第77話 下心
新入生歓迎コンパから一週間、慧と清華の関係はいきなり収束を迎えた。
しかも、それを麻衣子達に伝えたのは理沙であった。
「木梨清華から連絡きたんだけど、旦那さんBBの確率が高そうみたい」
「えっと?」
サークルのミーティングに向かう最中、理沙がサラッと言ってきた。
「なんか、旦那さんのお母さんがABで、お父さんはBらしいの」
「つまり? 」
「お父さんがBOかBBかでまた話しは変わっちゃうんだけど、そこはわからないんだよね。でも、高確率でBBじゃないかって話ししたらさ、松田君に伝えて欲しいことがあるって言われたんだけど」
「何? 」
慧は、まさかまだまとわりつかれるのかと、頬をひくつかせながら聞く。
まあ、自業自得なんだけど、さすがに常識の通じない相手に、これ以上関わって欲しくないというか……。ある意味、自分のことしか考えていないところは似た者同士だとも言えなくないのだが、本人は絶対に認めないだろう。
「O型の子供が生まれると困るから、慧君とは暫くSEXできないわ。ごめんね……だそうよ」
慧は、口をポカンと開けて理沙の顔を見る。
まるで、自分がフラれたかのような言われ方に、慧は次第にムカムカと怒りがわいてくる。その表情を見て、理沙が慰めるように肩を叩く。
「まあ、良かったじゃない。開き直られなくて」
「ごめんねの前に、あいつと子供作る気は更々ないっつうの! やっぱ、意味わかんねえ! 」
「これに懲りて、二度と麻衣子を裏切らないことね」
「うっせーよ! 」
慧はムスッとして、ズンズン前を歩いていってしまう。
「そんなわけで、とりあえずはあの人が松田君にちょっかい出すことはなさそうだよ」
麻衣子もなんとも言えない表情でうなずく。
暫く……という単語に引っ掛かりを覚えたのだ。
終息ではなく、収束。
終わったんじゃなく、収まっただけのような……。
「まあ、一番はBB型のヤリチンをあてがえればいいんだけどね。なかなか、都合よくいないよね。たあ君はO型だし」
自分の彼氏をヤリチン扱いって、それはそれでどうかと思うが、理沙なりに解決方法を考えてくれているらしく、頼もしい限りだ。
理沙自体も、少し思考回路が特殊な面があるから、一般常識が通用しない清華にはちょうどいのかもしれない。
BBね……、そういえば佑君、両親がAB型同士から生まれたB型だって言ってたっけ。
姉のあかりがA型だったから、佑もA型だとばかり思っていたら、あかりがあいつは自分勝手なBなんだって、こけおろしていたのを思い出した。
まあ、佑君がBB型でも関係ないけどね。
「ま・い・ちゃ・ん」
いきなり後ろから腕を引っ張られ、驚いて振り向くと、そこには佑がにこやかに立っていた。
今日も愛くるしい笑顔で、スルリと麻衣子の腕をとる。
まるで、女の子同士の友達のようなその態度に、麻衣子は振りほどくのも躊躇われ、苦笑しながら一緒に歩いた。
昔も、よくこうして麻衣子にくっついてきたものだ。
いつも姉のあかりについてきて遊んでいるくせに、あかりに頼るのではなく、まいちゃんまいちゃんと、いつも麻衣子にまとわりついていた。
一人っ子の麻衣子は、慕われると嬉しく、ついつい面倒を見ていた。
「まいちゃん、実は相談があるんだ」
「相談? 」
「うん。あのさ、てっとり早くお金になるバイトってないかな? 」
「お金? 仕送りは? 」
「……使っちゃった。だって、独り暮らしって、こんなにお金がかかるなんて思ってなかったんだ。仕送りまであと三日、すっからかんで……」
そう言えば、一週間前より頬がほっそりしたような気がした。
「ちょっと、限界っていうか、まじで空腹過ぎる」
クテッと麻衣子にしがみついてくる佑を見て、麻衣子はスマホを取り出した。
「すぐにお金にはならないけど、あたしがバイトしてる居酒屋でバイト募集してるから、聞いてあげようか? 賄いが出るから、バイトに入れば夕飯はゲットできるよ」
「マジで? とりあえず、飯食えたらありがたいよ! 」
麻衣子は居酒屋政に電話し、事情を話し、佑がバイトにすぐにでも入りたいむねを伝えた。
大将は二つ返事で今日から来なよと言ってくれ、麻衣子と同じ時間に履歴書持ってきてねとのことだった。
「今日からきてだって。履歴書ある? 」
「100均で売ってるかな? 僕、履歴書の書き方わからない」
「手伝ってあげる。写真は? 」
「入学の時に貼ったあまりがある。でも、家帰らないとだ」
「家ってどこ? 」
偶然にも、麻衣子の前の住まいの一つ先の駅だった。
「なら、交通費もかからないね。定期あるから。とりあえず、今日はサークルのミーティングは顔出しだけにして、一緒に抜けよう。いい? 」
「もちろん! やっぱ、まいちゃんは頼りになるね。同じ大学で良かった」
佑は、麻衣子の手を握り、ブンブンと振り回した。
部室に入ろうとしていた慧が、振り返ってその様子を目にし、かなりムッとした表情になり、叩きつけるように扉を閉める。
自分は他の女と気軽に肌を重ねておいて、たかが手を握られたのを見ただけでイラッとした自分に、器の小ささを感じたからであった。
「へえ、松田君もやきもちやくんだね」
その様子を見ていた理沙が、ニヤニヤ笑いながら言う。
「やきもち? やだ、佑君はそんなんじゃないし。ねえ? 姉弟みたいな感じだから」
「そうですよ。まいちゃんは、昔から僕の面倒を見てくれて、姉ちゃんよりお姉さんらしいんですから」
「姉弟ねえ? 」
理沙は、下らないというように鼻で笑う。
佑の下心を見透かしていたが、それを責めるわけでもなく、理沙にしては珍しく余計なことを言わなかった。
佑の下心、それが拓実やその他大勢の男子のものであれば、ばっさりと毒舌と共に切り捨てるだろう。
ただ、女の身体だけが目当てなものであれば……だ。
佑が無邪気な弟キャラを演じ、麻衣子にすり寄っているのは、純粋な下心……慧から麻衣子を奪い、初恋を成就させようという、悪巧み( ? )からであるのなら、慧には悪いが口出しはしない、いや……少しは手伝ってもいいかなくらいに思っていた。
今回のミーティングは、新歓コンパ明けの顔合わせと、一年の活動の流れの説明になっていた。
といっても、月一の飲み会と長期休暇の合宿くらいしか表立った活動はしておらず、たまに有志でテニスやボーリングなど遊びに行ったりするくらいだ。不定期の活動は全て部室に貼り出し、適当に参加してくれという、かなり大雑把な活動内容のため、大学内で縦のつながりは欲しいけど、がっつり部活はしたくないという学生に人気のサークルになっていた。
サークルなのに部室があるのは、歴代のOB・OGに大学の有力者がいるからという噂がある。
新部長の
「慧君、佑君にバイト紹介することになったから、ごめん、先に上がるね」
慧の洋服の裾を引っ張り、麻衣子はごめんと手を合わせる。
「なんだよそれ?! 」
「居酒屋のバイト募集しててさ、佑君がバイトしたいって言うから。大将に連絡したら、今日から連れてきてって言うから、履歴書書いたりしなきゃいけなくて、だからもう行くね」
「そんなん、自分でやらせればいいだろ? バイトまでまだ二時間くらいあるじゃん」
「でも、ほら、あたしが紹介したわけだし。慧君はボーリング楽しんできて」
「なら行かねえよ」
そこへ理沙が現れ、慧の腕をがっしり掴んだ。
「ダメ! 松田君は参加! 今日はたあ君がいないから、私の飲みに付き合ってもらうよ」
「ゲッ! ぜってーやだ! 」
「オールだよ、オール! せっかくたあ君いないんだから、がっつり飲まないと! 」
慧は理沙に引きずられて行き、麻衣子の元に佑がやってくる。
「まいちゃん、履歴書書くの、うちでいいよね? 」
「そうだね。じゃあ、100均で履歴書買って行こうか」
麻衣子は、佑と共に大学を出て、駅前の100円ショップで佑が履歴書を買っている間に、コンビニでカップ麺などを大量に買った。
佑にお金を貸してあげることもできたが、お金の貸し借りはお互いにストレスになりそうだし、差し入れならば問題ないだろうと思ったからだ。
佑と合流し、買ってきた袋を持たせると、電車に乗って佑のアパートへ向かった。
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