第79話 佑の本心

 佑は、頬が弛みそうになるのを堪えつつ、神妙な表情で麻衣子の腕を引っ張って歩いた。


 佑にとって、麻衣子は初恋の相手だった。一時忘れていたものの、たまたま大学で一緒になり、偶然麻衣子を見かけたのだ。久しぶりに会った麻衣子は、まさに理想の女性に成長しており、淡い恋心が再燃した。

 同じサークルに入ったのは偶然ではなく、調べた上のことだ。彼氏がいることもすぐにわかったが、真面目そうという以外取り柄がなさそうな彼氏に見えた。


 正直、これならいける! と思った。


「まいちゃん、本当にごめんね」


 佑はいかにも反省してますというようにうなだれて見せる。


「いいよ、大丈夫だから。ね、この辺りにファミレスとか、二十四時間やってる漫喫とかない? 」

「……ごめん、わからないや」


 本当は、駅の反対側に降りれば、少し歩くとファミレスも漫喫もあった。

 佑はわざと知らないふりをする。


「そう……」

「うちでいいじゃん。僕のこと信用できない? 」

「そういうわけじゃないけど……。ほら、もし逆の立場になったら、きっと嫌だと思うんだよね。いくら弟みたいなって言っても、彼氏からしたら他人じゃんって思うだろうし」

「ああ、彼氏さんの心配してるのか? まいちゃん、そんなに彼氏さんのこと好きなんだ? 」


 麻衣子は照れたように笑った。

 その弛んだ頬を見て、意地悪をしたい気持ちになるが、ここは気持ちをグッと隠す。


「彼氏さんって、どんな人? 」

「うーん、ぶっきらぼうだね。あんま話さないし、マイペースなタイプかな? 」

「どっちから告白したの? 」


 告白する前に、酔っぱらった勢いでHしちゃって、ズルズルと……なんて言えない!


「あたし……かな? 慧君はどっちでもいいって言ってたし」

「恋人か友達かってこと? 」


 恋人かセフレか……だね。


「まあ、そう。あたしは恋人がいいって言ったから、あたしから告白したってことかな? 」


 麻衣子は、言えない言葉を飲み込みながら苦笑する。

 佑は、慧のどこにそんな魅力が?! と、納得がいない様子で聞いていた。


「佑君は? 地元に彼女とかいないの? 」


 佑は、アパートの階段を上がりながら、スムーズに鍵を鞄から出し、クルクル回す。


「いないよ~ッ! 」


 佑は無邪気な笑顔を浮かべる。

 佑的には、女友達は多いが彼女はいないと思っていたし、そんな佑の女友達の数人は、佑の彼女を自称していた。

 たぶん、佑は自分の彼氏だと思っている女子は、片手では足りないだろう。

 というのも、佑の「好き」は「こんにちは」と同義語であったから。

 つまり、佑は拓実と似たタイプであった。拓実は口も手も出すタイプで、佑は口のみではあったけれど。

 理沙が佑に悪い印象を持たなかったのは、もしかしたら拓実に似た部分を嗅ぎ付けていたからかもしれない。


 恋愛とSEXを切り離して接する慧と、疑似恋愛を不特定多数と楽しむ佑と、はたしてどちらがたちが悪いのだろうか?


「やっぱり、ダメだよ。一駅ぶんくらいならお金あるし、ファミレス行くから。」


 鍵を開けようとした佑の袖を引っ張り、麻衣子は帰る意思表示をする。


「エーッ、そんなのダメだよ!なら、僕もついてく。心配だもん」

「わざわざ佑君まで徹夜することないよ」

「じゃあ、もし帰れないのが僕だったら、まいちゃんは僕のこと放り出す? 」

「そんなことしないけど……」

「でしょ? 諦めてうちに泊まって。じゃないと、かついで運んじゃうよ」


 佑が麻衣子を抱え上げようとした。


「わかった。じゃあ、始発までお邪魔する」


 麻衣子は佑の部屋に入った。


「まいちゃん、寝間着ないからジャージでもいい? 」

「大丈夫、このままで」

「お風呂は? 」

「帰ってから入るからいいよ。本当、始発までいさせてくれるだけで十分だから」

「遠慮しなくていいのに……。じゃあ、僕お風呂入ってくるね」


 佑が風呂に入りに行くと、部屋に一人になった麻衣子は大きくため息をつく。

 まさか、男の子の家にお泊まりになるなんて、想像もしてなかった。

 幼馴染とはいえ、交流があったのは異性を意識しない小学生の時だったし、可愛らしい顔をしているが、佑も立派に男の子であるはずで……。

 考え足らずだったかな……と、麻衣子は再度ため息をつく。


 その頃、シャワーを浴びていた佑は、顔がほころびっぱなしだった。


 もちろん、いきなり麻衣子に手を出すつもりはなかった。まずは信頼してもらい、麻衣子の懐に入りこまないといけない。そうすれば、いくらだってチャンスはくるはずだから。


 ただ、流れでどうなるかわからない!


 麻衣子がその気になりさえすれば、いっきに恋人になるのだってやぶさかではないのだから。

 そんな淡い期待に胸踊らせながら、佑は念入りに身体を洗っていた。


 佑が風呂からあがると、麻衣子がベッドにもたれて寝息をたてていた。


「まいちゃん? 寝ちゃったの?」


 これからアピールしまくろうと思っていたのに、肩透かしをくらったようで、佑は麻衣子の肩を軽く揺さぶった。

 しかし、万年寝不足の麻衣子はそれくらいでは目を覚まさない。


「まいちゃん、起きないとチューしちゃうからね。本気だよ? いいんだね? 」


 麻衣子の隣りに座り、麻衣子の肩に手を回す。

 吐息が触れるくらいの距離まで顔を近づける。唇が触れるか触れないかくらいまで近寄った時、テーブルの上に置いてあった麻衣子のスマホが鳴った。バイブになっていたため、テーブルを振動で叩き、ブブブブ……とけっこうな音がする。


 麻衣子の瞼がピクッと動き、佑は素早く麻衣子から離れた。

 佑は舌打ちしたいのをおさえ、麻衣子を強く揺さぶる。


「まいちゃん、電話! 」

「あ、寝てた? 」


 麻衣子は、慌ててスマホに手を伸ばした。


『おまえ、どこいんだよ? 』

『佑君とこ。実は最終逃しちゃって、始発待ちしてるの』

『ああ? タクればいいじゃん』

『お金がないの』

『だからって、なんで男の家なわけ? 』

『佑君ちにスマホ忘れちゃって、取りに来たからだよ』

『チッ……、なんで、気軽に男の家に入るかな』


 慧の口調はめいいっぱい不機嫌で、舌打ちまで聞こえてくる。


『男って、佑君だよ? 弟みたいなもんだし』

『何? そいつ、ついてないの?確認済みなわけ? 』

『バカなこと言わないで』

『ヤられたいならそこにいれば?』

『だから、そんな子じゃないってば』

『……今から迎え行く』

『迎えって? 』

『タクってる最中だから。そいつんちどこ? 』


 麻衣子が駅を伝えると、近くに行ったら電話するからとだけ言い、着信が切れた。


「彼氏が迎えにきてくれるらしい」

「聞こえたよ。彼氏さんって、イメージと違うね。それとも怒ってるからあんな感じなの? 」


 不機嫌そうではあったけど、基本ぶっきらぼうで口が悪いから、あんな感じかと言われればそうだ。


「まあ、あんな感じの人よ」

「エーッ、まいちゃんってMなの? 」

「違うわよ! 」

「きつそうな彼氏さんじゃん。どこがいいの? 」


 確かに慧の口調はSっぽいけど、それが好きなわけではない。

 口下手で、愛情表現なんて全くしないし、デートしたり外でイチャイチャしたりしてくれないのに、家では無意識にくっついてくるところは可愛いって思うし、麻衣子のこと好きだと思うと、口には出さないけど赤くなる耳とかも愛しい。

 お風呂は一緒に入るのがマストだったり、髪の毛を渇かしてくれる手つきとかも好きだ。


 それを説明するのは難しいというか、恥ずかしい。


「まあ、色々あるのよ……」


 佑は納得いかなそうにしていたが、麻衣子はバイトの話しなどして話しを反らした。


 三十分くらいして、慧から駅付近についたと連絡があり、佑に代わってもらい、アパートまでの道順を伝えた。

 麻衣子と佑がアパートの前で待っていると、五分もしないうちにタクシーがついた。


「じゃあ、佑君ありがとね」

「いや、僕のほうこそごめんね」

「おら、早くしろ」


 麻衣子は慧に急かされてタクシーに乗り込み、タクシーはUターンして走っていった。


「チッ! 」


 可愛らしい笑顔から、スッと真顔に変わる。


 今晩一晩、二人っきりで過ごせるはずだったのに!

 思い出話しや、会わなかった時の話しなんかして、距離を縮めようと思っていたし、あわよくば……なんて期待だって!


 佑はアパートの自分の部屋に戻り、イライラする気持ちを枕にぶつけた。


 同じサークル、同じバイト、これからいくらだってチャンスはあるはずだ。

 相手があんなんなら、絶対僕のがまいちゃんに似合ってる!


 佑はなんとか苛立ちを消化し、ベッドに横になった。


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