をしていたことにも、慧は気づいていなかったのだ。


 慧が出ていった部屋に一人残された恭子は、自分の唇に触れ、身体を抱き締めた。


 あの人は私が嫌がることは決してしなかったわ。私に始めてキスを教えてくれたあの人は……。

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