第78話 佑の部屋

「ちらかっててごめん。まいちゃん来るなら、片付けておくんだったな」


 佑の部屋は六畳の1Kで、男子らしいというか、散らかり放題だった。

 佑は、脱ぎ散らかした洋服を拾い集め、洗濯籠に押し込む。


「ちょっと、洗い物していい? 」


 台所は、つい手を出したくなるくらい洗い物がたまっていた。


「いいの? 」

「カップ麺食べたいしね」


 麻衣子は佑に気を使わせないように、バイト前におなかがすくからカップ麺を買ったんだと言っておいた。二人で食べきる量ではないから、佑のために買ったんだとバレバレだとは思うが。


 部屋の片付けをしていた佑が、何やらガタガタと大きな音をたてた。


「まいちゃん、ごめん。まいちゃんの鞄につまずいて、中身ばらまいちゃった。」

「ああ、大丈夫、たいしたもん入ってないから」


 流しで洗い物をしていると、佑が後ろから抱きついてきた。


「こらこら、何してるのかな? 」

「新婚さんごっこ。昔、よくしたよね」

「コップ割っちゃうから離して」

「エーッ、懐かしいじゃん」


 確かに、低学年の時とかはオママゴトみたいなことはよくやった。

 男の子は佑しかいなかったから、お父さん役はいつも佑だった。


「まいちゃん、奥さん役ね」

「こらこら……」


 後ろからギュッと抱きしめられ、首筋にチュッとキスされた。


「奥さん、可愛いね」

「ちょっ……」


 佑の息が首筋に当たり、麻衣子の身体がビクンと反応する。


「どうしたの? 」

「なんでもない! 」


 まさか、佑のお遊びで感じたなんて言えず、恥ずかしさで麻衣子は赤くなる。


「もう、大人なんだからオママゴトでもないでしょ」

「なんで? 懐かしいのに。ウワーッ、でもまいちゃん昔よりいい匂いがする」


 佑が麻衣子の首筋の匂いを嗅ぐ。


「身体もプニプニしてて柔らかいね」


 脇腹を一撫でされ、麻衣子はヒエッと叫んでキッチンから逃げる。


「アハハ、ごめんごめん。まいちゃん昔からくすぐったがりだったもんね」


 佑はケラケラ笑っており、イヤらしい雰囲気は一つもなかった。

 麻衣子はからかわれたんだと思い、顔を赤くして頬を膨らませる。


「もう! 佑君のイタズラ好きは変わってないね」

「そう? お湯沸かすね。お湯沸かす間に履歴書書くの手伝ってよ」


 テーブルの上の物をどかし、買ってきた履歴書を出す。

 麻衣子が座ると、佑は向かい側ではなく、隣りに座ってきた。


「狭くない? 」


 テーブルが小さいから、足がピッタリ密着する。


「そう? ね、学歴って? 小学校から? 」

「高校入学、卒業。大学入学、現在在学中……かな? そう、車の免許は? 」

「とった! 18になってすぐ」

「じゃあ、ここに普通免許……と、これくらいじゃない? 」


 写真を貼って履歴書が完成する。

 バイトの時間が迫ってきていたため、急いでカップ麺を食べ、佑の部屋を後にした。


「まいちゃん、走れる? 」


 駅まで佑に手を引かれ走る。


「大丈夫……だよ。ギリギリ……間に……合う」


 麻衣子は息がきれながら、やってきた電車に乗る。

 電車に乗っても、佑は麻衣子の手を握ったままで、麻衣子はさりげなく手を引っ込めようとした。


「ダメなの? 」


 佑が可愛らしい笑顔を浮かべて麻衣子を覗き込む。


 別に悪くはないけど、小学生の時とは違うのだから、幼馴染で手を繋ぐってのはどうなんだろう?


「僕、今でも姉ちゃんと腕組んで歩いてるから、ついそのつもりで。嫌だった? ごめんね」

「いや、嫌ってわけじゃないけど……」

「じゃあ、いいんだよね! 」


 姉と同様に見てるということなんだろうけど、恋人の慧ですらあまりベタベタして歩かないタイプだから、どうにも慣れていなくて落ち着かない。


 腕組むというか、恋人つなぎだし……。

 あかりの代わりなんだろうけど、初めての独り暮らしで、寂しいのかもしれない。


 そう思った麻衣子は、佑の手をそのままにしておいた。

 結局、手はつないだままバイト先についてしまう。


 形ばかりに履歴書を渡し、バイトは即決定になる。とりあえず初日は後片付けと洗い物に明け暮れ、あっという間の四時間が過ぎた。


「佑君、お疲れ様。麻衣子ちゃんとあがって。賄いだすからね」


 大将に声をかけられ、佑は手を拭きながら調理場から出てきた。


「佑君お疲れ様。疲れたでしょう? 」


 麻衣子はエプロンを外し、カウンターに賄いの豚しゃぶサラダを並べた。


「ご飯と味噌汁は好きなだけおかわりしなよ」


 佑のオカズを大盛に盛ってくれた大将が、またまた太っ腹なことを言う。

 見た目は可愛らしい男の子だが、やはり食べ盛り男子。カップ麺では足りなかったらしく、賄いをぺろりとたいらげ、さらに山盛りのご飯をおかわりする。


 オカズを分けてやり、先に食べ終わった麻衣子は、鞄をあさりながら首を傾げた。


 スマホがない。


 慧に連絡しようとスマホを探していたのだが、鞄のどこにも入っていない。

 最後にスマホを使ったのは、部室に向かう廊下で、大将に電話をしたのだから、大学まではあったはずで……。


「まいちゃん、どうしたの?」

「スマホがなくて……」


 佑も麻衣子の鞄を覗く。


「ないね……。あっ! もしかしたら、僕のうちかも。ほら、まいちゃんの鞄の中身ばらまいちゃったから」

「ああ……」

「今からなら、うち行って、ギリギリ終電間に合うんじゃない? 」


 佑は自分のスマホで時間をチェックする。


「かな? 」

「急ご! 」


 佑は残りのご飯をかきこむと、食器を厨房へ運ぶ。

 二人で食器を洗い、大将に挨拶してバタバタと急いで駅へ向かった。


 佑のアパートにつき、鞄を置いてあった辺りを探す。

 佑にスマホを鳴らしてもらおうかと思ったが、佑は部屋に入るなり、走っておなかが痛くなったと、トイレにこもってしまっていた。


「佑君、悪いけどあたしのスマホに電話してみてくれないかな? 」


 トイレの前に行き、ドアをノックして言う。


「うん、ちょっと待って。すぐに出るから」


 トイレを流す音がして、佑はスッキリした顔でトイレからでてきた。

 自分の鞄をあさり、おかしいなあ? と言いながらスマホを探す。

 鞄の底からスマホを発掘すると、スマホのアドレスから麻衣子の電話番号を表示し、通話をタップした。

 消音にはなっているが、バイブになっているから、床の上に落ちていれば、それなりに音が鳴るはず。


「音する? 」


 麻衣子は耳をすませる。

 どこかでブブ……ブブ……となっているが、音が小さい。

 ということは、床の上じゃなくクッションとか布団みたいな柔らかい物の上だろう。


 留守電になってしまったので、再度電話をかけた。


 なんとなく音のする方に近寄る。

 クッションが数個積み重なっていて、その辺りから聞こえてきている気がした。

 クッションをどけると、クッションとクッションの間で麻衣子のスマホはチカチカ光っていた。


「あったよ。でも、なんでこんなとこに? 」

「さっき片付けたから……。スマホが落ちた上にクッション投げちゃったんだね、きっと」

「ああ。じゃあ、あたし帰らないと」

「うん、駅まで送るよ。間に合うかな? 」


 スマホの時間を見ると、かなりギリギリだ。

 アパートを出て、佑が鍵! 鍵!と鞄をあさっている。

 焦っているせいか、スムーズに鍵も見つからず、鍵穴にも入らない。


「慌てないで。ってか、あたし一人で大丈夫だから」

「ダメだよ! まいちゃん可愛い女の子なんだから、何かあったら大変でしょ」


 やっと二人で走りだし、駅にたどり着く。


「あの、上り電車は? 」

「終電、行ったばっかだよ」


 駅員が上りの改札を閉めている最中だった。


「ごめん、まいちゃん……。あの、うち泊まってもらって大丈夫だから」

「それは……」


 いくら弟みたいな存在とはいえ、さすがにそれは抵抗がある。

 けれど、タクシー代を払えるほどお財布の中身はリッチでもなく、たどり着けて一駅くらいだろうか?四駅は無理だ。


 麻衣子はスマホをチェックする。

 慧がマンションに帰っていれば、タクっても家についたらお金が払えるはずだ。


 麻衣子:今どこ?


 慧にラインを送ったが、慧からの返信はない。

 電話をかけてみたが、でなかった。

 今度は理沙に電話をかけてみる。

 理沙にはつながった。


『理沙? まだ飲んでる? 慧君はいるかな? 』

『まだ飲んでるよ~ッ! 松田君は、今トイレでゲロ吐き中』

『えっ? まじで? 』

『冗談よ。トイレは本当だけど。どうした? 』


 この時間でまだ飲んでいるということは、慧は朝帰り決定ということだろう。

 麻衣子は事情を話し、帰れなくなったことを理沙に告げた。


『ありゃ、大変じゃん! 』

『慧君がいれば、タクって帰って、お金借りようと思ったんだけど……』

『こっちまでタクってくる? お金貸すよ』


 それだと確実に一万はかかりそうだ。タクシーに一万の出費は痛かった。


『歩いてみようかな……』

『止めなよ! 変質者多いんだから。なら、佑君のとこに泊めてもらえばいいじゃん』

『でも……』


「まいちゃん、まじでうちおいでよ? 歩くなんて無理だよ。朝になっちゃう」


 佑が横から口を挟んできた。


『そうさせてもらいな。松田君には私から話しとくから。バイト仲間のうちに泊まりだって。じゃあ、そうしなよ! 』


 電話は切れ、麻衣子はスマホを持ってどうしようか悩む。


「ほら、うちおいでよ」


 佑に腕を取られ、麻衣子は歩きだした。


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