第三章

第76話 再会

「とりあえず、松田君のことは諦めるように誘導しとくから、任せてよ。ああいう、一般常識が通じない相手には、変に倫理観みたいな話ししても無駄だから」

「そうなの? 」

「そんなもんよ」


 これで本当に慧のことを諦めてくれればいいが……と思いながら、麻衣子は慧の横に行く。


「慧君は、本当は彼女の提案にのりたかったりした? 」


 最近、生でヤりたがったり、中出ししてもいい? なんて聞いてくるものだから、もしかしたら清華の影響もあったのかと、モヤモヤしながら聞いてみる。


「知らないとこで、自分そっくりなガキがいたら、気色悪過ぎるだろ」

「まあ、そうかもね」

「……にしても、ガキってそんなに欲しいもんか? 」

「あたしはまだわからないよ。とりあえず、自分に責任とれるようになったら考えるかもだけど。慧君こそどうなのよ? 」


 欲しいと言われても困るが、いらないと言われたらそれはそれで頭にくる。なら、きちんと避妊をしろって思うから。最近、そのあたりが緩すぎる気がするし。


「いらねえと言えばいらねえけど……、おまえとの子供ならできてもかまわないかな」

「え? 」


 予想と違う返答に、麻衣子は慧の顔をマジマジと見てしまう。

 慧は、説明を求められたのかと思い、頭をボリボリとかく。


「ガキはよくわかんねえ。好きでも嫌いでもないしな。でも、まあ、おまえしっかりした母親になりそうだし、俺にイクメンとか求めないだろ? だから、いてもいなくてもいいっていうか、いても困らないって感じか? 」

「あ……そ」


 つまりは、もし子供ができたら、産んで育てるって選択肢も慧の中にあるってことだ。

 まさか、勝手に産めば? 俺は知らないけど……なんて、鬼畜な考えではないだろう……ないと思いたい。


「まあ、生活はなんとかなるさ。いざとなれば親父や兄貴がいるからな」


 たかる気満々なんだ。


「ところで、二次会ぶっちして帰らねえ? 」

「ダメだよ、少しは顔出さないと」

「チッ! じゃあ、最速で顔出して帰ろうぜ」


 早く二人きりになりたいとか、甘い言葉を吐けば、麻衣子も帰る気になるんだろうが、明らかにヤりたいだけだろう。

 お酒も入り、子作りの話しになったもんだから、ムラムラしたみたいだ。


 二次会はカラオケボックスだった。大部屋がとれたらしく、麻衣子達が合流したら、かなりぎゅうぎゅうになってしまう。


 麻衣子と慧は、入り口近くの席に座った。二次会に残ったのは1/3くらいだろうか? 比較的男子が多い気がするのは、拓実ガールズが来ていないせいだろう。

 理沙という彼女ができてもなお、拓実の追っかけが減らない。拓実がその気になりさえすれば、浮気し放題な状況なわけだ。


「まいちゃん? 」


 麻衣子の目の前に、新入生らしい男子が立っていた。

 身長は男子にしてはちょい低めで、可愛らしい顔つきをしている。大きな目にくっきり二重で、目尻の黒子がチャームポイントになっていた。喉仏がなければ、女の子でも通りそうだ。


「えっと? 」

「徳田麻衣子さんですよね? 」

「はい……、えっと、あなたは?」

「ああ、最後に会ったのは僕が小学生の時だもんね。相田あいたあかりは覚えてます? 」

「あかりちゃん? もちろん。もしかして、たすく君? あかりちゃんの弟の」

「覚えててもらえた。嬉しいな!」


 はにかんだような笑顔は、少年というより少女のように可愛らしかった。その笑顔に、小学生の時に遊んでいた男の子の顔が重なる。


 佑は麻衣子が小学生の時に仲良しだった子の弟で、たまに一緒に遊んだりした。あかりとは中学で離れてしまったので、なんとなく疎遠になってしまい、今ではあけおめメールをするくらいのつながりしかなくなっていた。


 記憶にある佑は、とにかく小さくて、姉であるあかりにいつもくっついて歩いている妹( 弟? )分みたいな存在だった。小学生の時も可愛らしい男の子だったが、今でも面影は残っていた。


「佑君、大きくなったね」


 170ないくらいだろうから、男の子としては小さいが、昔のイメージからしたら凄い成長だ。


「そりゃ、小さいままだったら困るよ。まいちゃんはずいぶん変わったね。なんか、凄くお姉さんみたいだ」


 中高の地味な麻衣子は知らないはずだから、小学生の時の麻衣子と比べているんだろう。

 あの地味地味具合を知っていたら、もっとかなり驚くはずだ。


「そりゃ、小学校の時に比べたらね。でも驚いた、佑君が同じ大学の同じサークルだったなんて」

「うん、姉ちゃんからまいちゃんの大学は聞いてたけど、会えるとは思わなかったよ。でも、会えて良かった。心強いや」


 佑は麻衣子の横に立って話しだした。久しぶりだし、懐かしいしで、ついつい話しが盛り上がる。

 隣りに座っていた慧が、どんどん仏頂面になるのにも気がつかなかった。


「ねえ、まいちゃん、今日泊まりに行っちゃダメ? 昔みたいにもっと話したいな」


 思わずいいよと言いかけ、麻衣子は慌てて言葉を飲み込んだ。

 昔は泊まりに行って、お風呂に一緒に入ったり、布団を並べて雑魚寝したりしたが、それは小学生の時の話しだ。いくら見た目が可愛らしくても、いつまでも昔のままというわけではないだろうし、何より家には慧がいる。


「それはダメよ。今ね、彼氏と同棲してるの。あ、うちの母親には内緒よ」

「マジで?! まいちゃんに彼氏かあ……。へえ……、そっかあ」


 お互いイメージが小学生のままストップしているから、想像するのが難しいのかもしれないと思った麻衣子は、慧を佑に紹介することにする。


「あ、ちなみに、隣りにいるのが彼氏の慧君ね」


 一応紹介しておくと、佑はビックリしたように慧の顔を見る。

 彼氏の目の前でお泊まりのお願いをしてしまったのだから、そりゃビックリもするだろう。


「初めまして。相田佑です。まいちゃんとは小学生の時の幼馴染で、よく泊まりっこしてたから。すみません、つい懐かしくて」

「いや、別に……」

「慧先輩、真面目そうでいい人っぽい。付き合って長いんですか?」


 真面目そう……なのは見た目だけだな。いい人? には見えないから、お世辞なんだろう。


 麻衣子は微妙な笑みを作って、肯定も否定もしなかった。


「一年くらいかな」

「じゃあ、大学に入ってからなんだ」

「そうだね」

「そっかあ。そうだよね。姉ちゃんだって彼氏いんだから、まいちゃんにいないわけないよね。まいちゃん、すっごい綺麗になったもんね」

「佑君、口がうまくなったね」

「いや、マジで。ね、同じサークルにも入ったし、これから困ったこととか、大学のこととか聞いていい? 」

「いいよ、相談くらいいくらでも」


 麻衣子と佑はスマホの番号とラインIDを交換した。

 佑は自分がいれた曲が流れ出したのか、じゃあと言って正面のステージに向かう。

 一年は一曲歌を入れて、自己紹介しつつ歌うのが定番になっていて、佑の選曲はワンピースの曲で、名前と出身地を言ってから歌いだした。


「幼馴染……ね」

「何? どうしたの? 」

「別に……」


 慧は、いつもの仏頂面がさらにしかめっ面になっている。


 慧にとって、異性の友達=セフレみたいなところがあるから、麻衣子と親しげに話す佑が気に入らないのかもしれないと、麻衣子は勝手に推測した。


 麻衣子にしたら、弟同然の認識しかなく、小学生の時のイメージしかないため、気軽に考えていたが、慧にしたら見ず知らずのカッコ可愛い男子で、麻衣子に対する視線も異性に対するものであることに気がついていた。


 弟的な立ち位置で麻衣子を安心させ、あわよくば! を狙っているしたたかな奴……というのが、佑に対する印象で、実際にそう間違っていなかった。

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